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数日後にオリバーがコノートの国に帰って来た。遠くに仕事の手伝いに行っていた彼は、私達に沢山お土産を買って来てくれた。
「これ、魚の卵なんだって。あとこれは、熊の置物」
並べられたお土産を貰い、笑顔でその話しを聞いた後に私は二人きりになってオリバーにも別荘であった事を話した。オリバーは細い目を最大限まで見開いて、絶句していた。この件に関して一番心を砕いてくれていた彼に報告が最後になってしまったのは申し訳ない。彼は私の両手を掴む。
「スカーレット、大丈夫?」
「……うん、大丈夫。ほんのちょっと寿命をもっていかれたけど、それでも私は九八歳まで生きるんだって」
私が微笑むと彼は複雑な顔をして頭を垂れた後に、静かに泣いた。
「…っ…、僕は君の力になれなかったね……」
「ううん、気にしないで。あれはどうしようも無かった事だから」
「……」
泣く彼を私は慰めた。ここはラウンジなので遠くからいくつか視線を感じるが、気にしないでおこう。
「僕、これから君の力になるよ。そう誓う」
どうして彼らはこんなに良い人間なんだろうか。私にはそれが不思議だった。そして、どうすればこの恩を返す事ができるのかを考えた。彼らの善の心を受け取る度に、私の心には勇気が溜まって行くのだ。私も彼らみたいに、良い人間になりたい。
「ありがとうオリバー…その言葉が、私は本当に嬉しいよ」
握り合っている手が熱い。この尊い友情を大事にしよう。偶然出会った私達は友人になった。それ以降の親愛は互いの思いやりの元に築かれていく。親友という言葉があるけど、ある意味それは運命的な出会いではなく互いの努力が作り上げるものなのかもしれない。
私はクロエ先生から呼び出されて、イサック教授に会った。彼の部屋は以前と同じく乱雑で、天井近くまで書類や物が積まれていた。彼は私に会うと、以前と同じように触診をして頷いた。
「うむ、移植は完了しておるようだな。随分、腕の良い者にして貰ったようじゃな」
私の心臓が跳ねる。大精霊の移植なんて、出来る人間は限られているんじゃなかろうか。もしかしたら、クロエ先生もイサック教授も移植した犯人が誰なのか思い当たっているのかもしれない。
「急な事ではあるが、おまえさんを特級魔法使いに認定したい」
「……本当に、心臓を移植しただけで、私が特級魔法使いになれるんですか?」
教授は長い髭を撫る。
「お主も察しておるように、残念ながらなれんな」
「やっぱり、そうなんですね」
心臓の適正者になれたとしても、それだけで一大勢力を背負うような魔法使いになれるとは思えない。
「なにしろおまえさんは、まだまだ若いしのう。上級魔法使いの試験もパスしていないのであろう?」
「はい」
「物事には順序がある。まずは、上級認定魔法使いの試験に合格して来なさい。次の課題は、それが終えてからだな。なに、火の特級魔法使いが亡くなった事は未だ一部の人間しか知らない。それを、お主が継いでいる事を知るものも少ない。今は、目の前の課題をこなして、特級魔法使いとして道を一歩一歩進むが良い」
「はい」
焦らず少しずつ特級魔法使いとして成長して行こう。
というわけで、私は心臓に大精霊を入れたまま普通の学生に戻るのだった。一応入っているらしい大精霊も、また別の契約? を済ませなければ使役は出来ないらしい。それまでは静かに寝ていてくれるらしいので、安心だ。
「何が安心なんだ」
ローガンはパンにバターを塗りながら憤慨している。
「かわいそうにスカーレット。身体の具合が悪くなった時はすぐに言ってね」
リヴィアはあの事件以来、私にとても過保護になっていた。
「うーん。大丈夫だよ、身体の違和感は全然無いんだ」
私はポトフスープを飲みながら答える。最初の違和感はもう全く無い。移植後、五感が失われた事例もあるらしいので、ダーマは本当に腕が良かったんだろう。
「引き続き、特級魔法使いや貴族間の話しは調べているよ。確かに、火の特級魔法使いが死んだって話しは全く聞かない。数年前から寝込んでるって噂はよく聞くね」
私が大精霊を移植された事を知っている人はどれくらいいるのか、今後聞いておかなければ。
ところで私達は現在、裏通りにある『ニューワールド』に来ている。ここは以前、クラビスを追いかけてたどり着いた例のお店である。内密な話しをするにあたって、他に良い場所が思いつかなかったのだ。ここは、以前個室もあると聞いていたので利用させて貰っている。裏通りにあるだけあって、秘密の話し合いの場所として最適だった。
私達がやいのやいの話し合いながら、テーブルに並べられた料理を食べていると、扉をノックする音が聞こえる。
「失礼するよ」
現れたのは、クラビスだった。
「クラビス!!」
ローガンとオリバーが凄くびっくりする。私は、たまにこの店で会っていたので、驚きはそれ程なかった。
「やぁみんなお久しぶり。うん、初めての子もいるな。こんにちは、お嬢さん。僕はクラビス、動植物の研究者をやっている学者だよ。よろしくね」
クラビスがリヴィアと握手する。
「まぁ、よろしくお願いします」
クラビスは角に置かれていた椅子を持って来て、座った。
「みんなが店に来てるって聞いてね、顔を見に来たんだ」
クラビスはにこっと笑った。オリバーとローガンが顔を見合わせている。そして私を見る。その目は、どうする? と聞いていた。
「うん? どうやら内緒の話しをしていたみたいだね。僕に話せない事なら退場するよ、なに、君らの年くらいの時に僕も相当やんちゃしたものさ」
立ち上がろうとするクラビスの腕を握る。
「クラビスさん! 聞いて欲しい事があるんです」
彼は、大学に籍を置く学者だ。仲間に引き込んでおいて損は無い。それになにより、信用出来る大人が一人でも欲しかった。
私は自分の事をクラビスにかいつまんで説明した。彼は聞きながら、驚き、そして難しい顔をした。聞き終わった後に腕を組む。
「やぁ、これは。想像以上だったな」
テンガロンハットの帽子を脱いでテーブルに置いて、目を閉じる。
「うーん。クロエ先生は実は僕の同期でね、わりと野心的な奴だったけど、良心はある奴だ。信用はして良いよ。でもイサック教授がなぁ……凄く合理主義者なんだよな。彼の第一の目的が『魔法』の発展だから、それから外れたものに対して凄く冷たいんだ。冷たいというか、無関心なんだよ彼は」
私は唾をのむ。私を特級魔法使いに推薦したのはイサック教授だった。
「『魔法』の発展に関わる話しなら良心的な良い人間だし、協力もしてくれる。しかし、しそれ以外の選択が凄く冷たい。彼の提案には気をつけてくれ」
「はい」
私は静かに頷いた。貴族間の関係だけでなく、大学内の派閥も知らなければいけない。
「ところで、スカーレットの担任の先生は誰だい?」
「ライアン先生です」
「ライアン! それは運が良い。あいつと僕は友達なんだ」
「あの、でもライアン先生がイサック教授の元に連れて行ったんですよ」
「それはあいつが、特級魔法使いの後任探しがそこまで緊急だと知らなかったからだろう。あいつは貴族のお坊ちゃんだが、苦労人だからわりと人に対して親身に相談に乗ってくれる奴だぞ」
なんか今、学生時代のクラビスがライアン先生に大変困った相談事をしているイメージが見えた気がする。
「この事、ライアンにも話して良いかな?」
「クラビスが信用出来るというなら、お願いします」
「あ、あとユーリスにも伝えて良い?」
「はい、ユーリス先生にもお話して大丈夫です」
「たぶん、話しを聞いた瞬間に後ろに倒れると思うよ」
クラビスはにこやかに笑った。私もそんな気がしています。
裏路地の食堂を出て寮に帰る。男の子達と別れて、女子寮に行きお風呂に入ってベットに潜り込む。
「ねぇ、スカーレット」
暗闇からリヴィアが話しかけて来る。
「あなたに味方が沢山いて、私すごく嬉しいわ」
「うん、私もみんなが味方でいてくれて嬉しい。ありがとうリヴィア」
私が手を伸ばすと、彼女も私の手に触れて互いに優しく握りあった。
つづく




