第004号報告書:「神性」と「美」の関連性。及び「人性」と「神性」の相違点。
『『『傲慢ここに極まれり。と言ったところでしょうか。』』』
豊穣の主が白く細い指を軽く捻ると、巳弦の放った神殺しの凶弾は空中にて静止し、そのまま地面に転がった。
『『『ふふふふふっ。やはり御蔵主が居なければ人は所詮人。どうです?彼女から私に鞍替えする気になりましたか?』』』
根の様に変形させた手を口に当てられ、巳弦を嘲笑うかの様な細い目は豊穣の主の視線を悟らせず、御蔵主との初めての出会いに似た深さを感じさせた。
「随分とつまらない冗談を。そう言って10人近く喰ったんだろ?」
『『『そんな訳無いじゃないですか。彼らが望んだ事ですよ。
私に救いを求めてくれたのですよ?「助けてくれ」とね。』』』
自身の腹に手を刺した豊穣の主は、自身の臓腑と思しき肉塊を掻き分け、到底腹に収まっていたとは思えない大きさの頭蓋を取り出した。妙な微笑みがドロリと崩れ、肉であったものが鈍い水音を立てて落ちていく。
『『『彼らのお陰で「豊穣」に相応しい力を取り戻したのです。貴方も私の一部に…ふふふふふっ。いえいえ。
私の従順で敬虔なる信徒になっていただきたいのです。友には申し訳を私の方から伝えておきましょう。それとも命運を共にすることを所望します?信徒の願いなら叶えて差し上げますよ。』』』
肉が剥がれ落ちた頭蓋骨を長い舌で妖艶な水音と共に色っぽく舐める豊穣の主は、巳弦を「自身を殺す執行人」ではなく「自身にさらなる飛躍を齎す贄」としか認識していない。
「生憎だが俺はもう神を信じるだなんて惨めな事は無い。すまんな。」
『『『それは残念ですね。自ら望んで信徒になってくれると思ったのですが。同じ香りがしましたから…。』』』
俯いて薄く水の張った地面を見る豊穣の主。伏した目線を徐々に上げていき、割れたバイザーの隙間から巳弦を凝視する。保護用ヘルメットから微かに深度汚染警告のビープ音が鳴り響く。巳弦の脳内は神の直視とビープ音に拘束され、足取りが覚束なくなる。
「随分と長い間経験してなかったな。この不快感を再び感じることなく死んでみたかったというのに。」
豊穣の主は巳弦の小言に気を割く事なくその神躯を震わせる。足を包んでいた根が退けられ、官能的な曲線が顕になる。先まで裂かれていた腹も流線を成し、性器等の汚らわしい器官などなく、純粋に人を模した…いや。人の原形としてこれ程までに無く滑らかで美しい曲線の集合がそこに顕れた。
透き通り、滑らかな水音が身動きの取れない巳弦に迫る。心の臓が2拍を刻めば豊穣の主は1歩迫る。ゆっくりと膝から崩れ、左手でバイザーから露出した顔を覆う巳弦に迫る。迫るたびに伸びる主の髪はやがて水に触れ、湿る。
「神…も…。色仕掛けなんて…するんだ…な…。」
『『『容姿には自信があるんですよ。私を慕った人間は皆私の容姿を讃えたのです。』』』
巳弦の顔を仰がせ、残されたバイザー越しに黒く深い瞳が問いかける。「もう忘れろ」と。
「神は…嫌いだ…。自意識過剰のナルシストばかり…。あいつも一緒…だ…。」
神の誘惑も遮り、名ばかりの救済を祓い除けた巳弦は右脚に手を添える。そしてカチリと鳴らし、タクティカルナイフで豊穣の主の顔に穢れを残す。幾千年も美を保ったその顔に。
「これで…人と変わらんな…。随分と間抜けな…『人』になったぞ…。」
虚無を抱えた目が笑い、睨め付ける。
『『『………。………………………!!!
私が…『人』!
部を弁えよ!!!穢らわしい畜生めが!
お前の様な人間は我が時代に消し去るべきであった!神を直視した上に愚弄するとは!』』』
目は充血し、美しい曲線を成していた身体は崩れ、苔が覆い始める。巳弦に伸ばされていた手は変化し、首を締め付ける首輪と化す。
(俺が死ねば君も死ぬ。全て『御蔵』が消し去るだろう。君の過去の再演だ。覚えているか?)
(((あぁ!勿論覚えている!だから貴様共を一人づつ確実に仕留めようとしたのだ!)))
意識の淵にて巳弦は左目を細めつつ、自身を侵食する豊穣の主を脅す。父を追うように死ぬと分かっていても、最後までそれを否定する。まだ日は昇りきっていないのだ。




