29
次の日、生徒達がぞろぞろと寮に帰って来た。
「おーい、スカーレット」
顔をあげると見知った顔がこちらに手を振っている。日に焼けたオリバーがにこにこと笑ってスカーレットの元にやって来た。
「おかえりオリバー! 戻って来てたんだね!」
「ただいまスカーレット! さっき、戻って来たばかりなんだ」
彼は右手に抱えたバッグから一つ箱を取り出した。
「これ、お土産」
「え、本当に? ありがとう!」
箱を開けると、中には香水の瓶が入っていた。
「旅先の街でオーダーメイドの香水を作ってくれるお店があってね。お守りにもなるって聞いたから、作って貰ったんだ」
瓶を開けると、甘い花の奥深い匂いがする。
「良い匂い」
「それは良かった。付けると、良いことがあるらしい」
これも魔法の力の入った、マジックアイテムなのかもしれない。
「リヴィアにも買って来たんだけど、まだ帰ってないのかな……?」
貴族は夏を避暑地で過ごす
「リビィア凄く喜ぶと思うよ」
「そうかな?」
「うん!」
オリバーが帰って来てから二時間後、リヴィアとローガンが寮に帰って来た。しかし帰って来てからの二人は大変微妙な空気に包まれていた。
ラウンジで、四人で集まって話しをする。
「それで、どうしたのリヴィア? ローガンも」
リヴィアはむーっとした顔のまま口を開く。
「どうしたもこうしたもありませんわ。私が避暑地に行ったらローガンがいたんです」
ローガンの方を見る。
「いや、俺も母に連れられて行ったからまさかリヴィアがいると思わなかったんだ」
「それで、どうなったんだい?」
オリバーが尋ねる。
「私の両親が、ローガンと私を婚約させようとしていたんです。ちょうど年も近いし、昔からの幼なじみだしという理由で……」
リヴィアは背を丸める。
「貴族に婚約の自由が無いのは知っていますわ。でもローガンは貴族の中でお友達として仲良くできる唯一の子なのに……」
リヴィアは悲しんでいる。両親の勝手な行動に怒り戸惑っていたのだ。
「一応、婚約は保留という事になったよ。リヴィアが夏の間ずっとふさぎ込んじゃってね」
「寝込んでたの……?」
「えぇ、わたくしどうすれば良いかわからなくて、悩んでいたら食事が喉を通らなくなってしまって……」
私はリヴィアの背を撫でた。
「そういう事もあって、あんまり楽しい夏ではなかったわけさ」
「二人ともお疲れさま……」
貴族間のそういう問題って、もうこの年から出て来るものなのか。向かいの席でオリバーも一緒に落ち込んでいた。たぶんオリバーは、リヴィアの事が好きなのだろう。けど、貴族と商人の結婚というのも、また難しいものがあるのだった。
この世は、しがらみだらけである。
それからラウンジで課題をしながら、夏にあった出来事を互いに話した。オリバーは西の外れにある、ルルーの村まで配達に行ったらしい。道中に、初めて風の魔術で荷物を軽くする実験をしたらしい。その結果は見事、一月間完璧に続いたらしい。これもユーリス先生と、学園での勉強の成果である。私は、夏の間にアルバイトをしていた事を話すと、オリバーはとても驚いていた。
「スカーレットがアルバイトするんなら、僕の仕事に誘ったのに!」
との事だった。それも楽しそうなので、来年は着いて行ってみたい。
久しぶりの友人との会話はとても楽しくて、夕飯の後も遅くまでラウンジで話していた。
「おやすみオリバー」
「おやすみスカーレット。良い夢を」
私は彼らと別れてベッドに向かった。凄く楽しくて、気持ちがふわふわしている。うん、やっぱり友達って良いものだ。
部屋に戻ってリヴィアが隣のベッドに横になってこちらを向く。彼女と目が合う。
「スカーレットも避暑地に連れて行けば良かったわ……」
彼女が手を伸ばしたので、その手を取る。白い手はなめらかで、少しも荒れた手をしていない。
「来年は一緒に行きましょうね……」
彼女はそう言って目を閉じた。するりと手が落ちる。しばらくすると寝息が聞こえる。私は起きあがって、ベッドの下に垂れている彼女の腕を持ち上げて、上に乗せた。
「おやすみリヴィア」
彼女はとても疲れた顔をしている。きっと、針のむしろにいるような二月間だったのだろう。かわいそうなリヴィア。彼女が、必ず幸せになりますように。
そして夏の終わりにはお祭りがある。私とオリバーと、ローガン、リヴィアでお祭りに行った。もうこの時期になると、寮の中には沢山の生徒たちの姿が見られた。みんなこの祭りを楽しみにして帰って来たらしい。
「楽しみねスカーレット」
水色のワンピースを着たリヴィアが鏡の前で回る。リヴィアは、遠くからお祭りを見るだけで参加した事は無かったらしい。
「そうだね、すごく楽しみ」
寮の中は同じように祭りにわくわくする生徒たちが準備をしていた。
「行きましょう」
差し出されたリヴィアの手を握って近づいた時に、良い匂いがした。とても落ち着く香り。
「リヴィアいいにおい」
すると、リヴィアがすぐに顔を赤くした。
「オリバーに守護の加護の付いた香水をいただいたんです。彼とっても良い人ね」
リヴィアがほほえむ。
「さ、行きましょう。二人が待ってるわ」
階段を下りて玄関に向かった。
下りると、二人はいつもよりおしゃれな服で待っていた。
「わぁお」
「まぁ、素敵」
「ありがとうございます。二人も、綺麗ですよ」
オリバーが照れながら言ってくれる。
「じゃあ、行こうか」
髪を後ろに撫で付けたローガンが、にこっと笑う。四人は連れだって、夜の祭りに繰り出した。
かわいい見た目のランタンがいたるところに置いてあるので、町は明るい。連なる夜店や出し物を見て歩く。私はこっそり、ローガンの隣に移動してオリバーとリヴィアが会話する状態を作った。お互いに照れながらも、話しているようだ。
「ローガン、あの出し物は何を表してるの?」
「岬にあがった人魚だな」
「え、人魚っているの?」
「どうかな……人魚伝説は英雄譚にもよく出て来るモノだけど……」
この世界においては、居ても不思議では無い気がした。
「ところでスカーレット、はぐれるといけないから手を繋ぐぞ。君は小さいからすぐに見失う」
ローガンが私の手を引いて歩く。うん、これは傍目から見たら妹と仲の良いお兄ちゃんの構図である。オリバーとも、こういう時あったね。
夜店を眺めていて、私は息を飲んだ。
「どうしたんだ」
「りんご飴がある」
私は驚きで震えた。なんと私が前世で大好きだったりんご飴があるではないですか。
「スカーレットは、あれが好きなのか」
ローガンは夜店の前に行ってりんご飴を一つ買って来て私に手渡す。
「はい、どうぞ」
お金を出そうと、バッグを探る。
「代金はいらないよ。エスコートしてる女の子に代金を払わせる男はいないからね」
私は少し悩んだ後に、リンゴ飴を受け取った。
「ありがとう」
ローガンの好意をありがたく、受け取る事にした。
私はりんご飴を食べながら、再び歩き始める。少し離れたところで、リヴィアとオリバーが輪投げをして笑いあっていた。
「さっき、気を使ってくれたんだろ」
「ん?」
「俺とリヴィアが一緒にいたらギスギスするから、別の組み合わせになるようにしてくれたんだろ?」
オリバーとリヴィアを組ませるのが目的だったのだが、確かにローガンとリヴィアの距離を少しだけ離したいのも事実だった。
「しばらくしたら、また元に戻ると思う。それまでは気を使わせるかもしれない……」
ローガンは小さくため息をついた。
「いや、大丈夫。うん」
互いに優しいゆえに溝ができたりするのは悲しい。けれど、二人なら時間が経てばきっと関係を修復できるだろう。
打ちあがる大きな花火を見て、祭りは終わった。四人は人混みの流れのままに寮に帰って、別れた。シャワーを浴びた後にリヴィアがなぜか私のベッドに横になる。
「リヴィアベッド、あっちだよ」
「んん、あれ、どうしてかしら」
むにゃむにゃ言っている彼女は目を閉じていて、頬は赤い。お酒を飲んだらしい。
「リヴィア~」
ほっぺをつつくと、彼女がクスクス笑うが起きあがる気配は無い。
「一緒に寝ましょうすかーれっと?」
わーこれは、大変魅力的なご提案。私は少し考えて、かわいいネグリジェを着た彼女の隣に横になる。
「……おやすみなさいスカーレット」
むにゃむにゃ言って、彼女は寝息をたてはじめた。疲れていたのだろう。けど、祭りから帰った後の彼女はとても楽しそうだったから良しとしとしよう。避暑地から帰ってずっと落ち込んだ状態だったので、心配していたのだ。
「おやすみリヴィア」
私は小さくそう言って、目を閉じた。
次の日、起きると一緒に目を覚ました。もぞもぞ動いて間近で視線を合わせた後に笑い合った。あぁ、友達って良いなぁ。
つづく




