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038_ラッキーまる助の改革流儀>>

 朝の静けさに包まれたギルドの寮の一室。

 細い光がカーテンの隙間から差し込み、木目の天井に淡く揺れている。


 ベッドの上でゆっくりとまぶたを開ける。体を起こし、重たいまぶたをこすりながら、左手の袖をたくし上げた。


 ――06:12


 腕に巻かれたスマートウォッチのディスプレイが、薄暗い光を放って時刻を示している。けれど、その右上には、バッテリー残量の警告マークがある。残りは、1パーセント。節約しながら使ってきたが、今日か、明日には完全に沈黙するだろう。


「ここまで、よく頑張ってくれた……」


 呟きながら、画面をそっと指でなぞる。心拍数、歩数、睡眠記録。俺という存在を“記録”してくれていたデバイス。この世界に来たその日から、なんとなく心の拠り所だった。


「文明を進めて、充電してやるから。ちょっとだけ、待っててくれ」


 そう話しかけると、画面がふっと揺れたように感じた。



――ベルザに真実を打ち明けたあの日から、一ヶ月が過ぎた。


 オルデス商会の筆頭株主になった今も、俺はギルドの寮に泊まっている。便利だし、ギルドにも顔を出しやすい。それに何より、この部屋の静けさが気に入っている。石造りの壁のおかげで、防音性は抜群だ。


――とはいえ、ここに泊まるのも今日が最後。流石に会長職を引き継いだ後は、そうもいかない。


 明日、ウォーダから会長職を正式に引き継ぐ。


 混乱を避けるため、いきなり発表するのではなく、カインに頼んで、それとなく会長就任の噂を流してもらった。最初は与太話だと笑い飛ばされていたが、少しずつ本当らしさをにじませていくうちに、周囲の反応が変わってきた。マーケティングは平沢の仕事だったが、情報の出し方ひとつで、人の受け止め方は大きく変わるものだ。


 噂が広がり始めた頃、真っ先に反応したのはエリナだった。ぽかんと口を開けたまま固まり、我に返ると「えっ……ほんとに?」と何度も確認してきたのを覚えている。


 その隣で、ニックは「ははっ、冗談きついぜ!」と腹を抱えて笑っていた。だが、翌日にはケロッとした顔で「まあ、お前ならやれんだろ」と肩を叩いてきたのだから、適応力があるというか、切り替えが早いというか……まったくニックらしい。


 あの日、俺はベルザに真実を打ち明けた。自分がどこから来て、何のために動いているのか――その大筋は、包み隠さず話した。


 けれど、すべてを明かしたわけじゃない。ウォーダがパラメータを調整できること――それは、今も伏せたままだ。


 寿命や筋力・敏捷性のような「根本的な能力」が人為的にいじれると知れたら、人は「努力すれば報われる」という感覚を失うかもしれない。「頑張っても、補正されてる奴には敵わない」と感じた瞬間、社会全体の挑戦意欲がしぼんでしまう。だから言わない。それが、この世界に対する礼儀だと、俺は思っている。


 あの日を境に、ベルザの雰囲気が少し変わった。俺の提案に口を挟むことは無くなり、周囲にはこう言い切るようになった。


「実行責任者はまる助。私は、それを全面的にサポートする」


 ――そこまで言うか、と目を丸くしたのを覚えている。だが、それが俺の立場を支える追い風になっているのは、間違いない。



 状況は悪くない。いや、想定以上に上手く回り始めている。


 商会とギルドの協力により、ギルドのBPO、損害保険、投資ファンドの立ち上げを一気に進めている。この三つは、それぞれ独立しても効果があるが、組み合わせることで強い相乗効果を発揮する。


 まず、BPO(業務の外部委託)によって、ギルドの事務負担が大きく減った。受付、報告書処理、契約管理などを外部の専門職に任せたことで、職員はより専門的な業務に集中できる。


 次に、損害保険の導入で、クエスト失敗や負傷といったリスクに備えられるようになった。冒険者は安心して依頼に挑めるし、依頼主も損失リスクが減ることで高額な依頼を出しやすくなる。


 さらに、投資ファンドにより、有望な冒険者に資金や装備を提供できるようになった。初期費用がなかった若手にもチャンスが生まれ、実力ある者が前線に出やすくなる。投資家は成功報酬の一部を配当として受け取り、経済の循環も生まれる。


 BPOで効率を高め、損保で安心を支え、ファンドで成長を後押しする。この三本柱で、ギルドは次の段階へ進化しつつある。



 オルデス商会でも、改善点を洗い出し、手を入れ始めている。


 まず目についたのは、帳簿管理の混乱。支店ごとに記録の形式が違い、仕入れの重複や伝票の紛失が頻発していた。そこで書式と管理方法を統一した。現場に反発もあるが、ミスが減り流れが見えてきたことで、少しずつ受け入れられてきている。


 在庫管理も課題だった。多くの倉庫が担当者の記憶に頼っており、実際の数と合わないことが多かった。今は棚ごとにラベルを付け、三ヶ月ごとの棚卸しの導入を進めている。運用が始まれば、在庫のズレは減るはずだ。


 意外だったのは、職人と商人のあいだにある“見えない壁”。商人は納期や価格ばかりを気にし、職人の技術やこだわりに無関心だった。これでは信頼関係は築けない。そこで試しに「製造現場見学週間」を始め、商人が職人の作業場を訪ねる機会を設けた。初回はぎこちなかったが、回を重ねるうちに、少しずつ理解が深まっていくだろう。


 どれも小さな一歩だが、こうした積み重ねが、やがて大きな変化を生む。それを、この目で確かめたいと思っている。



 俺は改革にあたって、「支えながら見守る型」を貫くつもりだ。

 ――つまり、支配もしないし、放置もしない。自立を“うながす”立場でいたいと思っている。


 俺があれこれ指示するような体制では、人々は受け身になり、考えることをやめてしまう。逆に何も手を貸さなければ、停滞したり迷走したりすることも多い。


 だから、その中間をとる。最初の一歩だけは、少し背中を押す。でも、その先は、自分たちで考え、自分たちで選び取ってもらう。どうしても必要なときだけ、最小限のヒントを出す。


 正直、遠回りかもしれない。けれど、自分たちで考え、切り開いた道でなければ、根づかないし、応用もきかない。


 タイミングを見極めて、少しだけ未来を示す――それでいい。



 あと、ウォーダには少し悪いが、俺の立場は「ウォーダの気まぐれで株を譲られた超ラッキーマン」という感じになっている。


 真相は、研究に専念したいウォーダの前に、性能的に問題のない別のAI――俺が現れただけ……だが、そんな内情を公にするわけにはいかない。


 だから「商会との交渉で粘り強く説明を重ねる俺の姿に感心し、ウォーダが譲渡を決めたらしい」という噂も流した。とはいえ、世間の見方は結局のところ、「気まぐれな変人が、出家でもするノリで株を投げただけ」というあたりに落ち着いた。まあ、それくらい軽いほうが、動きやすくて都合がいい。


 真面目な顔で会議に出ていても、周囲の目はどこか冷ややかだ。「ラッキーまる助がまた何か言ってるぞ」――そんな扱い。だが、それくらいの距離感がちょうどいい。過度に緊張されると動きづらいし、かといって舐められすぎてもやりづらい。微妙な“舐められ尊敬ポジション”――案外これが心地いい。


 そんなわけで、俺の二つ名はいつの間にか「ラッキー」で定着しつつある。ラッキーまる助。ありがたいような、ありがたくないような――なんとも言えない名前だ。


 一方のウォーダはというと――「狂人ウォーダ」から「天才ウォーダ」へ一気に昇格したかと思えば、最終的には「変人ウォーダ」という扱いづらい肩書に落ち着いた。


 どこの馬の骨とも知れない相手に莫大な財産を譲った変人――世間の評価は、どうやらそんなところらしい。まったく、あいつほど肩書の浮き沈みが激しい男も珍しい。もはや肩書き界のジェットコースターだ。


 けれど、当の本人はそんな評判にまるで興味がない。「名前はただの飾り。変わるべきは中身だろう?」――とかなんとか言いながら、今は理論研究に没頭できる日々にご満悦の様子だ。最近では、誰に頼まれたわけでもないのに、ぶつぶつと新しい理論を呟いている。あれはあれで、ずいぶん楽しそうだ。



 明日は会長就任の儀式。噂では、聖女様の祝福を受けるらしい。少し仰々しい気もするが、オダリオン市場国の慣例なら仕方がない。


(……さて、支度するか)


 ここを新たな区切りとして、着実に世界を変えていく。


 見守り、必要なときに少しだけ手を添える――それが、俺の改革流儀だ。

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