012_昼下がりのギルド>>
昼下がりのギルドは、午前の慌ただしさが引き、ひとときの穏やかさを取り戻していた。
昨日の食事を思い返しながら受付カウンターへ向かうと、エリナが何かを書き込んでいるのが見えた。俺に気づくと、彼女はペンを置いて柔らかな笑みを浮かべる。
「こんにちは。昨日はとても楽しかったです」
その気さくな口調は、すでに俺をギルドの仲間として受け入れてくれているようだった。昨日の食事の様子からしても、もう少し踏み込んだ話をしても大丈夫かもしれない。
「実はちょっと相談があるんだ。今度は俺がおごるから、ビジネスの話を聞いてもらえないかな?」
そう提案すると、エリナの瞳がぱっと輝いた。
「わあ、いいですね! 今晩でも大丈夫ですよ」
快く応じてくれた彼女に、こちらも思わず笑みがこぼれる。今夜もまた、二人でゆっくり話ができそうだ。
ふと思い出したように、エリナが続ける。
「そうそう、寮の申請、無事に通りました。毎月月初の前払いで3万円です。更新は月ごとですけど、ギルドが希望すれば一週間以内の退去が必要になるみたいで……その場合は、日割りで返金されるそうです」
一息ついてから、彼女はさらに付け加えた。
「だから、家具とかは持ち込まないほうがいいかもしれませんね」
「了解。荷物は最低限にするよ。ありがとう、エリナさん」
これで当面の活動拠点は確保できた。心のどこかがほっと緩む。
そのとき、力強い足音が近づいてきた。振り返ると、砂や泥で汚れた獣人のニックが近づいてくる。遺跡探索から戻ったばかりなのか、疲れの色をにじませつつも、その表情は満足げだった。
「よう、まる助。戻ってたのか。さっそく報告書を頼めるか?」
「もちろん」
頷いて席に着くと、ニックが笑いながら声をかけてきた。
「お前の報告書、ギルドの職員が感心してたぞ。無駄がなくて要点が一目でわかるってな」
「それは嬉しいな」
「冒険者の間でも評判だ。おかげで他の連中からも『あの書き手を紹介してくれ』って、すでに5件も依頼が来てる」
そう言って、ニックは書類の束を俺の前に置いた。ざっと目を通すと、遺跡調査の報告など、昨日と同じような内容だ。
「問題ない。できるだけ早く仕上げるよ」
「助かるぜ! ギルド長に顔を出してくるから、終わったらエリナに渡しといてくれ」
足早に去っていくニックの背中を見送ったあと、俺はすぐに作業に取りかかった。ペンを走らせ、書類をめくりながら報告書を仕上げていく。もはや慣れた仕事だった。
気づけば5件の報告書が完成し、俺はそれらをまとめてエリナのもとへ向かった。
「エリナさん、これ、ニックから頼まれた報告書です」
「ありがとうございます。確認しますね」
彼女は手際よく書類に目を通し、小さく頷く。
ほっと息をついたその瞬間、ギルド内に業務終了を告げる鐘の音が響いた。
カウンターの片付けをしながら、エリナが明るい笑顔を見せる。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい。頭を使いすぎて、お腹がペコペコです」
二人でギルドを出ると、街には夕暮れの優しい色が広がっていた。
――そして
食堂のランタンの光が、木製のテーブルとエリナの横顔を柔らかく照らしている。店内には落ち着いた客の静かな談笑が広がっていた。
エリナは安らぎと期待が混じった表情で、俺を見つめている。オフの時間のせいだろうか、ギルドで見る“仕事人”の雰囲気とは違い、柔らかな空気をまとっていた。
「今日もお疲れさまでした」
その穏やかな声に応えるように、俺も微笑んでカップを手にした。
「まる助さんとの夕食、これで二夜連続ですね」
「ですね。今日もエリナさんと食事ができるとは思わなかったよ」
「ふふっ、なんだか不思議ですね」
彼女が楽しそうに言うので、俺もそれに合わせて微笑んだ。
「ビジネスの相談も含めて、いろいろ意見を聞かせてほしい」
俺の言葉に、エリナは一瞬驚いたような表情を見せ、すぐに穏やかな笑みを浮かべてカップを掲げる。
「ふふっ、楽しみにしています」
二人のカップが軽く触れ合い、澄んだ音が響いた。その音色は、この異世界での物語の始まりを祝福しているようだった。
拠点を確保し、人との縁を広げながら、俺の異世界での暮らしは着実に前に進んでいた。