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私は寮で寝ている時に、突然強烈な胸の痛みを覚えた。それが尋常じゃ無いものなのはすぐにわかった。首に下げた、ルビーのペンダントが赤く光っている。これは、私に害を与えるモノに反応する呪術がダーマさんによって施されていた。
「っ……!」
ベッドから転げるように落ちて、連絡手帳を手に取って寮の外に歩いた。階段にうずくまりながら、手帳に文字を書く。二年生になって寮の部屋が個室部屋になったので良かった。でなければ、きっとみんなを起こしてしまっただろう。
『心臓が痛い』
私は胸を押さえて階段を下りて、冷たい床を歩いて寮の外に出た。返事を知らせる為に、手帳の石が光る。
『そこから逃げろ』
私は寮の外に飛び出して、走った。心臓が破裂しそうな程、痛い。突然、石畳が点々と光る。私は危うく踏みそうになった、タイルを避ける。すると、その床から次の瞬間、光の槍が出て来る。古典的な、魔術による攻撃方法だった。私は、光の床を避けて門に向かって走った。
「!」
もう少しのところで、黒い影が私の前で立ちふさがる。そいつは、私に手を伸ばして来た。私は後ずさり逃げようとしたが、後ろには光の槍が檻を作っていた。
「い、いやだ」
心臓の痛みは最大に達していて、目の前が赤や青に点滅する。けれど私は死にたくない。ここで彼を殺さなければ、私は……。
黒い人物を横から物理的に蹴り倒す影が突如現れた。
「逃げるぞ」
その人は私の手を取って、軽々と腕に抱いて柵を乗り越えた。
「ダーマ……!」
「口を閉じろ」
彼は屋根の上えとあがり、屋根から屋根へ移って夜の街を走った。
連れて来られたのは、粗末な小屋だった。おそらくここは街の北西のフロト地区だ。彼は私を、寝台に横たえる。部屋は粗末だが、ベッドシーツは綺麗だった。彼が私の胸に手をかざすと、うっすらと光が見えて、次の瞬間に黒い光が混ざった。
「チッ」
彼はあからさまに舌打ちして、部屋の奥の棚を漁って何かを持って来る。
「これを飲め」
手渡された小瓶から、すごい刺激臭がする。飲むと、どろっとした苦いシロップが入っていた。後味にほのかな酸味がある。
「なんですコレ」
「呪力への対抗薬だ。おまえは、呪いを受けている」
私は肩を跳ねさせる。
「おまえの胸に精霊の心臓がある事は、殆どの人間は知らない。だが、それが洩れたらしい」
「そうですか……」
いずれ、そうなるだろうとは思っていた。
「守りの礼装を乗り越えてやって来た……か。かなりの実力者だな」
「私、死ぬんですか……?」
「呪いを解かなければ、いずれ死ぬ。君の胸には心臓を握りつぶす呪いがかかっている。今は、礼装と君自身の魔力で対抗している状態だな」
私は瓶に残った苦いシロップを急いで全部飲んだ。
「おそらくさっきの男が術者なんだろうな。この魔術は古典的なものだから、術者本人が近くにいた方が力は強まる」
「じゃあ、危なかったんですねさっき」
ダーマが腕を組んで私を見下ろす。
「触れられていたら、おそらくそのまま心臓を潰されていただろうな」
「マジですか……」
彼は腕組をして、ブツブツ呟いている。何か作戦を練ってくれているのだと思う。
「呪いに対抗する手段は知っているか」
「あ、はい。授業で少しだけ」
私は記憶をたぐり寄せる。
「基本は礼装で呪いを寄せ付けない事です。もしくは、高度なものになると相手に呪いを跳ね返します。また、呪いを受けてしまった場合は解呪を行います。ただ、解呪の方方法は多様で、まずはなんの呪いを受けたかを特定します」
「うん、そうだ。ちゃんと勉強してるんだな」
彼は関心しようにつぶやく。
「君は呪いを受けているが、それに対抗している状態だ。今、呪いに対抗する薬も飲んだから、あいつに近づかない限りならしばらくはこのままの状態を維持できる」
それは良かった。
「次に」
ダーマさんが、宝石のついた金色のハサミを取り出して私の身体の側でパチンと閉じた。
「何したんですか」
「あいつから君に追跡の魔術が飛んで来ていたから、今切った」
私には全く何も見えなかったし、感じなかった。
「あぁいう襲撃者の常套手段の一つだ。君も今後の為に、視認と解除の方法を覚えておいた方が良いぞ」
そう言って、ハサミを腰のポーチに入れる。たぶん、あのバッグも四次元バッグなのだと思う。
「呪いの特定は出来ている。呪いの名は『心臓を握りつぶすもの』だ。相手は古典魔術が得意なようだな。古典魔術は発動事態はシンプルだが、事前準備に手間がかかるものが多い。それでいて知識のあるものなら、特定も容易だ。だが、しかし解呪が厄介だ」
ダーマさんが私を腕に抱える。
「『心臓を握りつぶすもの』は、捧げた供物によって成功率が代わる。魔石などの無機物がもっとも低い、次が動物の死骸だな、もっとも多く使われるのは牛や馬などの生きた大型動物だな。この場合、呪いの成功と同時に生贄の心臓も潰れる」
ダーマさんは私を抱えたまま、窓の外を見る。
「そして、コレは国の法律で禁止されているのだが、供物に生きた人間を使った場合、どんな術者が使ったとしても確実に相手を殺す事ができる」
「今回は人を捧げているんですか……?」
「君の様子から見て、おそらくな」
ダーマさんが小さい水晶玉をかざしながら、外をずっと見ている。
「それ、何をやってらっしゃるんですか」
「供物が生きている場合、君と供物の心臓は繋がっている事になる。俺は供物の側に追跡魔術を投げるわけだ」
「供物を助ける事が出来れば、私も助かる?」
「そういう事だ」
よ、よかったー。とりあえず、対抗手段があるんだ。
「見つけた」
ダーマさんは、私を抱えて外に下りた。やはり、屋根の上を走って行く。ガクガク動くので、私は口を閉じた。
「近いな……」
根城は、この場所の近くだったらしい。彼は、一つの建物の中に入る。扉を蹴り破る。蹴り破った瞬間に、何かが弾けるもの凄い音がしたから、たぶん魔術防壁も一緒に破ったんだと思う。普通工房を守る魔術防壁って強行だから、そんなに簡単に破れないと思うのだが、それはダーマさんだから出来るのだろう。地下へと下りて行くと、腐臭がした。
「う……」
「頻繁に、ここを使っていたらしいな」
棚に雑然と薬品が置かれている。壁にかけられた、凶悪な器具は赤く錆びていた。そして、石の床の中央に、小さな牢に入れられた少女が一人眠っていた。ダーマが魔法陣を殴ると、その周辺の結界が崩れた。。牢ごと、少女を魔法陣の外に移動させる。牢の中で眠る少女は、起きる気配は無い。私は自分の左胸を撫でる。
「解けたの?」
ダーマは牢の中の少女を見て眉を寄せる。
「いや、違う」
彼がナイフを取り出して入り口に向かって投げる。それを弾いて、入り口から影の男が現れて私達に向かって斧を振り上げて襲いかかって来た。ナイフを投げて牽制した後に、ダーマが素早い動作で斧の攻撃を避けて離れる。影の男が現れた瞬間に、私の心臓が痛くなる。
「…ッ! なんで」
供物の子は助けたはずだ。なのに、なんで呪術が解けない。
「あいつは、予備に自分の心臓も捧げていたんだ。術者が供物と一緒に自分の身体の一部を捧げる事もある。だが、まさか心臓を捧げる馬鹿がいたとはな」
ダーマが私を抱えたまま、影の男を殴りつけた。良いのが入って、男がふっとばされる。
「じ、自分の捧げちゃったら、暗殺に成功しても死んじゃうじゃん…!」
「よほど、強い権力者が後ろに着いているんだろうな……」
よろめきながら再び起き上がって来た男を蹴りつけて、倒れた男にまたがり何度も殴る。それは男が動かなくなるまで続いた。殴る最中に、パリンっと何か弾ける男が響いた。
「くそ、こいつ硬かったな……三つも消費したぞ」
ダーマが立ち上がって自分の右手のグローブを見ている。あの指ぬきグローブは、何かの魔術礼装なのだろうか? 最後に、男の上着を脱がせて胸の中心に書かれた魔法陣を拳で叩いて解呪した。ダーマさん、何から何まで魔術行使が暴力と連動している気がする。
「はぁ、これで終わりだ」
深く息を吸って吐いた後に、ダーマさんが男を睨みつけながらつぶやく。私を下ろして、男の身体を魔術で編んだ鎖で縛る。
「その人、生きてるんだよね…?」
「……こういう魔術師同士の戦いはな、苛烈に見えるかもしれないがお互いに礼装なんかで防御力を鉄のようにあげているから、実質全くダメージが通らないんだ。俺の攻撃も、実際は脳震盪を起こして気絶させている。身体の方はかすり傷を受けた程度だろう」
そ、そんなものなか。外面的なダメージが少ないから、揺さぶりかけて脳にダメージを入れているわけね……。
「心臓はどうだ」
「あ、うん。大丈夫みたい」
破裂しそうな痛みは収まっていた。ダーマが連絡手帳を取り出して、何かを書いている。けれど私の手帳は光らない。
「連絡手帳は、宝石を回す事で連絡先を変えられるんだ」
「へ、へー!」
この世界ではメール代わりにこの手帳が使われているのかもしれない。
「俺の知り合いに連絡して、この男を引き取りに来て貰う。そいつが来たら、おまえを寮に送って行く。呪いは完全に解呪出来たようだ」
「…その子はどうするんですか」
眠る少女を指差す。
「…おそらく、人身売買で購入されたものだろう。しかるべきところに、受け渡す」
「奴隷ですか……?」
「奴隷は法律で禁止されたはずなんだがな……」
ダーマさんは、険しい目をした。
「きちんと人として生きて行ける場所に受け渡す」
「……よろしくお願いします」
私達が話しをしていると、仮面を付けた体格の良い男が室内に入ってきた。
「やぁやぁこんにちは」
西洋でペストが流行った時に付けられていた鳥の仮面だ。
「早かったな」
「近くに居たもんでね、それじゃ、こいつは引き取って行くよ」
仮面の男は、影の男を抱えて部屋を出て行こうとする。
「待て、ついでにこの子も連れて行ってくれないか。この娘は俺が後で引取りに行く」
「あぁ、良いですよ」
男は牢屋を軽々と片手で持って外に出て行った。
「では、帰るか」
「はい」
私は、ダーマさんに寮に送って貰った。
自分のベッドに入ったて目を閉じる。残念ながら、全く眠れなかったわけだけど。
つづく




