43
礼装学の授業に出た。魔術アイテムの生成をする授業だった。魔力を持たない『物』に対して術者が魔力を流し込んで魔力を付与させる。身体の中の魔力を操作して流し込むものなので属性は特に関係無いらしい。つまり一つの魔術しか使えない私でも問題無く使えるわけだ。
渡された石に印を刻んで魔力を流し込む。
「むむ……」
手の中で石が熱くなる。しばらくして手を開けると、魔力を帯びた石ころが出来ていた。刻んだ印は補助輪の用なもので、対して難しい操作も無くただ魔力を流し込むだけで必要なところに魔力が流れ込むようになっていた。ちなみにこういう印を見つける授業は別にあって、詠唱学と言うらしい。言葉や印で力の流れを自動的に制御する。複雑な魔力行使の際に用いられる。また、これを突き詰めて行くと、魔力基盤になるらしい。私はそこまで極めるつめりは無いので、礼装学の授業に留めている。一応、魔力基盤基礎学科も授業見学に行ったのだが、とてもついていける内容では無かった。
礼装学の授業が終わって外に出ると、アイリスが手を振ってこちらにやって来る。
「おーい、スカーレット!」
彼女はやや興奮気味な様子だった。
「なぁ、なぁ!! タトゥー入れるんなら、おれに入れさせてくれないか!!」
廊下に響き渡る大きな声で彼女はそう言った。授業を終えたばかりの生徒達が、こちらを不審な顔で見る。
「えっと、なんの事かわからないけど、とりあえず外に食事にでも行こうか」
私はアイリスを学園の外に連れ出して、食事に向かった。天気が良かったので、外のカフェテラスでパスタを食べる。
「それで、私がタトゥー入れるってどういう事かな?」
今のところ、そんな予定は一切無い。
「あれ、予約のスカーレットって、スカーレットの事じゃないのか?」
ミックスジュースを飲むアイリスが首を傾げる。
「予約?」
「あぁ。十二歳の女の子が今度、客で来るっておやじが言ってたぞ」
話しを聞きながら私は眉を寄せた。
「違う奴かな?」
「もしかしたら私かも……」
思い当たるフシがあった。鞄の中から本を取り出して、白いページに文字を書く。
『つかぬ事を聞きますが。私の魔力アップの為にタトゥーを入れようとか考えてますか』
数秒後に返事が帰って来る。
『勘が良いな。丁度、昨日その予約をとって来たところだ。五年先まで予約が埋まっている人気の彫師だぞ』
私は本を閉じた。
「アイリス。それ、私だったみたい」
「お、やっぱりそうなのか!」
アイリスが身を乗り出して来る。
「なぁなぁ! おれに彫らせてくれよ!!」
スカーレットは困った顔をした。
「あのねアイリス。この予約、私の知り合いが勝手にとったものなの。だから、まずその人と相談してくるね」
「そうなのか?」
「うん」
「ふーん」
身を乗り出していたアイリスが椅子に座る。
「うちの親父は腕が良いからさ。なかなか店の予約がとれないんだ。それを金で黙らせて予約取ったらしいんだ。スカーレットって、すげーでかいパトロンが後ろにいるんだな!」
ダーマさんの資産っていったいいくらなんだろうか。
「この事はみんなには内緒にしておいてね」
「おう、わかってるって!!」
アイリスの口の固さを信じたい。
私は、その日の夜にダーマさんと会った。
「それで、どういう事でしょうか」
「どうもなにも、君の魔力を強化する為の措置だ」
「また、勝手な事を……」
「彫師の魔術強化は安全で、手っ取り早いんだ。君みたいに、至急突貫工事が必要な人間にはありがたい存在だろ」
突貫工事って、人間に使う言葉だろうか。私達は話しながら、裏道を歩いていた。この道にはもちろん見覚えがある。
「まぁ、とりあえず君が措置を受けられる身体なのかを今日は見て貰おう」
「……私まだ受けるとは言ってませんが」
「こんにちは」
彼は私の言葉には返事をせずに、店の中に入って行ってしまった。
「おう、来たか」
「予約していたダーマです」
「いらっしゃい、スカーレット!」
スキンヘッドの強面の親父さんの後ろから、アイリスが出て来る。
「アイリス……」
「親父に頼んで今日の仕事を見学させて貰える事になったんだ! まぁ、本当はおれが彫りたかったんだけど……」
彫らせて貰う許可は出なかったらしい。
「すんません。仕事中は静かな奴なんで、よろしくお願いします」
「……えぇ、それは構いませんよ」
「それじゃ、お嬢ちゃんこっちに来て貰えるかな」
私は、アイリスのお父さんの前に歩いて行く。
「俺はベスだ。よろしくな」
「スカーレットです。よろしくお願いします」
ベスさんが、私の腕をとって脈をとったり服をめくってお腹を見たりした。
「うーむ、ちょっと横になって貰って良いか」
ベスさんは難しそうな顔をしている。私は、真ん中に用意されたベッドに乗って仰向けになる。再びシャツがめくられて、お腹が見える。
「どうですか」
「まぁ、できん事は無い。だだ、今回は基点だけにしておいた方が良いだろう」
「それで構いません」
「わかった」
ダーマとベスさが離れた場所で話しを始める。
「アイリス、基点って何」
置いていかれた私はアイリスの袖を引いて質問する。
「えーっとだな。まず、スカーレットは身体が小さいだろ」
「うん」
「身体が未発達な子供にタトゥーを入れるのは難易度が高いんだ。魔力の流れも安定しないしな。まぁ、たまに子どもの時から全身タトゥー入れるような家もあるけどな……」
アイリスが頬を掻く。
「それで、大掛かりなタトゥーを入れるには危険だから、子どもの時は普通は基点だけ入れておくんだ。この基点は、魔力の増加を手助けしてくれる。この後に更にタトゥー増やして流れを安定させたり、目的の方向に変化させたりする。その後のタトゥーの基礎になる部分だから、基点って言うわけだな」
「へぇ」
「タトゥーって痛い?」
「んーまぁ多少はな」
「や、やっぱりか」
ダーマさんとベスさんが戻って来た。
「スカーレット。基点のタトゥーはすぐに済むから、今日入れて貰う事になった」
「早いね!」
もう少し、心を決める時間が欲しかった。
「それじゃ作業に入るぞ」
ベスさんが私のお腹をアルコールで拭く。既に器具を用意している。アイリスが黙って、その作業を真剣な表情で見ていた。私は不安気に自分のお腹を見下ろした。
器具が触れると、お腹がチクッとした。もの凄い痛いわけではないのだがそれが何度も連続して続くので、我慢するとなると脂汗が出て来る。私は歯を食いしばって、浅い息をして作業が終わるのを待った。
およそ十分程でその作業は終わった。器具が離れた後に、私は全身の力を抜いて天井を仰ぎ見た。身体がガチガチだ。
「よし、良い出来だ」
入れ墨を入れた私のお腹は赤くなっていて、正直どんな柄が入ったのかはわからなかった。サイズ的には一センチ程度の小さなタトゥーである。
「よく頑張ったなスカーレット」
アイリスが私の頭をぐりぐり撫でる。彼女は右手に、飲物を持っていた。
「これ、安定剤が入ってるから飲んでくれ」
私は身体を起こして、それを飲む。レモネードの味がした。
「しばらく、ゆっくりして行きな。俺はこっちの兄さんと話して来る。アイリス、後は頼んだぞ」
「はーい」
ベスとダーマは、奥の部屋に入って行った。
「なんの話しするんだろう」
「今後の計画についてじゃないかな。今回基点入れたんなら、大人になってまた大掛かりな奴を入れる事になると思うんだよな。その長期的な計画を話し合ってるんだよ。まぁ、料金相談とかも含めて」
「なるほど……それにしても、どんなの彫ったんだろう」
見下ろしたお腹は赤く脹れて来て何を彫ったのか、全くわからない。
「今回のは、普段は見えないと思うぞ」
「へ」
「魔術強化を目的とした彫り物は、普段は身体に現れないんだ」
「そうなの?」
「あぁ。魔力使った時だけ現れたり、光ったりする。まぁ、物好きはわざと常に見える奴を彫るけどな」
アイリスは彫り物のある、自分の腕を示す。
「え、でも、見えない彫り物をどうやってベスさんは彫ったの?」
「だから彫師は目を強化するんだよ。他人の魔力の流れがよく見える彫師ほど、腕が良いってわけさ」
「へー」
その後も私はアイリスに、彫師の話しを聞いてお腹の痛みが緩和するのを待った。
寮に帰った後に連絡用の本を開いたら、
『次の強化用の準備も楽しみにしておいて欲しい』
と、ダーマから連絡が来ていた。できれば、今度は痛くないのが良いなぁと思う私だった。
つづく




