第五十四話 君の手料理を
買い物を終えて家へ戻ると、彬は冷蔵庫へ食材をしまい始めた。
「未来は座ってろ。」
「餡だけ一緒に包んでくれれば十分だ。」
未来はダイニングチェアへ腰を下ろす。
「ありがとうございます。」
彬が具材を刻み、餡を作ってテーブルへ運んでくる。
「ほら。」
「ここなら座ったままでできる。」
未来は餃子の皮を手に取り、恐る恐る具を包み始めた。
すると、その手は驚くほど自然に動く。
ひだを寄せ、形を整え、きれいな餃子が次々と並んでいく。
「記憶はなくても、身体は覚えてるんですね……。」
未来は出来上がった餃子を眺めながら、少し不思議そうに笑う。
「社会人になってから、餃子を作るようになったのかな。」
彬はその様子を見て、ふっと笑った。
「だから言っただろ。」
「未来は料理が上手いって。」
未来は照れくさそうに笑う。
「本当だったんですね。」
そんな未来を見つめながら、
彬は複雑そうに目を伏せた。
(真二から、いつも聞いてたよ。)
(美味しいものが大好きで、料理教室にも通っていたこと。)
(一度でいい。)
(未来が作った料理を食べてみたい。)
そんな、叶うはずのない願いだった。
それが今、こんな形で叶うなんて。
彬は笑いながら餃子を包む未来を見つめる。
(……嬉しい。)
そう思うのに。
胸の奥は、どうしようもなく痛かった。
ジュワッ――。
餃子が焼ける音とともに、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がる。
やがて、焼きたての餃子が食卓へ並んだ。
未来は嬉しそうに箸を手に取る。
「いただきます。」
「いただきます。」
一口食べた未来の顔が、ぱっと明るくなる。
「おいしい!」
彬も穏やかに頷いた。
「ああ。」
二人が餃子をつまみながらビールを飲み始めた、
その時だった。
テーブルの上に置いてあった彬のスマートフォンが鳴る。
画面には「健太」の文字。
彬は電話に出た。
「もしもし。」
『彬、今大丈夫か?』
「どうした。」
『さっき話してた未来ちゃんのアパートの件なんだけどさ。』
『知り合いの不動産屋に確認したら、めちゃくちゃ条件のいい物件が見つかった。』
『明日か明後日なら、お前らの時間に合わせて内見できるように取り計らえるけど、どうする?』
彬は未来へ視線を向けた。
「……少し待ってくれ。」
そう言ってスマートフォンを耳から離す。
「未来。」
「健太が、条件のいい物件を見つけてくれたらしい。」
「明日か明後日なら、見に行けるそうだ。」
「どうする?」
未来は箸を置き、少しだけ考える。
「念願が叶ったのに、未来が記憶を失っている」という彬の幸福と苦しさが、とても切ない会です。
真二との思い出のアパートを出るのか出ないのか。
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