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 夏休みも終わり、暦上では秋がやって来た。夏休みが終わってから初めての授業は、みんな眠そうだった。長い休暇の後は、体のテンポを徐々に戻して行かなければいけない。

 隣でリヴィアも眠そうにしていた。後でノートを見せてあげよう。

 放課後に、ライアン先生に呼び止められる。

「例の上級認定魔法使いの授業覚えているかい?」

「もちろん、覚えてますよ!」

 するとそこに、ローガンとオリバーが通りかかる。

「なんの話しだい?」

「今度、上級認定魔法使いの授業をして貰うの」

「あ、良いな」

 ローガンが声をあげる。

「上級かい? 確かに今の内に取っておいた方が良いよね?」

 二人とも興味があるようだ。

「うん? 君たちも希望なのかい。困ったな、それじゃあ生徒が増えても良いか聞いてくるから後日連絡するよ」

「よろしくお願いしますライアン先生」

「お願いします」

 二人はライアン先生に頭を下げた。二人と一緒に、上級の勉強が出来るなら心強い。実のところ、個人レッスンにビビっていたのだ。

「スカーレットはこれから魔術を極めて行くんだよね」

「うん」

 夏の間の仕事で少しだけ自信が持てていた。

「本当に認定魔法使いを目指すんだね。かっこいいな」

 ローガンがにこにこ笑う。二人に応援してもらえるのは嬉しい。思えば、二人はずっとスカーレットは『認定魔法使いになれる』と言ってくれていたのだ。それが、本当に嬉しかった。


 後日、三人で大学へ行く。紹介された先生は大学にいた。大学に初めて来る二人は、随分緊張しているようだった。三人の授業の許可が貰えたので、早速先生に挨拶しに来たのだ。

「大丈夫だよ、取って食われたりはしないから」

 私はノックして声をかける。

「クロエ先生いらっしゃいますか!」

「……どうぞ」 

 すぐに声は帰って来た。

「失礼します」

 扉を開けると、中は凄く暗かった。カーテンがしめ切られ、部屋の中に黒い布が幾重にも垂れている。辺りに置かれた魔道具のポットから漂う怪しい煙。いろんな異国を彷彿とさせる匂いが、そこら中から漂っている。

「あなた達ね、上級試験を受ける生徒さん達って」

 薄く透けた黒い布の向こうから女性の声がする。私は布を捲って中に入る。そこに立っていたのは、絶世の美女だった。黒い肌に黒い髪。彫りの深い顔立ちに惚れ惚れしてしまう。そしてなにより、声が良い。隣に並んだ二人もその衝撃に動けなくなっている。

「貴重なお時間を割いていただいて、ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」

 私は礼をする。

「よくってよ。後継を育てるという事は、魔法界においても重要な事。割く時間を惜しんではいられないわ」

 クロエ先生が部屋の隅に置かれた球体を回す。

「では、早速訓練を始めるわね」

 くるくる回る球体から突然小人が三匹飛び出して来る。

「この子達をあなた達の魔法で捕まえなさい」

 小人達はそれぞれ別の色の帽子を被っていた。

「黄色の子はローガン、緑はオリバー、赤はスカーレットの担当よ。では、はじめ」

 小人達が部屋の中を逃げ回る。しかし、突然始まった試験に私達は戸惑った。だって、こんな狭い部屋の中で魔法を使ったら何が起こるかわからない。

「部屋の中を焦がしたり、散らかした子は罰として掃除をして貰います」

 それを聞いて私達は顔を見合わせる。覚悟を決めるしかない。

「しびれろ!」

 ローガンが小さな雷で小人を撃つ。小人はしびれて動けなくなる。

「たぁ!」 

 オリバーは小さな竜巻で、小人の目を回す。

「ごめん!」

 私は指ぱっちんで火花を飛ばして、小人の周りを小さな火柱で囲った。

 部屋に拍手が響く。

「素晴らしいわ三人とも。良い腕と機転をしている。これなら、上級試験を十分目指せるわね」

 クロエ先生は上機嫌だった。その後も、難題を出されて私達は頑張ってそれを乗り越えた。


 礼をして三人で部屋を出ようとした時に、私だけクロエ先生に呼び止められる。

「少し良いかしら」

 私は頷いて、再び部屋に入る。

「教授から聞いたわ。あなた、火の魔法がとても得意みたいね」

 私は頷く。

 クロエ先生が私に手紙を手渡す。

「スカーレット、あなたに特級認定魔法使いの試験許可が下りたわ」

 認定魔法使いには、初級・中級・上級がある。上級まで取れば、晴れて国から仕事を依頼して貰える職業魔法使いになれるのだ。しかし更に上の『特級』という位が存在する。これは、並外れた魔力量とそれを使いこなす力量、そして精霊との契約が条件になっていた。

「私まだ上級試験も受けてませんよ!?」

「現在の、炎の大精霊と契約している特級魔法使いは九十六才。そろそろ、次の子に譲らないとまずい年なの。それで今年、その選抜テストを行う事になったわ」

 私は戸惑いながら相槌をうつ。

「その選考委員に選ばれたのがイサック教授でね。仕事の合間を縫って、適正者の書類を見たり直接技量を見ていたわけ。そんな中、飛び込んで来たのがあなた。物凄い潜在魔力量を持った子が来たって喜んでいたわよ」

 イサック教授、あの時そんな事を考えてらしたのか。

「おまけに炎だけに激選された才能。あなたしかいないと思ったらしいわ」

 先生は一度目を伏せて、私を鋭く見る。

「どうするかわ、あなたが決めなさい。一応メリットをあげるなら、特級魔法使いは国のお抱え魔法使いだから、年間三千万ギルのお給料が出るわ。それに、医療費とかも免除だし特権も多い。貴族と同じくらいの権力が持てる」

 その条件はかなりグラっと来る。特級魔法使いになれば手に職が持てるし、お金に困らないのでスカーレットちゃんも一歩幸せに近づける。

 その時、部屋の扉が開く。

「先生、いくらなんでもすぐに返事をできないでしょう」

 ローガンとオリバーが入って来た。二人とも待っていてくれたらしい。

「それもそうね。返事は二週間待つわ。決まったら、また来なさい」

 私達は部屋の外に出た。

「ありがとう二人とも」

「いや、気にしないでくれ」

「それより、下りて話そう」

 大学を下りて、近くの喫茶店に入る。オリバーとローガンは腕を組んで怒っているようだった。

「いいかい、特級認定魔法使いというのは奴隷と一緒だ」

 ローガンの口からいきなり、とんでもないワードが飛び出して来た。

「奴隷?」

「国に守られ、国に仕える国民は総じて奴隷みたいなもんだけどさ……でも特級魔法使いは特別なんだ。彼らが他の職業より多くの優遇を得られるのは、その分多くのモノを差し出すからだ。例えば命とか」

 私は声をひそめる。

「どういうこと?」 

 二人が顔を寄せて、小さな声で話す。

「特級魔法使いは精霊と契約するのが絶対条件だ。この大精霊と契約する時に魔法使いは自分の寿命を差し出す。それは人によって違うらしいんだけど、短くても三年……才能の無いものだと五〇年近く差し出すらしい……」

 スカーレットは息を呑む。 

「特級魔法使いは、戦争が始まれば高確率で戦争に連れて行かれる。戦争が無くても『精霊』の力を借りる為にいろいろなところに派遣される。けして楽な仕事じゃないし、安全でもない。俺はねスカーレット。反対だ。全てを選ぶのは君だけど、こんなに不利な職業を選ぶ必要は無い。君は頭も良いし、身体もよく動く。きっと他に良い仕事がある。大きなメリットを差し出される時、その裏にはその分の巨大なデメリットがあるという事なんだ……」

 スカーレットは神妙に頷いた。確かに、金銭的複利的なメリットの方に心が持っていかれそうになっていた。

「僕はローガンほど、特級魔法使いに詳しくないんだ。だから、今度情報を集めて来るよ。良い情報も悪い情報も、より多く知っておいた方が良いと思うんだ」

「ありがとうオリバー」  

 私はオリバーに礼を言った。

「いいってことさ。友人が、詐欺に巻き込まれそうな時は全力で守らないとね」

 私はその言葉に、声を出して笑ってしまった。


 寮に帰ってシャワーを浴びる。

「ふぅ」

 あたたかいお湯にあたりながら私はため息をつく。厄介な事になってしまった。なぜ私が特級魔法使いなどに選抜されたんだろうか。 

「私のせい?」

 私が勉強をして魔術を極め、村を出なければきっとこんな事にはならなかったのだ。そうしたらスカーレットは、あの村で細々と生きていけたのだ。国と言う大きな権力に巻き込まれずに。

 私は自分の行動を少しだけ後悔した。

「……でも、これしかなかったんだ」

 『もしも』を考えても仕方のない事だ。スカーレットをあの地獄から救うには、この方法しか無かったのだ。それが、更なる大きな地獄への歩みだったのだとしても。




つづく



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