第五十九話 2人の距離感
そして、とうとう。
未来が会社へ復帰する二日前。
夕食を終えた二人は、リビングでそれぞれの時間を過ごしていた。
明日は、未来の引っ越しの日。
未来は少し寂しそうに呟いた。
「明日は引っ越しかぁ……。」
彬はソファに座ったまま、未来を見る。
「未来。」
「このまま、ここに住んでてもいいんだぞ。」
「え……?」
未来は驚いたように顔を上げる。
彬は少し気まずそうに視線を逸らした。
「……。」
「いや。」
「未来が嫌じゃなければ、だけど。」
未来はしばらく黙っていた。
彬と過ごした、この数日。
一緒に買い物をして。
一緒に料理をして。
他愛のない話をして。
時には、くだらないことで笑った。
記憶を失っているはずなのに。
不思議なくらい穏やかで、楽しい時間だった。
だからこそ――。
明日、この家を出ていくことが少し寂しく感じる。
「……私も。」
未来は小さく笑った。
「この数日、すごく楽しかったです。」
彬は何も言わず、未来を見つめる。
「だから……。」
「少し寂しい。」
その言葉に、彬の表情が僅かに緩む。
けれど未来は、ふと視線を落とした。
(でも……。)
(少しだけ、気になることがある。)
怪我をしているからなのか。
彬は一度も寝室に入ってこなかった。
抱きしめられたこともない。
キスされたこともない。
もちろん、嫌だったわけではない。
むしろ――。
自分から求めていいのか分からなくて、
少し戸惑っていた。
(私たちって……。)
(本当に、恋人だったのかな?)
未来はそっと彬を見る。
いつも優しくしてくれる。
困った時にはすぐに助けてくれる。
自分のことを何よりも心配してくれる。
それなのに。
男女としての距離だけが、どこか遠い。
(もしかして……。)
(私たちは、そういう関係じゃなかったのかな。)
(プラトニックな恋人……だったの?)
そう考えると、胸の奥が少しだけざわついた。
なぜだろう。
嫌なわけではない。
むしろ彬が自分を大切にしてくれていることは分かっている。
それなのに――。
少しだけ、寂しい。
未来はそんな自分の気持ちに戸惑いながら、
そっと口を開いた。
「彬。」
「ん?」
「……私たちって。」
「昔から、こんな感じだったの?」
彬の動きが止まる。
「……こんな感じ?」
未来は頬を少し赤くしながら、言葉を探す。
「その……。」
「恋人だったんですよね?」
「ああ。」
「じゃあ……。」
未来は俯いた。
「私たちって、
どんな恋人だったのかなって思って。」
彬はしばらく答えなかった。
その質問の意味を、すぐに理解してしまったから。
「……未来。」
「それは、今聞かなくてもいい。」
「どうして?」
「今の未来には、必要ないから。」
未来は少しだけ寂しそうに笑う。
「……やっぱり。」
「何が?」
「彬って、私に何か隠してる。」
彬の胸が、大きく鼓動を打った。
ここまで、お読み下さりありがとうございます。
女の勘って怖いですね。
何と無く分かってしまいますよね。
距離感。




