57
夜に寮で勉強をしていると、突然部屋の窓が開いた。
「えっ」
しゅるっと身を忍ばせて入って来た黒い影は、ダーマだった。
「な、なにしてるんですかダーマさん…!」
小声でささやく。
「用があって来た」
「よ、用ですか? 何かあったんですか」
私は内心不安に思いつつ尋ねた。
「いや、おまえの心配するような事はとりあえず無い」
「そうなんですか……それじゃどうしたんですか?」
「おまえの魔力向上の為に来た」
「魔力向上ですか。でも丸薬ならまだ、結構残ってますよ」
毎日飲んでる魔力向上の丸薬はまだ瓶にたっぷり入っている。
「そちらではなく」
ダーマさんが近づいて来て私の顔をガッと掴んで、顔を近づけて来た。
(ま、まってコレって……!)
避ける前に素早く口付けられた。私は目をぎゅっと閉じた。口に、柔らかいものが触れている。それだけ認識するので精一杯だった。
ダーマが口を離す。
「な、なにするんですか!」
「魔力を上げる為の措置だ」
「はぁあ?」
思わす声を荒げてしまった。
「原始的な方法ではあるが、魔力を持った人間が肉体接触で相手に魔力を与える行為は、向上の為に一定の効果がある」
「……そ、そうですか」
(ファ、ファーストキスが……)
私はじんわりとショックを受けていた。
「今後は毎晩しに来る」
「へあっ!?」
大声を上げてしまい、口を塞ぐ。みんなもう寝てる時刻だ。
「問題あるのか」
「ありますよ! キスを毎日なんて!!!!」
新婚さんじゃないんだから。
「口を付けるだけだ、何も減らないだろう。むしろ魔力が増えるぞ」
「いや、確かに魔力は増えるんですけど、精神的には何か減るって言うか……」
私は顔を覆った。
「全く、難儀な奴だな。おまえの置かれている状況はあまり、悠長にしている暇ないのだぞ。もしもおまえが殺されて心臓を奪われれば、この国は傾く可能性すらある。そうなる前におまえは、害される事のない力を得なければいけない」
「うっ……はい」
ダーマさんにこんこんと諭される。そうですね、国の危機の前には乙女の純情なんて儚いものですよね。
「わかりました……」
「おまえが理解してくれて良かった。では、早く寝るように」
そう言ってダーマさんは心傷気味の乙女を置いて、窓から去って行ったのであった。
(うぅ……私のファーストキス……)
生前もした事がなかったので、正真正銘の初めてのキスだった。
■
私は次の日、ぼけーっとした顔で起き、ぼけーっとした顔のまま授業を受けて、そのままお昼になってしまった。昨夜から私の頭の中には、昨日受けたショックの余韻がぐわんぐわんと響き続けていた。
(どうせキスするんなら、やっぱり好きな人としたかったな)
しかしそもそもこの世界で私はまだ『好きな人』と言うのがいなかった。友人として好きな相手はいるのだが、恋愛として好きな相手がいないのだ。生前も愛や恋などする前に私は死んだので、それがどういうモノなのか知らないのだ。
私はぼけーっとした顔のまま、お昼御飯のミネストローネを飲んだ。そこにリヴィアがお昼御飯を持って小走りでやって来て、私の隣に腰掛けた。
「スカーレット、相談があるの」
私のぼんやりした頭がいっきに晴れるようなかわいい表情でリヴィアはそう言った。頬を少し赤く染めて、私を見つめる彼女の瞳はうるんで輝いていた。今日はいつにも増してリヴィアが綺麗だ。
「な、なにリヴィア?」
私は、冷たい水をいっきに飲んで腑抜けた頭を覚ました。これは真面目に聞かなければいけない。
「あのね……」
「うん」
「わたくし……」
リヴィアがもじもじしている。頬がどんどん赤くなる。そして彼女のきらめきは増すのだった。この表情はなんとなく知っている。生前友人も同じような表情を浮かべていたのを見た事がある。
「オリバーの事が気になるの」
これは恋する乙女の表情だ。
「そ、そっかー!」
リヴィアとオリバーが二人でデートを重ねているのは知っていた。しかしまだ付き合うと言う地点には至っていなかったらしい。
「それでねスカーレット……オリバーは私の事をどう思っているのかしら」
彼女がまたもじもじと下を向く。スカーレットは知っている。オリバーがめちゃくちゃ彼女の事を好きだと言う事を。リヴィアが好きだと言えば、即OKだろう。
「みゃ、脈はあると思うよ」
「そ、そうかしら。オリバーってみんなに優しいから」
彼女は不安なようだ。確かにオリバーはみんなに優しいけど、ぽーっとした顔になるのはリヴィアにだけだ。
「その……、今度オリバーをデートに誘ってみようと思うの」
「うん」
「でも私からデートに誘うのは初めてなの、だからねスカーレット。一緒に行ってくれない?」
「うん?」
「あなたが一緒に居てくれたら私、心強いは」
「えっと……それは、私もデートについて行くって事かな?」
「えぇ」
「えーっっと」
それはまずいんじゃなかろうか。
「わかった! ダブルデートにしよう! 私はローガンを連れて行くから!」
「まぁ、スカーレットはローガンの事が好きなの!?」
「違います!」
しかし適当な相手がいなかった。
数時間後、私はローガンにわけを話してデートの承諾を得に行った。
「ダブルデートね……」
ローガンは腕組みしていた。
「まぁ、良いよ。親友の恋路は応援しないとね」
彼はあっさりと承諾した。
「ありがとう!」
「いえいえ」
「ところでローガン、最近なんか大きくならなかった?」
二年生になってローガンの背がぐっと伸びた。
「育ち盛りなんでね」
彼は肩をすくめる。
「それじゃあ、経済学のレポートがあるから行くよ。デート楽しみにしてる」
ウインク一つして彼は男子寮に行ってしまった。二年生になってローガンはちょっぴり変わった。背が伸びただけじゃなくて、将来の為のより専門的な勉強をする中で彼は大人に近づいているようだった。 最近は前みたいに、バカ話をする事も少ない。おまけにどうやら彼は、女の子達にモテるようなのだ。
「みんなどんどん変わって行くなぁ」
複雑な気持ちでスカーレットは空を見た。そして女子寮の屋上にダーマが立っているのが目に入った。どうやら、スカーレットを待っているようだった。
「く、来るの早いよ!」
スカーレットは急いで寮の部屋に向かった。おもえば自分を取り巻く環境もここ数年で大きく変わってしまっていた。
■
休日、デートの日の朝。スカーレットは、薄ピンクのAラインワンピースを着て鏡の前で何度も自分の姿を確認した。
「緊張する……」
バッグを持って外に出る。寮の前にはリヴィアが既に居た。
「ごきげんようスカーレット」
青いワンピースを着た彼女は、いつになく美しく輝いていた。恋する乙女って凄い。
「おはようリヴィア」
すぐにローガンと、オリバーもやって来る。二人とも、いつもよりおしゃれなスーツを着ている。
「やぁリヴィア」
「ごきげんよう、オリバー」
「きょ、今日は特別綺麗だね」
「まぁ、ありがとう。手入れしたかいがあるわ」
二人が見つめ合っている。一方、スカーレットとローガンは軽く手を上げて気楽な挨拶をした。
「おはようローガン」
「うん、おはようスカーレット。それじゃ行こうか」
四人は、コノートの街に繰り出した。
休日の日のコノートはいつにも増して活気がある。楽しそうに笑い合う人々の中に混ざり、四人も出店を覗いた。雑貨屋を眺める。
「これ、リヴィアに似合うよ」
「まぁ、素敵なネックレスですわね」
オリバーがすぐに購入してプレゼントしていた。
「スカーレットも何かいる?」
ローガンが尋ねて来る。
「私はあっちが良いな」
ソフトクリーム屋を指差した。ローガンと二人で、ソフトクリームを食べながら他愛もない話しをした。
そんな感じでダブルデートは過ぎる。程よく、オリバーとリヴィアのカップルから距離を置いて二人の仲を見守った。
「まさか、オリバーがリヴィアとくっつとは思わなかったな」
テーブル席に座ってスカーレットとローガンはクレープをかじっていた。今日はやたら買い食いしてる気がする。
「複雑な気持ち?」
「まぁね。オリバーもリヴィアも俺にとっては幼馴染みたいなものだしね。君もちょっと複雑な気持ちだろ」
スカーレットは肩をすくめた。
「でも、二人ならきっと良いカップルになれると思う」
「そうだね」
そこで会話が途切れる。私は射的に興じている二人を眺めながら、別の話題を探した。
「ローガンも、学校でモテてるんでしょう?」
「……学校じゃ、俺と君が付き合っているって噂だ」
「えっ」
「俺達仲良し四人組だからね。男二人と女二人。外から見てる他の年頃の奴らにしてみたら、付き合ってるって勘ぐりもしたくなるってものさ」
「そ、そうなんだ……」
「まぁ、リヴィアとオリバーは彼らの予想通り付き合うみたいだけどね」
遠くの二人は本当に楽しそうでラブラブしたオーラを放ってる。
「俺達も付き合ってみるかい」
「えっ」
突然の言葉に素っ頓狂な声をあげてしまった。ローガンが肩をすくめて笑う。
「うそだよ」
「も、もう。そういう冗談はやめようよ……」
手汗をかいてしまった。
「君にはもう相手がいるみたいだしね」
「え」
私は再び素っ頓狂な声をあげた。
「あの黒髪に浅黒い肌の男、あれが君の言ってたダーマだろ」
ダーマとローガンは直接会った事は無いはずだ。
「……毎晩、君の部屋にあいつが行くだろ」
その言葉を聞いて私は自分の顔がいっきに熱くなるのがわかった。
「な、なんで知ってるの」
「……君が襲われてないか心配で夜は君の部屋を定期的に見張ってるんだ。そしたらあいつが目に入った」
まさかローガンがそんな事をしてくれているとは知らなかった。
「あ、ありがとうローガン。でもダーマさんとはそういう関係ではないのよ……」
「キスしてるのにか」
私は今、自分の顔がやばいくらい赤くなっているだろうと思った。全部の血が頭に集中したみたいだ。
「み、みたの」
「あぁ」
「そ、そっか……」
しかしあれは魔力向上.の為の措置なのだ。別に愛しあってるわけじゃない。でもそれを説明するのって難しい。
「特級魔法使いになってから出来た協力者みたいだけど、君がそんなに信用してるんなら、俺は何も言う事はないよ」
ダーマが私に無理矢理心臓を移植した張本人な事は黙っている。
「うん……」
真実を言えば、ダーマを側に置いておくべきではないとローガンは言うはずだからだ。
私が俯いてテーブルを睨み、どうにか別の話題を振ろうと顔を上げた瞬間後ろで爆発音がした。
「ほあ!?」
ローガンが私を抱えてテーブルの下に隠れる。えらく近くで爆発音がした。煙がもくもくとあたりにたちこめる。
「な、なに!?」
あたりのみんなはパニックを起こしていた。
「わからない」
ローガンは私を抱えたまま、周囲を見渡す。私も必死に辺りを見た。
「誰かこっちに向かって来る」
魔術で視力を強化したローガンは、煙の向こうから迫る誰かを視認したようだった。私を脇に抱えて、走り始める。私も視力を強化して煙の中を見る。誰かが三人ほどこちらに向かって来ている。他の人間には脇目もふれていないところから、目的は私のようだった。
「ローガン離して! 目的は私よ!」
「君が目的なら、なおさら離すわけがないだろう!!」
ローガンは、煙の外に出た。そこにリヴィアの手を引くオリバーと合流する。
「大丈夫か二人とも!?」
「僕らは大丈夫!」
「俺達は追われてるから逃げる」
ローガンは肉体強化で、近くの屋根の上に飛び乗った。後ろを見てるスカーレットの視界に、足下で煙の中から黒ずくめの男達が出て来たのだが見えた。
「町中で君を襲うなんて……向こうは随分考えなしだな」
ローガンは屋根から屋根に飛んで逃げる。屋根に乗った男達は攻撃をしてくる。スカーレットは、火の玉でその攻撃を相殺した。このくらいの威力なら、なんともない。
「!」
突然、身体が、がくんと揺れた。ローガンが止まったのだ。
「くそ、荒手だな」
振り向くと、前方にも男達が三人いた。ローガンが、雷の攻撃を放つ。しかし、さすがに三人相手はきついようだ。スカーレットは後ろの敵に炎をぶつけて、二人倒した。ローガンは、下におりて路地を走った。周りで足音がする。どうも敵の数がどんどん増えている。後ろから受ける攻撃は私が相殺し続けた、途中更に二人倒した。
「ぐっ!」
再びローガンの動きが止まった。私は地面に落とされる。
「ローガン!」
彼が地面にうずくまる。見れば、腹にナイフが刺さっていた。私は息を飲む。路地に男達が下りて来る。ざっと見ても十人以上いる。まさか日中に襲って来ると思わず、私は肉弾戦用の武器を持っていなかった。となると、後は炎だけの攻撃だ。ローガンの為に早く決着をつけなければ。
「死んでも謝らないからね」
私は、力を抑えた火の玉ではなく業火の柱で男達を薙ぎ払った。暗器を持った男達と悠長に戦闘するのは危険だ。ならばいっきに焼き払うしかない。この裏路地なら他に人間もいないので、辺りを気にせず燃やせる。ただし、この火の柱に関しては火力の調節が難しいので相手を消し炭にする可能性もあった。
業火で燃やされた男達が辺りにバタバタ倒れる。どうやら、全員生きてはいるようだった。
私は急いでローガンを見る。
「ローガン!」
「……大丈夫…生きてる……」
冷や汗がだらだらと出て、青い顔をしている。こんな時にまともな、治癒魔術も使えない事が嫌で仕方ない。スカーレットは火の遺跡でググに貰ったブレスレットを見る。これを使えば、別の属性の技を使う事が出来た。しかし、人の傷を治す治癒魔術はあまりに高度だ、初めてやるには不安が残る。もしかしたら、悪化させてしまう可能性だってある。スカーレットはぎゅっと目を閉じて、数秒迷って目を開けた。
「すぐに人を呼んで来るから待ってて!!」
私は路地裏を走った。誰でも良い、ローガンを助けて。
「スカーレット!」
そこにライアン先生とクロエ先生がやって来る。
「ライアン先生…、クロエ先生…どうしてココに」
「大丈夫か!」
ライアン先生が私の肩を握る。
「怪我をしてるの?」
クロエ先生が私の手の血を見る。
「ちがうわたしじゃない、ローガンが! ローガンのとろこに一緒に来てください」
私の頭はパニックを起こしていた。
「わかった、案内してくれ!」
二人を連れて急いで路地裏に戻る。ライアン先生がローガンを仰向けに寝かせ、服を破いて怪我を見る。ナイフはまだ、刺さったままだ。
「ナイフを抜く。君は治癒魔術を頼む」
「えぇ」
ローガンのお腹に刺さったナイフが抜かれる。ローガンは酷く痛そうな声をあげた。
「大丈夫よ、落ち着いて」
クロエ先生が治癒魔術をかける。傷口が青い光に覆われる。私はローガンの手を握ってその様子を見守っていた。光が弱まった後に、傷口は塞がった。
「もう、大丈夫ですか……?」
「えぇ、しばらく入院は必要でしょうけどね」
ローガンは気を失っていた。けれど、顔色はさっきよりも良かった。
「ありがとうございました……」
「いえ、いいのよ」
私はただただ、後悔した。私のせいで大事な友人を危険にさらしてしまった事に。
■
騒ぎの後に、ローガンは病院に連れて行かれた。犯人は捕まったけど、誰の指示かはけして口を割らなかったそうだ。
「君のせいじゃない」
目が覚めて開口一番、私を見てローガンはそう言った。
「私のせいだよ」
「違う、悪いのはあの連中に指示した奴だ」
そうは言っても私の不用心さが招いた事でもあるのだ。特級魔法使いになって、私は何度も襲われた。もっと危機感を持つべきだったのだ。
「まさか君、俺達と距離を置こうなんて考えてないよな」
考えを見透かすようにローガンは言う。
「私が側にいる限りこういう事は何度も起こると思うの……」
「周りを頼れってくれ」
私は顔をあげる。
「でも……」
「でもじゃない。それが友人って奴だ、二人だってそう思ってる。そうだろ?」
振り向くとリヴィアとオリバーが立っていた。
「スカーレット、無事でよかったわ」
リヴィアが私に抱きついて泣く。私も泣いてしまう。
「もちろん僕もリヴィアもおんなじ気持ちだ。スカーレットを守るよ」
「……ありがとう」
私はただ、友人達の想いに涙を流した。
そして、今後けして彼らを危険にさらす事のないようにとの思いを強めた。
つづく




