022_オルデス商会の風格>>
オルデストの街。昼下がり。
石造りの建物が並ぶ通りに、馬車の車輪が軋む音と、人々の活気に満ちた声が響いている。
ベルザを先頭に、四人がギルドの正門を出て、商会へと続く石畳の道を歩いている。
ベルザはオルデス商会とアポイントを取り、交渉の場を整えた。まる助が商会にどこまで食い込めるのか――ベルザは、その手腕を見極めるのが楽しみだった。
ベルザの後ろには、まる助、エリナ、モラン課長の三人が続く。エリナはギルドの受付業務を兼任しながら、今回、まる助の補佐を務める。モラン課長は事務の責任者として、交渉の実務面のサポートを担う。
四人はそれぞれの役割を胸に、オルデス商会へと足を運んでいた。
「商会はこっちの道か……」
この世界に来てまだ五日。まる助は、ギルド周辺の地理はそれなりに把握したが、掴みきれていない。
「オルデス商会は、街の中心に近い場所にあるんです。ギルドから歩いて10分ぐらいです」
エリナが説明してくれる。
「徒歩10分。近いですね」
「それだけ、ギルドと商会は関係が深いってことだ」
ベルザが振り返りながら口を挟む。
確かに、ギルドと商会の結びつきは強い。資料によれば、冒険者に必要な武器や道具の供給、素材の買い取り、さらには物流や金融の面でも、商会はギルドにとって欠かせない存在だった。
商会への道を進みながら、まる助は昨日のことを思い返していた。ベルザから渡された資料を読んだときの違和感――
(……ん? 銀行がない……)
金融について詳しく書かれているのに、「銀行」という言葉が一切でてこない。貸付や信用取引は商会が担っているようだが、それなら銀行の役割はどうなっている?
(まさか、存在しない……?)
夕食に誘った獣人ニックに、それとなく尋ねてみた。
「なあニック、この街には銀行ってないのか?」
「銀行? なんだそれ?」
「金を預けたり、借りたりするところだよ」
ニックはスープをすすりながら、怪訝そうな顔をする。
「なんでわざわざ誰かに預けるんだ? みんなタブレットで管理してるだろ?」
「……確かに」
納得した。この世界では、異世界タブレットによって、お金を安全に保管できる。物理的なお金ではないため、盗難のリスクがなく、そもそも預ける必要がなかったのだ。
その代わり、商会が信用取引や貸付を担い、経済の基盤を支えていた。特にオルデス商会は、物流と金融の両面から市場国の経済を牛耳る存在らしい。
「商会が銀行の役割を担っている……」
まる助は資料の内容を思い返しながら、呟いた。
ギルドを出発しておよそ十分。石畳の道を進むと、目の前にそれが現れた。
オルデス商会――オダリオン市場国最大の商業組織。その本拠地は、一目で「別格」とわかる建物だった。
まず、その規模。探索ギルドよりも遥かに大きく、そびえるように立っている。外壁は滑らかな石造りで、重厚な雰囲気。扉の上には商会の紋章――天秤を模したシンボルが彫り込まれている。天秤の片方には金塊、もう片方には巻物が描かれており、「商業」と「知識」の両輪で成り立つ組織であることを象徴しているようだ。
「格が違う……」
まる助は思わず呟く。
内部を見るまでもなく、これだけの建物を維持できる時点で、オルデス商会の圧倒的な経済力がうかがえる。玄関前には、上質な服を身にまとった商会員たちが出入りしている。冒険者のような荒々しい者は見当たらず、洗練された空気が漂っていた。
「オルデス商会は、単なる商人の集まりではない」
ベルザが足を止め、まる助に言う。
「彼らはオダリオン市場国全体の経済を動かしている。ギルドが個々の冒険者を支える組織なら、商会は市場国そのものを支えていると言ってもいい」
「なるほど……経済を担っているんですね」
「そうだ。だからこそ、ギルドが商会と手を組めば、大きな改革が可能になる。しかし――」
ベルザは言葉を切り、まる助をじっと見た。
「交渉をミスれば、協力を一切得られない可能性もある」
「……プレッシャーかけますね」
「現実を言ってるだけだ」
そう言って、ベルザは堂々とした足取りで商会の入口へ向かう。まる助は深呼吸し、彼女の後に続いた。
扉をくぐると、広々としたホールが広がる。天井は高く、磨き上げられた大理石の床が訪れる者を迎える。奥には受付カウンターがあり、数名の事務員が業務をこなしていた。ベルザが先に進み、受付を済ませる。
案内された応接室には、オルデス商会の幹部クラスらしき人物が数名、すでに待っていた。
室内に足を踏み入れた瞬間、その格の違いにまる助は息をのむ。
豪奢な調度品、洗練された内装、整然と並ぶ書類――ギルドの質素な会議室とは別次元の空間だった。ここには、経済の中枢を担う者たちの風格がある。しかし、幹部たちは威圧的な態度を見せることなく、穏やかな笑みをたたえながら迎え入れた。
まる助は、持参した書類をテーブルに広げながら、口火を切る。
「さて、早速ですが……」
エリナとモラン課長は横に控え、サポートに回る。ベルザは腕を組んで、目を閉じている。
――こうして交渉の幕が上がった。




