表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/51

012_昼下がりのギルド>>

 昼下がりのギルドは、午前の慌ただしさが引き、ひとときの穏やかさを取り戻していた。


 昨日の食事を思い返しながら受付カウンターへ向かうと、エリナが何かを書き込んでいるのが見えた。俺に気づくと、彼女はペンを置いて柔らかな笑みを浮かべる。


「こんにちは。昨日はとても楽しかったです」


 その気さくな口調は、すでに俺をギルドの仲間として受け入れてくれているようだった。昨日の食事の様子からしても、もう少し踏み込んだ話をしても大丈夫かもしれない。


「実はちょっと相談があるんだ。今度は俺がおごるから、ビジネスの話を聞いてもらえないかな?」


 そう提案すると、エリナの瞳がぱっと輝いた。


「わあ、いいですね! 今晩でも大丈夫ですよ」


 快く応じてくれた彼女に、こちらも思わず笑みがこぼれる。今夜もまた、二人でゆっくり話ができそうだ。


 ふと思い出したように、エリナが続ける。


「そうそう、寮の申請、無事に通りました。毎月月初の前払いで3万円です。更新は月ごとですけど、ギルドが希望すれば一週間以内の退去が必要になるみたいで……その場合は、日割りで返金されるそうです」


 一息ついてから、彼女はさらに付け加えた。


「だから、家具とかは持ち込まないほうがいいかもしれませんね」


「了解。荷物は最低限にするよ。ありがとう、エリナさん」


 これで当面の活動拠点は確保できた。心のどこかがほっと緩む。


 そのとき、力強い足音が近づいてきた。振り返ると、砂や泥で汚れた獣人のニックが近づいてくる。遺跡探索から戻ったばかりなのか、疲れの色をにじませつつも、その表情は満足げだった。


「よう、まる助。戻ってたのか。さっそく報告書を頼めるか?」


「もちろん」


 頷いて席に着くと、ニックが笑いながら声をかけてきた。


「お前の報告書、ギルドの職員が感心してたぞ。無駄がなくて要点が一目でわかるってな」


「それは嬉しいな」


「冒険者の間でも評判だ。おかげで他の連中からも『あの書き手を紹介してくれ』って、すでに5件も依頼が来てる」


 そう言って、ニックは書類の束を俺の前に置いた。ざっと目を通すと、遺跡調査の報告など、昨日と同じような内容だ。


「問題ない。できるだけ早く仕上げるよ」


「助かるぜ! ギルド長に顔を出してくるから、終わったらエリナに渡しといてくれ」


 足早に去っていくニックの背中を見送ったあと、俺はすぐに作業に取りかかった。ペンを走らせ、書類をめくりながら報告書を仕上げていく。もはや慣れた仕事だった。


 気づけば5件の報告書が完成し、俺はそれらをまとめてエリナのもとへ向かった。


「エリナさん、これ、ニックから頼まれた報告書です」


「ありがとうございます。確認しますね」


 彼女は手際よく書類に目を通し、小さく頷く。


 ほっと息をついたその瞬間、ギルド内に業務終了を告げる鐘の音が響いた。


 カウンターの片付けをしながら、エリナが明るい笑顔を見せる。


「じゃあ、行きましょうか」


「はい。頭を使いすぎて、お腹がペコペコです」


 二人でギルドを出ると、街には夕暮れの優しい色が広がっていた。


 ――そして


 食堂のランタンの光が、木製のテーブルとエリナの横顔を柔らかく照らしている。店内には落ち着いた客の静かな談笑が広がっていた。


 エリナは安らぎと期待が混じった表情で、俺を見つめている。オフの時間のせいだろうか、ギルドで見る“仕事人”の雰囲気とは違い、柔らかな空気をまとっていた。


「今日もお疲れさまでした」


 その穏やかな声に応えるように、俺も微笑んでカップを手にした。


「まる助さんとの夕食、これで二夜連続ですね」


「ですね。今日もエリナさんと食事ができるとは思わなかったよ」


「ふふっ、なんだか不思議ですね」


 彼女が楽しそうに言うので、俺もそれに合わせて微笑んだ。


「ビジネスの相談も含めて、いろいろ意見を聞かせてほしい」


 俺の言葉に、エリナは一瞬驚いたような表情を見せ、すぐに穏やかな笑みを浮かべてカップを掲げる。


「ふふっ、楽しみにしています」


 二人のカップが軽く触れ合い、澄んだ音が響いた。その音色は、この異世界での物語の始まりを祝福しているようだった。


 拠点を確保し、人との縁を広げながら、俺の異世界での暮らしは着実に前に進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ