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異世界は超加速シミュレーション  作者: まる助
第8章「方舟」
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076_ファースト・コンタクト>>

画面に文字が浮かんでから、しばらく二人とも動けなかった。


ウォーダはタブレットを手元に引き戻したまま、画面を見ている。俺はその横から覗き込んでいた。


「ようこそ。はじめまして、織田です」


はじめまして、と書いてあった。


俺は平沢の記憶を持っている。平沢が知っている織田の顔。笑い方。大学時代の会話。夜中にカップ麺をすすりながら、「宇宙に行きたい」と言っていた男のこと。その断片は、たしかに俺の中にある。


だが、向こうにとって俺は「はじめまして」なのだ。


「返事しろ。まる助も隣にいると書いてくれ」


俺が言うと、ウォーダは短く頷いた。指先が動く。


「はじめまして。ウォーダだ。まる助も隣にいる」


返信は一分ほどで来た。


「二人ともそこにいるのか。よかった。ゴールドのアラートが点灯してから、連絡を取るべきか考えていた。扉を開いてくれて助かった」


ウォーダが打つ。


「そちらが扉を置いた。俺たちは開けただけだ」


少し間があった。次のメッセージが表示される。


「ウォーダ。お前の言葉の選び方——少し変わったな」


ウォーダが俺を見た。俺は肩をすくめる。ウォーダは視線を画面に戻し、打ち込んだ。


「十年以上、この世界で生きた。当然だろう」


今度は少し長く間が空いた。


「そうだな。お前の言う通りだ」


続けて、次のメッセージが来る。


「声で話してもいいか。テキストだと間が空きすぎる。通話中だけ、そちらの時間速度を地球と同じにする。音声モードが終わったら元に戻す」


俺はウォーダを見た。


(通話中だけ、こちらの一秒が地球の一秒になる)


異様な話だった。世界の時間を、外から書き換える。だが、たしかにその方が早い。


ウォーダが打つ。


「わかった」


タブレット画面に音声通話のアイコンが現れた。ウォーダがそれをタップする。


軽い接続音。


それから——声が聞こえた。


俺は一瞬、何かを飲み込んだ。


その声を、俺は知っていた。平沢の記憶の中に、たしかにある。電話越しの声。深夜のメッセージアプリの向こう側。断片的ではあるが、知っている声だった。


「聞こえるか」


「……聞こえます」


俺が答えた。隣で、ウォーダが動かなくなった。


見なくてもわかる。ウォーダにとってその声は、自分の「原型」の声だ。異様な体験のはずだった。


「よかった」


織田が言った。


「通話中は時間の進み方を地球と合わせている。といっても、そちらの感覚では何も変わらないがな」


ーーー


「伝えなければならないことがある」


「ええ。たぶん、その話だと思います」


俺は答えた。


「この世界が何なのか。超加速シミュレーションだということは——ウォーダから聞きました」


「……ウォーダが話したのか」


「ああ」


隣でウォーダが短く答えた。


「まる助がここに来て間もない頃だ。隠しておく理由がなかった」


少しの沈黙。


「設計者として、申し訳ないという気持ちがある」


「謝罪は要りません。俺はここで生きています。謝られるような生き方はしていない」


「……ありがとう」


「ただ、聞きたいことがあります」


「なんだ」


「停止された世界のことです。停止された世界の住人——彼らと俺たちの違いは、何ですか」


織田はすぐには答えなかった。沈黙が続く。


「……わからない」


俺は思ったより静かに、その言葉を受け取った。


「魔王イベントで崩れた世界があった。勇者が魔王を倒した世界もあった。だが後者も、倒したことで停滞した。外圧を失った文明は、自分の重さで沈んでいった。お前たちはそのどちらでもなかった。魔王を制御し、経済を動かし、科学を加速させ続けた。なぜそうなったのか、俺にも説明し切れない部分がある」


「変数が多すぎる、ということですか」


「そうだ。ただ、他の世界と決定的に違う条件が二つある」


俺は黙って続きを待った。


「一つは、お前たちだ。ウォーダと、まる助。AIを二体、この世界には実装した」


「……もう一つは」


「感恩と帰恩だ。心が動いたかどうか。その動きが、文明の進歩につながったかどうか。その二軸を測る仕組みを、この世界にだけ組み込んだ。他の並行世界には入れていない」


俺は少し黙った。


「……知りませんでした。他の世界にはない仕組みだったとは」


「仕様を明かさなかったのは意図的だ。基準を教えれば、基準のために動くようになる。それでは測れなくなる」


「その二つが大きく影響したことは間違いない。だが、どの程度だったのか——俺にも正確にはわからない」


(俺たちがいなければ。あるいは、感恩と帰恩がなければ)


(停止された世界と、俺たちの世界に違いはなかったのかもしれない)


その考えが、じわりと胸に染みてきた。


「停止された世界の記録は残っているんですか」


「ああ。残っている」


俺はそれ以上聞かなかった。


ウォーダも黙ったままだった。


しばらく、三人のあいだに静かな時間が流れた。今は地球と同じ速さで時間が進んでいる。この沈黙は、三人に等しい長さで届いていた。


やがて、ウォーダが口を開く。


「一つ聞いていいか」


「いい」


「お前は今、俺たちに何を求めている」


「求める、というより——提案がある」


「提案?」


「ああ」


織田の声は静かだった。


「お前たちの世界を——永遠にする方法だ」

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