37
目を覚ましたのは、知らない部屋だった。石が積まれて、窓の無い牢屋だ。湿気臭いので地下だろう。
暗い牢屋で、ロウソクを持った男が一人私の前に立っている。男は床に倒れた私の身体を触診する。変なところを触らないで欲しい。ひとしきり触った後、男は部屋を出て声をかける。
「確認は終わった。彼女で間違いない」
再び戻って来た男は、手に箱を持っている。閉じられた扉の向こうから声がする。
「慎重にやれよ……失敗は許されない」
「わかっている」
男は箱から何かを取り出す。それは心臓だった。けれどその心臓はまだ脈打っていた。
「トゥワライラ キラ イナ リューゲン ヴューナ……」
男が聞きなれない言葉で呪文を唱える。これは古代語だ。『この世界は竜の涙より生まれた』。この世界の始まりの一族が使っていた言葉だ。授業で少し習ったが、習得して使う事が出来るのはごく一部の大学の研究者だけらしい。この男は何者なのだろうか。
「ロナ ロナ ロナ シューサ」
男の持っていた心臓が大きく脈打って溶け初める。中から大きな宝石の塊が出て来る。宝石は、中で炎が燃えて輝いていた。男が私の服をはだけさせて、胸にそれを押し当てる。
「ん゛ん!!!」
私は恐ろしくて抵抗した。しかし口を塞がれ、手足を拘束された身では何も出来ない。私の胸の中に宝石が入り込んで来る。ものすごい違和感が胸にある、最後まで入った後は気持ち悪くて胸を掻きむしりたくてたまらなかった。
「ここに、大精霊との契約を完了する……」
最後の言葉だけわかった。そうか、これが大精霊との契約だったのか。私は気持ち悪さに吐き気のする頭で、涙を流し男を睨みつけた。しかし、男は淡々とした目で私を見るだけで何も言わなかった。
私はそのまま一晩放っておかれた。気持ち悪かった胸のむかつきは、しだいにチクチクした痛みになった。コレ失敗なんじゃなかろうかと思った。明日、爆発四散した自分の姿を想像して顔が青くなる。もしくは、魔物にでもなるんだろうか。一晩中、痛みにうなされて私は身体を悶えさせた。しかし、次に目を覚ました時、胸の痛みは嘘のように消えていた。はだけた胸を見たが、外傷は無い。ただ、皮膚の上に奇妙な印が浮いているだけだ。火の刻印のようにも見えた。
男が牢屋に入って来る。
「定着したようだな」
男は私の枷を外して持ち上げる。私は暴れて、男の腕から逃げた。けれど、二、三歩歩いて膝をついて倒れる。
「体力も気力も使い果たしているのだから当然だろう。死にたくないなら安静にしろ。一応の峠は抜けたが、まだ安全とは言えない。契約から三日後に死んだ奴もいる」
やっぱり死ぬんじゃないか。
私は仕方なく男に再び持ち上げられた。だって死にたくないもの。男は階段を上り普通の部屋に私を連れて来た。ベッドに寝かせて、シーツを被せる。部屋には食事も用意されていて、久しぶりの食事にお腹が鳴る。
「食え」
具の無いスープをスプーンですくって私の口元に持って来る。私は男からスプーンを受け取って食べようとした。けれど、私の腕はガタガタ揺れてスプーンを持てなかった。私は仕方なく口を開いて食べた。
食事後に、私はすぐに眠くなって目を閉じた。
それから食べて、寝て、食べて、寝ての繰り返しだった。徐々に体力は戻って来た。心臓の違和感も無い。
食事に、肉や野菜の固形物が出るようになり、自分で食べれるようになった時、男が突然口を開いた。
「俺がこの依頼を受けたのは金の為じゃない」
今まで男は必要な事しか話さなかった。それが突然どうしたのだろう。
「じゃあ、なんの為にこんな事を?」
「先代の火の特級魔法使いは俺の師だった。あの人は亡くなる時に、次の移植先が見つけられ無かった事を酷く嘆いていた」
私は黙って彼の話しを聞く。こうして見れば、朴訥な人物だ。とても悪役になれそうにない。黒髪短髪に、少し浅黒い肌をした男は淡々と話しを続ける。
「大精霊との契約は適正の無いものに行えば死が待っている。それ程危険な行為だと誰もがわかっているのに、無理な移植は何度も行われた。中には本人が望む事もあったが、殆どは国が強制的に行った」
私は首を傾げる。
「それじゃあ、あなたは国が派遣した人?」
「違う。君は厄介な後ろ盾を持っていただろ。だから、国も手出しが出来なかった」
生徒会長さんの家! あの家が私を守ってくれていたのか。
「仕方なく選ばれた移植者は十中八九、失敗する事は目に見えていた。他の者も全て一緒だ。特級魔法使いになれる適性を持ったものはごくわずかしかいない。しかし国はすぐにでも次の人間を欲しがる。結果、数百人の人間が命を落とす事になる……。だから、俺は君に移植した。大精霊との契約の為、君の寿命を三年程いただいた。しかし、それを差し引いても君の死亡年齢は九十八才だそうだ」
私めっちゃ長生きする…!
「君は俺を恨むだろうな。元気になった暁には、焼き殺すなり好きにしてくれ」
男はため息をついて部屋を出た。私はベッドの上で考えた。身体の調子は随分よくなっていた。あと、二、三日もすれば歩き回っても大丈夫だろう。私は一日、男の事をどうるべきか考えた。
次の日、朝ごはんを持って来た男に対して話しかける。
「私、考えました。あなたの事は殺しません。そりゃあ、こんなやり方多少恨む部分はあります。けど、少数の人数で多数を救う選択をしたあなたを私は完全に悪人だとは思えません」
「……」
男は黙っている。
「そのかわり私に力を貸してください。先代の側にいたあなたなら、特級魔法使いの身の振り方をわかっているのでしょう。私はあいにく、ただの平民です。貴族達の争いに巻き込まれても、抗う術がありません」
男はスカーレットの前で膝を折って、右手を差し出した。
「ならば契約しろ。おまえにはその権利がある」
「契約?」
言っておくがスカーレットはまだ一年生である。魔法の授業もいろいろやっているが、まだ契約とかそういうややこしい事はやっていない。呪術的な授業は二年生以降の専門分野なのだ。
「手を重ねろ」
しかし男はお構いなしだった。私は仕方なく彼の手に、自分の手を重ねる。
「俺の言葉の後に続けろ…」
「ロウツ、ルウダ、フィシェル、エルダ、ショーク、シュナル」
「……ロウツ、ルウダ、フィシェル、エルダ、ショーク、シュナル」
また古代文字だ。言葉を唱え終えると、握りあった手のひらが熱くなって来る。
「この契約の元、俺は主を助け、主の為に生き、死ぬ事をここに誓う」
瞬間手のひらの間から青色の光が溢れて部屋を満たし、そして次第に小さくなって収まった。見ると繋いだ男の右掌の上に赤い痣のようなものが浮いていた。よく見れば、それはドラゴンのように見えた。
「あの、今とても物騒な契約を結びませんでしたか」
「いや、ただ主従の契約を交わしただけだが」
「な、なぜ突然主従契約を……!」
私は頭を抱えた。
「おまえが俺を殺さないと言うのなら、俺は俺の命をおまえに預ける。それが、正しい使い道だ」
この人ずっと無表情だから、内心何を考えているのか全くわからない。
「うーん……若干納得はいきませんが、わかりました。私の為に、死なない範囲で頑張ってください」
命令は『命大事に』を指定したい。
「了解した」
本当にわかってるのかなこの人。
気を取り直して、話しをする。
「それで一応聞いておきたいんですが、先代の特級魔法使いって実は結構前に亡くなっていたんですか?」
「……そうだ。今日から一年と七ヶ月前に亡くなった」
「凄い前じゃないですか。国が必死に後継者探しするのも納得しました。しかも、その事実を知るのは一部の人間だけだったんですね」
「あぁ、公には先代は病に臥せっている事になっていた」
それをずっと内緒にしていたのか。
「あの、もしかしてそれを公表しなかったのって戦争と関わる事だからですか?」
火の特級魔法使いは、純粋な威力面では一番の力を誇るらしい。だから戦争とかで引っ張り出されるし、存在事態が抑止力のようなものだ。そんな人が国から一時的にいなくなったらどうなるだろうか。
「そうだ。今はずっと他の国とは戦争も無い平和の状況が続いているが、それも隙が出来ればどうなるかわからない。だから特級魔法使いが欠けた時、その情報は必ず伏せられる」
やっぱりそうか。かなり厄介な役割を背負わされた気がする。
「よく、私に任せようと思いましたね。あやうく国が傾きますよ」
「……俺は国じたいはどうなろうとも、どうでもいいんだ。ただ、恩のあった先代に恩を返したかっただけだ」
本音のようだ。しかし、このやり方で果たして恩返しできてるんだろうか。たぶん先代さんは、ちゃんと話し合いの元に私に特級魔法使いにする形にした方が安心したんじゃんないかな。少しだけ、この男の思考回路を疑問に思うスカーレットだった。
「ところで名前を教えてください」
「ダーマだ」
「ダーマ……」
「先代がつけてくれた名だ」
彼が少しだけ口元で笑みを作った。やり方は納得出来ないが、彼が先代を慕っていたのはよくわかった。
「わかりました。それじゃあ、よろしくお願いしますダーマさん」
「あぁ」
私は彼と握手した。彼は緩くしか握り返してこなかったけど。
小屋の外に出ると、森が広がっていた。
「これからどうするんですか?」
「馬車を呼んである。おまえはコノートにそのまま返す。別荘には一応、手紙でおまえの無事は知らせてある」
手際の良い事で。私は馬車に乗って男と一緒にコノートに帰った。
「連絡には、この本を使え」
渡されたのはB5サイズくらいの本だった。開いても何も書いていない。男は同じデザインの本をもう一冊持っていた。開いてペンで文字を書く。すると私の本の表紙に埋め込まれた宝石が光る。本を開けば、中に文字が書かれている。
「この通り、すぐにこちらに伝わる。俺に用があれば、これで連絡をとれ。俺は普段、コノート国内で待機している。ただ、強い結界内ではこの本は使えないから覚えておけ」
「わかりました」
私は馬車を下りて、男の乗った馬車が遠ざかって行くのを見た。しかし途中で馬車の映像は蜃気楼のように歪んで見えなくなった。行き先がわからないように男が魔術を使ったのだと思う。移植を行ったとこを見ても、ダーマは相当魔術の腕のたつ男のようだ。
「しかし、こまったなぁ」
私は未だ混乱する頭で学園に帰った。
つづく




