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 呪術学の授業に私は出ていた。本来担当教師は、トーマスと言うおじいちゃん先生なのだが、腰痛の為休みだった。その代わり、今日教壇に立っているのは茶色の短髪の先生だった。代理の、ヘルマン先生と言う貴族である。柔和な人で、すらすら授業を進めて行く。普段学校では見た事がないが、以前教師をしていたのだろうか?

 私は黒板に書かれた文字を板書する。私を狙う敵に呪術を使ってくる奴は多い、生き残る為に真面目に勉強しなければ。

 遠くでベルの音が鳴る。授業の終わりを告げる合図である。先生が教科書を閉じると、生徒達はぞろぞろと教室を出て行った。私は、わからなかったところを聞きに先生の教壇の近くに行く。

「先生、すいません」

「どうかしましか?」

「あの、わからないところがあって……ここの式の仕組みなんですが……」

 私は板書したノートを開いて尋ねる。

「あぁ、そこはややこしいからね。確かにちゃんと理解するのは難しい。でも、形だけ覚えておいても一応使えるよ」

「えっと……ちゃんと知りたいんです」

 ここから自分で短縮呪文を組むとなると、ふわっとした形だけの理解では出来ない。

「そうか。君は勉強熱心なんだね。とても良い事だ」

 先生は嬉しそうに笑い、私に詳しく式の仕組みを教えてくれた。おかげで、どうにか私は理解する事が出来た。

「ありがとうございます!」

「勉強熱心な生徒は好きですよ。これからも、頑張ってくださいね」

 そう言って、先生は教室を出て行った。コノート学園の先生って、実はハズレくじみたいなものでもあるらしい。大学に所属していると、絶対に回ってくるもので嫌々やっている先生も多い。けれど、ヘルマン先生はとても教育熱心な先生のようだった。 



 夜に、私は寮の部屋で深い溜息をついた。

「どうした」

 闇にまぎれて、するりと窓からダーマが入って来る。私は彼をじっと見る。

「浮かない顔をしている」

「自分の無力を嘆いているんです」

 思い出すのは、ナイフで刺されたローガンの姿。今回は運良く、死に至る傷ではなかった。それに、すぐに先生達が駆けつけてくれので処置も早くに行えた。一週間もすれば退院出来るとの事だった。けれど、それは運が良かっただけだ。

「ダーマさんには、私を狙って来る連中の目星が付いているんですか?」

「……一応な」

「それなら、大元を潰しましょう。もうこれ以上、私のせいで友達に被害が及ぶのは嫌です」

 私を襲ってくる連中がいる限り、私は落ち着いて学校にも通えない。

 ダーマが腕を組んで見下ろす。

「目星は付いている。しかし、俺の予測では、更にその上がいるはずだ」

「上……ですか?」

「君を襲って来ている連中は言うなれば、指示されて動く駒だ。ならば、それに指示を出した奴がいるはずだ。しかし、とある組織だけその大元が特定出来ない」

 ダーマさんが爪を噛む。

「俺としては、その大元を特定してから倒す方が賢明だと思ったのだが……」

 トカゲの尻尾切りのように、下っ端の彼らは切り捨てられ、私の命を狙う本当の大元は逃げてしまうかもしれない、と言う事だろう。

「数ヶ月追っても特定が出来ない程、狡猾な相手って事ですか……?」

 ダーマさんが眉を寄せる。

「……いや、一つ……仮説はたてた」

「仮説?」

「俺はずっと、こいつらには必ず操作する上の人間がいるはずだと考えていた。けれど、調べても調べてもソイツは見つからない。その内、そんな奴はいないんじゃないのかと考えた」

「いない?」

「つまり、俺達を襲って来た連中は上の指示ではなく、自らの意思で俺たちを襲っているというわけだ」

 ロウソクが揺らぐ。

「私達を襲って来ている人達って、何者なんですか……?」

「コイツらは、貴族の連中に飼われた集団だ。秘密裏に訓練を受けて、何かを企んでいるらしい。裏では『ダークネス』と呼ばれている。その大半は孤児だと聞いている。本人の意思は無いモノとして扱われて来た連中だ。だから、自分の意思でおまえを襲うとは思えなかったんだが……」

 唇に手を当てて考え込む。

「意思が無かったとしても、彼らに方向性を示すリーダーがいればどうですか……?」

「そうか、扇動した奴がいたのかもしれないな」

 私はその時、火の遺跡で私とクラビスを襲った仮面の男を思い出していた。彼は今まで襲って来た連中とは、段違いに強かった。恐らくあれが、そのグループのリーダーなのだろう。

「彼らが私を襲う理由はわかりません。けれど危険です。もしも、自らの意思で動いているのなら、それは……損得で動いていない分、道理から外れた事をされる可能性があります」

「確かにその通りだな……」

 ダーマさんが目を閉じる。

「では主、おまえは『ダークネス』の壊滅を望むのだな」

「はい」

 私は頷いた。

 もうこれ以上、彼らに日常を侵されたくない。

「了承した、では至急準備を進めよう」

 その時、寮のガラス窓を割って何かが部屋の床に突き刺さった。

「!」

 床には矢が刺さっていた。白い紙がくくりつけられている。

「矢文か……窓には一応、結界を張っていたのだがな……」

 ダーマは眉を寄せて、矢を拾って紙を広げる。そして手紙に目を通した。

「なんと書いてあるんですか」

「……まずい事になった。君の友人が連中にさらわれた」

「そんな……! 誰が!!」

「青い髪の娘だ」

「リヴィア!!」

 私は目を見開き、口を押さえた。

「そんな、そんな、なんでリヴィアが…!!」  

 リヴィアは寮にいたはずだ。今日はお互い別授業だったが、夕飯は食堂で一緒に食べたのだから。私は駆け出して、リヴィアの部屋へ行く。

「リヴィア!!」

 部屋のドアを叩くが、中から反応は無い。ドアノブを回すと開いていた。中を覗くと、そこには誰もいなかった。

「リヴィアなら、出かけて行ったよ」

 近くの部屋の同級生が、部屋から出て来て教えてくれた。

「そうなの?」

「うん。なんか、ドアの前に手紙が落ちてて……その後、どこか行こうとしたから、どこ行くのって聞いたらデートだってさ」

「そう……」

 私はフラフラと私室に帰った。ダーマが、部屋のガラスを修復して結界を張り直していた。

「どうだった」

「いませんでした……」

「そうか……やはり攫われたか」

 私はスカートを握りしめる。

「デートだって言ってました……! もしかしたら、オリバーも一緒かも!!」

「……確かめて来よう。おまえは、準備をしておけ」

 ダーマが窓から部屋を出て、男子寮の方へ消える。しばらくすると、ダーマが戻って来た。

「オリバーも一緒に来るそうだ」

「えっ!?」

「部屋を覗いたら泥棒だと間違われた、仕方ないので事情を話した。そしたら、着いて来ると」

「わ、わかった」

 正直これ以上、誰も巻き込みたくないのが本音だった。そして、大事な女の子を私のせいで危険にさらしてしまってオリバーに申し訳なかった。

「準備は出来たか」 

 私はダーマに貰った黒の戦闘服を着ていた。

「はい」

「ならば行くぞ」

 私を抱えて、ダーマはそのまま窓から飛び降りた。しばらくすると、オリバーが駆け寄って来る。

「スカーレット!」

「オリバー! ……ごめんなさい、私のせいでまた……」

 私は彼の顔を見れなかった。

「君のせいじゃない。悪いのは、彼女をさらった連中だ」

 オリバーは優しい声でそう言った。

「スカーレット。リヴィアを一緒に助けに行こう」 

 オリバーは今、好きな女の子を攫われて心の中はめちゃくちゃになっているだろうに。それなのに彼は、自分を責めるなと私を優しく諭してくれたのだ。

「ありがとうオリバー……」

 私の気持ちが落ち着いたのがわかった。

「では、行くぞ二人とも。連中は、オーベール地区の北のはずれの建物に来いと言っている」

 私たちは夜の街を駆けた。リヴィアの為に早く行かなければ、どうかリヴィアが無事でありますように。私は流れる涙を拭って走った。


■ 


 呼び出された建物は廃屋のようだった。ボロボロで、ドアノブも付いていない。ダーマが建物の中に入る。私とオリバーも警戒しながら、後を追った。

「地下があるな……」

 地面には鉄の扉が付いていた。それをダーマが持ち上げて開ける。すると、地下へ繋がる階段が見える。

「おそらく敵はここで待ち伏せしている。覚悟は良いか」

「はい」

「えぇ」

 私達は暗い階段を下りた。それぞれ、明かり用の火の玉を出しているので多少は中の様子が見える。階段を下りると、長い廊下が続いているようだった。少し進んだら、左右に道が別れている。

「どっちかな……」

 ダーマが、腕時計を見る。

「探索魔術は妨害されているか……地道に探すしか無いようだな」

「二手に別れましょう」

 オリバーがそう言った。

「いや、それはよくない。おそらく敵がこの場所を選んだのは、戦力の分散が目的だ。分かれたら敵の思うツボだぞ」

「そうなのだとしても、リヴィアを早く見つける為には手分けするべきです」

 オリバーがダーマを睨む。二人はしばし睨み合う。

「……まぁ、おまえなら危機を乗り越える実力はあるだろう」

「えぇ。では、また後で」

 オリバーが走り出す。すぐに、彼の背中は見えなくなった。スカーレットは、その背中を不安な気持ちで見送った。

「本当にオリバーを一人で行かせても大丈夫だったの……?」

 ダーマも歩き始める。

「あいつは俺が部屋の中に忍び込んだ時に、すぐに察知して応戦したんだ。実力はあると判断した」

 私は目を見開いた。

「そ、そうなんだ」

 オリバーと言えば、ぽやぽやにこにこしているイメージが私は強かった。けれど彼は、よく親の仕事を手伝って商品を運んだりしいる。道中で盗賊にあう事だってあったのだろう。

「心配するだけではなく、友の力を信用しろ」

 指摘された言葉に私はドキッとした。私は特級魔法使いの心臓を移植されてから、自分だけ大きな力を手に入れてしまったように思っていた。だから、自分が皆を守らないとと考えていた。でもそれは、確かに友達の力を信用していなかったのかもしれない。私だけでなく、みんなだって日々成長しているのだ。

「はい、オリバーを信じします」

 私は前を向いて、先に進んだ。


 いくつか空の部屋を見つけたが、リヴィアは見つからなかった。敵の姿すら見えない。それに、この地下は部屋から部屋に移動出来るのだがどれも同じような部屋で迷いそうな場所だった。

「ここにもいない」

 何十個目かわからなくなった部屋のドアを開ける。中はやはり、同じように殺風景なガランとした部屋だった。一応部屋の中を照らして、調べる。

「!」

 私の目に、部屋の隅に落ちた青いブローチが目に入った。すぐに側に寄って、それを拾い上げる。それは、リヴィアがスカーフに付けているブローチだった。

「スカーレット!!」

 ダーマさんの鋭い声がした。私は慌てて後ろを振り返って、その視界が歪むのを見た。



 次に目を開けた時、とても広い部屋に私は居た。板張りではなく、冷たい石の床だった。身体を起こして辺りを見渡す。暗くて何も見えない。魔法で火の玉を出して、明かりにする。小さな明かりで、周囲を見渡した。本当に広い部屋だ。例えるなら、体育館ぐらいあるんじゃないだろうか。そして、何故か床には大きな焦げ跡のようなものが点々とあるのだった。

「ようこそ、お客人」

 暗闇で声がする。私は慌てて周囲を見る。

「ようやく来てくれたね」

 足音がする、誰かがこちらに歩いて来る。そして私は、この声に聞き覚えがあった。  

「やぁ、こんにちは」

 暗闇から姿を見せたのは、キリルだった。以前、リヴィアの紹介で知り合った貴族だ。しかし、彼は平民のスカーレットの事が嫌いで頻繁に嫌がらせをして来ていた男だった。

「キリル、なんであんたがココに……!!」

「そんなの考えなくてもわかるだろ。君が僕の敵だからさ。敵って言うか、邪魔もの? ゴミかな。んー、いやいや汚物」

 彼は少し考えてそう言った。

「汚物の君なんて本当は視界に入れたくないんだけどさ、どうしても盗人から取り返さなくちゃいけないものがあってね」

 キリルが私を指さす。

「その心臓返せよ」

 私は拳を構えた。すぐに戦闘に入れるように、強化式を打ち込む準備をした。

「それは、嫌って事かな。盗人猛々しいとはこの事だね。素直に返せば、まぁ、多少は苦しまずに殺してあげようと思っていたのに」

 キリルは、口角をあげて笑う。

「それじゃあ、コレを見て貰おうか」

 指を鳴らすと、遠くの明かりが点く。そして、男が左右に挟んで立つオリの中にリヴィアが倒れていた。

「リヴィア!!」

「スカーレット……」

 私の声を聞いて、スカーレットが顔をあげて小さな声で応えてくれる。

「リヴィアに何をしたの!!」

「毒だよ、遅延性の毒だ。あとニ時間もしたら死ぬだろう。ただし辛い毒だ、じわじわと苦しめて殺す」

 私は目を見開く。リヴィアが死んでしまう。

「さぁ、心臓を寄越せ。そうしたら、あの女は助けてやろう」

 私が心臓を渡さなければリヴィアが死んでしまう。特級魔法使いなんてどうでも良い、リヴィアを救う為ならそんな権力いらない。

「わっ……」「だめよ……!」

 リヴィアが苦しそうに叫んだ。

「だめ、だめよスカーレット……彼らに心臓を渡しちゃだめ……それじゃすくわれない……」

―すくう……?

 私は場にそぐわない言葉を疑問に思った。

「でも…、そうしないとリヴィアが……!」

「わたしはだいじょうぶ…、だいじょうぶだから……」

 リヴィアが微笑むのがわかった。

「……わかった」

 あんな風に笑われたら、そう応えるしかない。辛いのはリヴィアなのに、助けてと彼女は言わなかったのだ。

「はん、友達を見捨てるってのか。ゴミは、情すら無いと見える!」

 私はキリルを睨みつける。しかし、キリルの方もリヴィアの言葉に動揺しているようだった。

「なんであなたはこんな事するの!」

「おまえみたいなただの平民がその心臓を奪ったからだ!!」

「奪ってなんてない、私だってコレは押し付けられたものよ!!」

「おまえ、貴様!!!!!」

 キリルが目を釣り上げて怒鳴る。

「それは、僕達のものだったんだ!!!」

 大きな声が、暗闇の室内に響く。声が遠くでエコーする。私は思わず自分の心臓を押さえた。

「あなた達のモノ……?」

「僕は、僕達は、ソレの為に生きて来た。誰かが、特級魔法使いの心臓を引き継ぎ新たな特級魔法使いになる為に生きていたんだ!!」

 彼は、怒りを露わにして叫んだ。

「それを、おまえが、おまえが、おまえが!!! 僕達からその権利を奪ったんだ!!!! 何も、何もやっていないおまえが!!! 辛い訓練も、修行も、死ぬような試練も何もやっていないおまえが!!!!」

 あんなに強い憎しみを他人から向けられたのは初めてだった。かつてルルス村で嫉妬した、同級生の女の子に向けられた殺意なんてそよ風のように思える。 

「そう……だったんですね……」

 彼が私に向ける憎しみは、私が平民だからでなく、私はがただの娘なのに特級魔法使いの資格を得た事にあるのだ。

「そんな方がいるかもしれない事は……、なんとなく考えていました」

 きっと彼らは今まで、数多の辛い努力をして来たのだろう。

「けど、私はこの心臓を譲れません」

「なんでだ……!」

「あなた方が特級魔法使いになるべく訓練して来たと言うのなら、火の特級魔法使いが死んだ時点で、次の候補者として名前が上がっていたはずです。そうですよね?」

 私はキリルの目を見て尋ねる。

「うっ……」

「けれど、心臓は貴方達に与えられなかった。それは、受け継ぐ資格が無いと判断されたからです」

 キリルは下を向く。

「資格が無いものが受け取った時、心臓は宿主の寿命を奪い、時には殺すと聞きました。なら、私は死ぬとわかっていて貴方達に心臓を渡す事はできません」

「ぐっうっ……うるさい、うるさい、うるさい!!!!!」

 キリルが私を睨み付けて、飛びかかってきた。手には火の光弾が構えられている。私はとっさに、火の柱の壁を張る。目の前で、光弾がはじける。それから、何度も何度も光弾が投げつけられる。次第に壁の強度が落ちて行く。

「ふん、ならコレならどうだ」

 キリルが両手を上げて大きな火の玉を作り出し私に向かって撃った。私は、攻撃されたと同時に横に飛んで転がる。そして走った。私の後ろに次々、攻撃が当たる。直撃すればタダではすまないだろう。真っ白になりそうになる頭を必死に繋ぎとめ、どうするべきか考えた。一瞬一瞬の判断が命とりなのだ。肉体強化の式は一度しか使えない。使うタイミングが大事だ、失敗すれば死ぬ。

「死ね、死ね、死ね!!! おまえがいなければ、僕達は存在出来たんだ!!!」

「私の心臓を移植しても、あなた達じゃ特級魔法使いになれない!!!」

「うるさい!!!!!」

「それに特級魔法使いになんかならなくても、あなた達は存在しても良いはずよ!!!」

 攻撃を避けながら叫ぶと、攻撃が突然止んだ。

「……はっ」

 焦げ臭い部屋の中心でキリルが笑う。髪で顔が見えない。

「おまえは、とことん僕達を馬鹿にするんだな。存在しても良いだって? おまえ、孤児達がこの国でどんな扱いを受けているのか知っているのか?」

 私は立ち止まって彼を見つめる。

「教育が義務化される前の孤児はな、人間じゃなかったんだ。家畜と一緒だ。死ぬまで奴隷みたいこき使われるんだ。誰も守ってくれる奴はいない。この国は奴隷を廃止しているが、孤児を奴隷みたいに使うのは規制していなかったんだ」

 私は眉をすぼめる。  

「家畜のように扱われた孤児の末路は悲惨だぞ、二十を超える前に大概が死ぬ。大人になんてなれないんだ……!」

「でも、今は子供の教育が義務化されたから……!」

「あぁ、そうだ。僕たちの主がそうしたんだ」

 私はその言葉に目を見開いた。

「あなた達の主が?」

「そうだ。僕達の主様が、孤児の子供を救う為に……学の無い子供が無残に死んで行くのを止める為に作って下さったんだ」

「そんな……そんな人が何故、火の特級魔法使いの心臓を求めるの……?」

 とてもじゃないが、その人は野心的な人間には思えない。

「主様は、火の特級魔法使いの心臓なんて求めてない。ただ、俺たちにその道を示してくれたに過ぎない……けど……。あの方の理想を叶える為には、もっと権力が必要なんだ」

 火の特級魔法使いの後ろ盾があれば、政治上大きな発言力を持つ事が出来るだろう。

「それじゃ、あなた達は……その主様の為に心臓を求めてるって言うの」

 キリルが私を真っ直ぐに睨みつける。

「そうだ」

「でも、心臓を移植しなかったのなら……その主様は、あなた達に死んでほしくなかったんじゃない?」

 キリルが視線を反らして地面をにらみ付ける。

「そうなのだとしても……僕達は、あの方の為にありたいんだ。例え、この身体が移植後一年しか持たなかったとしても、それなら次の候補に移せば良い、そいつが死んだらまた次の奴だ。それで、数十年繋げばきっと主様の願いは叶う!!」

 強い意思の篭った声だった。私を恨んで、殺すと叫んだ彼の声とは違う。

「だから、死んでくれ。あの方の願いを叶える為に、おまえは邪魔なんだ!!」

 再び大きな火の玉が彼の宙に浮く。そして、彼の側に続々と闇の中から仲間と思われる黒い影がやって来る。同じように手を上げる。大きな火の玉はまるで太陽みたいに熱く燃えている。

「おまえの後ろ、親友がいるな。助けたいなら……避けるなよ」

 私の背後にはリヴィアの入った檻があった。考える暇もなく、手が振り下ろされる。私は、両手を突き出してありったけの力で火の柱をぶつけた。

「ぐっ……」

 さすが、火の特級魔法使い候補に選ばれた人達だけある。もの凄いパワーが、こちらに迫って来る。けれど絶対に私は死ねない。死ぬもんか。私が死ぬと言う事は、リヴィアの死なのだ。そんなの耐えられない。絶対、絶対にこの火の玉を押し返す。

「ぐぐっ!!!」

 こっちだって、何も努力してなかったわけではない。学校で日々勉強を頑張っているし、火の遺跡で辛い試練に耐えたし、ダーマと訓練だってしている。身体だって、なんかあっちこっち弄られた!

 だから、だから簡単に負けるわけない。負けて良いはずがない。

 私の心臓がどくどくと鳴る。心臓が熱い。まるで、炉心のようだ。

―火の精霊! どうか力を貸して!!

 熱い、痛い。手がチリチリと焦げ始めているのがわかる。気を抜いたら、吹き飛ばされそうだ。けど、絶対に退かない。ひくもんか。私は、ただ前を睨みつけた。

―私の親友を絶対に死なせるもんか! 

 その時、強い痛みが心臓に走ったのを覚えている。それから、目の前にとんでもなくデカイ業火の柱が立った。そして、私を押していた力がふっと消えて、瞬きの間に目の前の敵が吹き飛んだ。意識を失う前に、最後に見たのは巨大な火に包まれた神々しい精霊の姿だった。



 頬を叩かれて私は目を覚ました。

「大丈夫か!」

 ダーマが凄く怖い目で睨んでる。

「ダ、ダーマさん……」 

 身体がものすごく重くて、おまけに気持ちが悪くて吐きそうだ。そして自分の体内と魔力が空っぽな気がした。

「生きていたか……」

 ダーマさんが安心したように息を吐く。

「リ、リヴィアは!?」

 私は動かない身体を無理矢理動かしてリヴィアを探そうとした。

「彼女なら大丈夫だよ。解毒剤を打ったからね」

 そこに、思いもかけない声がする。

「ク、クラビス!? どうしてここに」

「まぁ、ちょっとした依頼を受けたら、こういう事になってしまったよ」

 リヴィアを腕に抱いて、クラビスが私の側に腰を下ろす。

「リヴィア……」 

 顔色は悪いが、先程のように苦しんではいない。今は静かに眠っている。

「数日休めば、大丈夫さ」

 クラビスがウインクして見せた。私はそして、もう一人の同級生の姿を探した。

「オリバーは……?」

 もしや彼も負傷してしまったのだろうか。

「彼なら、ちょっと人を呼んで来て貰ってるよ」

 ダーマさんが、ぐいっと私の口に何かを押し付けて来た。

「飲め。魔力切れを起こしているんだろう」

 あてがわれた瓶の中身を飲む。なかなか、形容しがたい味がする。スライムを飲んでるみたいだ。

「あっはっはっは。魔力量が足りない状態で大精霊呼んじゃったんだから、魔力が空になるのも無理は無い」

「むぅ」

 私は眉を寄せる。しかしついでに、自分の頭の違和感にようやく気づく。

「あれ」

 右手で触れる。髪が、無い。腰まであった髪が、肩上辺りまでばっさりなくなっている。

「足りなかった魔力の分を精霊に持って行かれたんだね。よかったね、腕一本じゃなくて」

「ひえっ」

 私はクラビスの言葉に寒気がした。

「飲め」

 薬を飲み終わると、すぐに二本目がダーマの手によって追加された。

「うっ」

 私はスライム味の薬を眉を寄せながら、うなりつつ飲んだ。


「なんで……」

 遠くで声がする。そこには、黒い連中と一緒に倒れたキリルの姿があった。

「なんで、死なないんだ……おまえさへ、おまえさへいなければ……あの方の夢が叶うのに……」

 立つ事は出来ないのか、地面に倒れたままキリルは悔しげに拳を握り、泣いていた。

「それは……」

 何度言葉を伝えても彼には届かない。彼らが、命を散らす必要は無いのだとわかってほしいのに。

「それは、あなた方の仕事ではないからですよ」

 室内に突然響いた声に私は驚いた。しかもその声は、ごく最近に聞いた事がある。視線の先には、ヘルマン先生が居た。

「ヘルマン先生……」

「ご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません。火の特級魔法使い殿」

 彼は、私を見て申し訳なさそうに笑みを作る。そして、うずくまるキリル達の元へ向かった。

「ヘルマン様……」

 キリルが彼を見上げる。ヘルマンは、地面に倒れた彼を抱きしめた。

「キリル。あなた方が何を成そうとしていたか聞きました。まず一つ、あなた方に私の言葉をきちんと伝えられなかった事を謝罪します」

 ヘルマン先生の静かな言葉だけが、響く。

「私がみなさんを特級魔法使い候補として推したのは事実です。ですが、あの時言ったようにみなさんには、特級魔法使いになる才能は無いと判断しました」

「ぐっ……」

 キリルがヘルマン先生の、上着を握りしめる。

「大精霊を宿しても、短くて一年、最長でも十年程の寿命でした。そんな酷な事を貴方達に強いる事を私は望みません。だから、あなた方には別の道へ進むように言ったのです。相応のツテや仕事も用意しました。けれど、貴方方は、私の前から姿を消した……」

「それは……特級魔法使いの心臓を得る為です……」

「えぇ、そうのようですね」

 ヘルマン先生は、うずくまったまま彼を見る孤児達を見渡す。 

「あなた方は、私の夢の為に心臓を求めてくれたのですね。ありがとうございます」

 周囲から、すすり泣く声がした。

「けれど、だからこそ私は貴方達に死んで欲しくないのです。生きて、別の方法で私の夢の為の手助けをしてください。貴方達なら出来ます。ね?」

 腕に抱いたキリルを、ヘルマン先生が優しく見下ろした。

「はい……ヘルマン様……」 

 ようやく彼の心に、声が届いたのだとわかった。ヘルマンの、心からの言葉は彼らに届き、また新たな道へと彼らを導くだろう。

 本当に、誰も殺さなくて良かった。私は息を吐いて、近くにいるリヴィアの頬を撫でた。

「ありがとうリヴィア……」

 なにかのきっかけで彼女は、彼らの真実を知ったのだろう。彼らを苦しみから救う為に、私を止めてくれた。リヴィアはやっぱり優しい子だ、自分が死にそうなのに他人の心配をして。

「さぁ、帰ろう」

 リヴィアを抱えてクラビスが立ち上がる。

「リヴィアは僕が運びます」

 オリバーがやって来て、手を出す。

「おや、王子様だね」

「はい」

 オリバーはリヴィアを横抱きに抱えて、ほっとした顔をした。

「オリバーに、ヘルマンを呼んで来て貰ったんだ。おかげでほら、円満に解決しただろ」

 クラビスがウインクする。

「クラビスさんって、一体どんな依頼でココに居たんですか」

「そりゃあ、ヘルマンから彼らを探してくれるようにお願いされたのさ」

 姿をくらませた、魔法使いのエリート集団の探索を学者仕事の片手間に受けたのか。

「この男は、おまえがココに飛ばされた後に例の建物の探索中に会ったんだ。それでまぁ、いろいろあって協力する事になった」

 ダーマさんが私を抱えて立ち上がる。

「俺の主の身体が心配だ、俺達は帰らせて貰う。後の事はおまえがどうにかしろ」

「はいはい、了解しました。じゃあねスカーレット」

 ひらひら手を振るクラビスと別れた。



 寮に帰って私はずっと魔力薬を飲まされ続ける看病を受けるのだった。

「魔力0は危うく、死ぬ可能性もあるんだぞ。どんどん飲め」

 ダーマが、真剣な顔でスライム薬を私に飲ませるのだった。

「あい……」

 もう二度と、魔力不足のまま大精霊呼び出したりなんてしたくない。

 

 


つづく





■補足

キリルは貴族の愛人の子として、望まれずに生まれました。孤児院に預けられ孤児として育ちます。

その後、自分の出生の秘密を知った彼は父親に認知を迫りに行って貴族として名前を得ます。(まぁ、名前だけなのですが)



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