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異世界は超加速シミュレーション  作者: まる助
第3章「再会」
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22/83

022_オルデス商会の風格>>

昼下がりのオルデストは、よく晴れていた。


石造りの建物が並ぶ通りに、馬車の車輪がきしむ音と、人々の活気ある話し声が重なる。市場へ向かう者、荷を運ぶ者、立ち話をする商人。街は今日も、絶えず何かを売り買いしながら動いていた。


その通りを、四人で歩いていく。


先頭はベルザ。

その後ろに俺。

さらにエリナとモラン課長が続く。


エリナは受付業務を兼ねながら、今回の交渉では俺の補佐役として同行している。モラン課長は事務責任者として、実務面の裏づけを担う立場だ。


「商会はこっちの道か……」


口にしながら、俺は周囲の景色を頭に入れていく。


この世界に来て、まだ五日。ギルド周辺の導線はだいぶ把握したが、街全体の地理となると、まだ曖昧な場所も多い。


「オルデス商会は街の中心寄りにあります」


横を歩くエリナが説明する。


「ギルドからだと、歩いて十分くらいです」

「十分ですか。近いですね」

「それだけ、ギルドと商会の関係が深いってことだ」


前を歩きながら、ベルザが口を挟んだ。


たしかに、そのとおりだった。


ギルドは依頼を回し、冒険者を動かす。商会は武具や消耗品を供給し、素材を買い取り、物流を支える。資料を見る限り、両者は表向き別組織でも、実務ではかなり深く結びついている。


歩きながら、俺は昨夜の違和感を思い返していた。


ベルザから渡された資料を読んでいて、妙な空白があった。


(……銀行がない)


金融の項目はある。

貸付もある。

信用取引もある。

資金繰りの話もある。


なのに、「銀行」という単語が一度も出てこない。


最初は見落としかと思った。だが読み返しても、やはりない。金融機能は存在するのに、銀行だけが存在していない。


気になって、昨夜ニックにそれとなく聞いてみた。


「なあニック。この街って、銀行はないのか?」

「銀行?」

ニックはスープをすすりながら眉をひそめた。

「何だそれ」

「金を預けたり、借りたりする場所だよ」

「……なんでわざわざ誰かに預けるんだ?」


逆に不思議そうな顔をされた。


「みんな、タブレットで持ってるだろ」


そこで納得した。


この世界では、異世界タブレットが財布であり、口座であり、認証装置でもある。物理的な貨幣を持ち歩く必要が薄い以上、「預ける場所」としての銀行は発達しなかったのだ。


その代わり、信用の付与や貸付、投資の仲介は商会が担っている。


(商会が銀行の役割も兼ねてる、ってことか)


だとすると、オルデス商会は単なる大商人の集団ではない。流通と金融を一体で握る、かなり中枢に近い存在だ。


そう考えたところで、前を歩くベルザが少し速度を落とした。


「見えてきたぞ」


顔を上げる。


石畳の道の先に、それはあった。


オルデス商会。


一目で分かる。

別格だった。


探索ギルドよりも明らかに大きい。建物というより、都市の中に埋め込まれた権力の塊みたいな佇まいだ。滑らかな石造りの外壁。高い窓。正面の大扉。その上には、商会の紋章が掲げられている。


天秤を模した意匠。

片方には金塊。

もう片方には巻物。


商業と知識。

利益と記録。

そんなものを同時に扱う組織だと、一目で伝わってくる紋章だった。


「……格が違うな」


思わず、口から漏れた。


建物が大きいだけではない。玄関前を出入りする商会員たちの服装も、所作も、明らかに洗練されている。ギルドのような荒々しさはない。代わりに、隙のない秩序と、表面の柔らかさの奥にある緊張感があった。


「オルデス商会は、ただの商人の集まりじゃない」


ベルザが足を止めずに言う。


「彼らは、この市場国の経済そのものを動かしている。ギルドが個々の冒険者を支える組織なら、商会は国全体の血流を回している組織だ」

「……なるほど」

「だからこそ、手を組めば大きい」


そこでベルザは一度だけ振り返った。


「だが、交渉を外せば、協力は一切得られない可能性もある」

「プレッシャーをかけますね」

「現実を言っているだけだ」


短い返答だった。


だが、その言葉は重かった。


相手はギルドとは違う。

合理性だけでは動かないかもしれない。むしろ、合理性の定義そのものが違う可能性がある。


俺は一つ、深呼吸した。


「……分かってます」


ベルザはそれ以上何も言わず、堂々とした足取りで入口へ向かう。


その背を追いながら、俺は頭の中で論点を整理した。


ギルド側の課題。

BPOの必要性。

商会側の利得。

人材供給の見込み。

信用。

費用。

責任分界。


理屈は組んできた。

だが、ここでは理屈の出し方まで問われる。


大扉をくぐる。


中は広いホールになっていた。天井は高く、床は磨き上げられた大理石。足音が静かに返ってくる。奥の受付には数名の事務員が並び、無駄のない手つきで書類を捌いていた。


ギルドの実務が「回している」感じだとすれば、ここの実務は「制御している」感じだった。


ベルザが先に進み、受付で用件を告げる。


応対は丁寧で、待たされることもない。事前に話が通っているのが分かる。こちらが案内されたのは、奥の応接室だった。


扉が開く。


中にはすでに、オルデス商会の幹部らしき人物が数名、席についていた。


豪奢だが下品ではない調度。

整えられた机上。

きれいに揃えられた書類。

応接室そのものが、「ここでは雑な仕事は通らない」と言っているようだった。


幹部たちは威圧的な態度こそ見せなかったが、柔らかな笑みの下で、こちらの値踏みは終えている。そんな空気があった。


俺は持参した書類をテーブルに置く。


エリナとモラン課長が横に控える。

ベルザは少し後ろで腕を組み、黙って成り行きを見ている。


ここから先は、俺が口火を切る番だった。


「さて、早速ですが――」


静かな応接室に、自分の声が思ったよりはっきり響いた。


こうして、商会との交渉の幕が上がった。

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