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異世界は超加速シミュレーション  作者: まる助
第4章「就任と告白」
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039_会長就任式>>

荘厳な聖歌が、式場いっぱいに響いていた。


私はその音に包まれながら、静かに歩みを進める。


大商会の新会長を迎える就任式。壇上の奥、神前の正面には、聖女である私が立つべき場所が用意されている。天井からは色鮮やかな布飾りが垂れ下がり、広い式場には来賓が幾重にも並んでいた。空気そのものが、今日という日を特別なものに仕立てている。


やがて、人々の視線が一斉にこの場の主役へ集まった。


新会長――まる助。


私も自然にそちらへ目を向け、思わず息を呑む。


(若い……)


想像よりずっと若かった。


けれど、頼りなくは見えない。華やかというより、落ち着いている。場に飲まれていない、という表現の方が近いかもしれない。


私は儀式の衣をまとったまま、静かに壇へ上がる。胸の奥には、普段の儀式とは違う高揚があった。高揚というより、落ち着かなさに近い。聖歌を背に受け、多くの視線を浴びながら進むうち、そのざわつきはむしろ増していく。


その中で、ただ一人。


まる助さんだけが、どこか困惑したような表情を浮かべていた。


(困惑……?)


少し意外だった。


けれど、すぐに別の考えが追い越す。


(でも、気づかれるはずはない……)


本来なら、私はただ祝詞を読み上げ、形式どおりに祝福を与えればいい。


けれど今日の私には、ひとつだけ密かな思惑があった。


彼の感恩と帰恩の色。

それを、この目で確かめること。


私は静かに息を整え、定められた儀式の言葉を告げた。


「この厳かな儀式のもと、あなたの門出を祝福いたします。オルデス商会が末永く栄えますように」


聖歌の旋律に言葉を重ねる。


「今日、ここに立つあなたを讃え、商会に聖なる加護がもたらされるよう祈りを捧げます」


ここまでは、ただの儀礼だ。


けれど、ここから先は違う。


私は高まる鼓動を押さえ込みながら、一歩だけ前へ出た。


「そして今――その未来を託すにふさわしい方であるかどうか、ここで確かめさせていただきましょう」


胸の奥が、ひどく強く打つ。


(来た……)


私は続けた。


「では……聖なる光の記録に照らして、誠実を確かめます。タブレットを神前にお示しください」


古くから伝わる言い回し。

今ではほとんど形だけになった一節。


けれど、今の私にとっては違う。


彼の“色”を確かめるために、ようやく掴んだ唯一の手段だった。


(これで、わかる)


指先がわずかに震える。


私はその震えに気づき、そっと力を込めて押さえた。


本来この一節は、“聖女に見せる”ことを求めるものではない。神前で、誠実を示す形式的な所作にすぎない。聖女がその画面を覗き込むことなど、規定にも想定にもない。


それでも、一瞬でいい。

ほんのわずかな隙さえあればいい。


感恩と帰恩の“色”は見えるはずだった。


まる助さんがタブレットを呼び出す。


私は自然に視線を向ける。

その、刹那だった。


すっと、彼の手が動いた。


ほんのわずかな角度の調整。

気づかれないほど、小さな動き。


けれど、その動きだけで、画面が絶妙に私の視線から外れる。


(……え?)


偶然、ではない。


そう思った。


視線を変える。

すると、また少しだけ角度が変わる。


私が見ようとした瞬間だけ、そこにあるはずの画面が、きれいに腕の陰へ隠れてしまう。


(どうして……)


焦りが胸の内側をかき乱す。


もう一度、今度はいったん別の方向へ目を流してから、隙を突くように視線を戻す。ほんの一瞬、画面の端が見えかける。


だが、次の瞬間には、もう隠されている。


自然すぎる。

滑らかすぎる。

まるで最初から、こちらの視線の動きが分かっているかのように。


(おかしい)


そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。


私の狙いに気づいているの?

それとも、もっと別の理由で?


聖歌と祝福の詞が式場に満ちるなか、動揺しているのは私だけだった。


それでも、私は聖女だ。

役割を忘れるわけにはいかない。


顔を伏せ、呼吸を整え、定められた言葉を口にする。


「今ここに、あなたを正式にオルデス商会の会長として認めましょう」


一礼し、神前に掌を差し伸べる。


「そして、聖なる導きがあらんことを――まる助殿に祝福を授けます」


その言葉を合図に、祭壇の上空に据えられた光輪が淡く輝きを増した。柔らかな金の光が彼の頭上へ降り注ぎ、その姿をしばし聖なる光が包み込む。


式場の空気が、再び整う。

聖歌も高まり、来賓たちはその光景を厳かに見守っている。


私はゆっくりと頭を垂れた。


けれど、心の中では疑問が渦を巻いたままだった。


なぜ彼は、あそこまで自然に私の視線をかわし続けたのか。


偶然では済まされない。


その確信だけが、祝福の余韻の中で、静かに胸へ残っていた。

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