3-3.なるようにしかなりませんし
ところで。エリアムの礼儀というのは、もちろん日本とはだいぶ違う。
日本だと手を下ろしてお辞儀をするのが普通だろうが、なんとエリアムでは、仏教式みたいに合掌した上で軽いお辞儀をするのが通常のマナー。
さらに最敬礼に当たるものになると、最初に合掌した手を手首のところで折ってお辞儀をさせて、それから本体がお辞儀をするのが作法だそうだ。そして、あまり角度をつけて身体を曲げるのはマナー違反。
これが意外と難しく、昨日まで練習として軽いお辞儀しかしない訓練をしていた。なにしろ、今日はお出迎えに俺自身が出なければならないからだ。
そんなわけで。
「いらっしゃいませ! ようこそお越しくださいました!」
と、声を張り上げてエリアム式のお辞儀をするマシーンと化したのが、いまの俺だ。
開始時刻までもう少しだというのもあるが、本当にひっきりなしにやってくる。俺以外には、ノーラン家の「じいや」さんと、その他見目麗しい使用人数名がこの挨拶担当としてここに立っていた。これは重要な役回りらしく、使用人頭である俺はどうしてもやらざるを得ないらしい。
さておき。
(まだ領主の家が来てないんだけど、本当に来るのか?)
事前には来ると連絡をもらっている。さすがにすっぽかされない……と、信じたいのだが。
そんなことを考えていると、
「む、ソーヤ・シュンペーか」
「あ、ラザメフ査察官」
「いまは査察官ではないぞ。内部で配置換えがあってな。いまは俺も、ただの神官の一人よ」
ラザメフ査察官……もとい、ラザメフ神官は言って、にやりと骨太な笑みを見せた。
「賑わっているようではないか」
「おかげさまです」
「俺の働きではないぞ? たしかにまわりにナカバヤシの発明について大いに喧伝したがな。だがそれで人を集められた根源の力は、あくまでナカバヤシの発明品が持つ力だ」
「あ、あはは……恐縮です」
俺が言うと、ラザメフは声を潜めた。
「が、その分、厄介なものまで呼んでしまったようだがな」
「え? どういうことです?」
「パナル・カルマナルカ」
ラザメフはその名を、忌まわしい呪文のように唱えた。
「知っているか?」
「えっと、領主さんが呼んだ学者ですよね?」
「そうだ。領主め、厄介なものを呼びよって」
「え、そのひとやばいんですか?」
俺が聞くと、ラザメフはかぶりを振った。
「人がまずいのではないのだ。貴族が、学者を連れてきた。これがあまりよろしくない。加えてこの学者、権力者だ」
「そうなんですか?」
「エハイトンでは相当評判らしい。その分、稼いでいて豪遊もしているし、いつも取り巻きを連れて肩で風を切って歩いているそうだ。
まあ、それはこの際、よいとしよう。問題なのはそんな大物をわざわざウィラッド家がぶつけてきたことだ。学者先生はウィラッド家に借りがあるから仕方なく来たとして、領主の狙いはなんだ?」
「え? ええっと……」
「……ふむ。ま、これは余分な物言いであったか」
とまどう俺の様子を見て、ラザメフは苦笑した。
「なに、つまり神殿と領主には微妙な因縁があるという話だ。あまり気にしなくてよい。
ただ、ナカバヤシを評判にしたのが俺であるというのも事実。変な駆け引きをして、その種の諍いに巻き込まれないようにな?」
「か、考えておきます……」
「うむ、よし。
っと、領主殿のおなりか。俺はさっさと奥へ引っ込むとしよう。ではな」
言って、ラザメフはその場を足早に去っていった。
そしてラザメフの言う通り。ひときわ豪華な馬車から、領主とおぼしき男と、その横に付き従う紳士が降りてきたところだった。
(あれかな……件の学者は)
「いらっしゃいませ! ようこそお越しくださいました!」
俺の言葉に領主は軽くうなずき、そして供を連れて中へと入っていった。
うーむ……絶妙に不安になることを言われてしまった。
(後で、人が引いたら中林に忠告に行こう)
俺はそう考えながら、しばらくは来客対応に集中することにした。
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が、そのタイムラグがよくなかったのか。
「ひ、人が多すぎる……!」
訪問者が一区切りしたので他の使用人に任せて中に引っ込んだはいいものの、中は信じられないほどごった返している。
それでもなんとか苦労してパーティ会場に入ったところ、
「これは太陽の国では当たり前の技術なのかね?」
「はい。学校に行けば誰でも身につけられる知識です」
「さっきの大きな模型、あれ実際に作れるの?」
「大型化にはまだ課題あり、です。やっぱり重い物を動かすのは難しいので」
「ねえねえねえ! あの壁に展示してあった瓶、あのびりっとするのがこの足こぎ車を動かせば出てくるの?」
「そうですよ。同じものが出てきます」
と、質問攻めに遭っている中林がいた。
あまりに人間の密度が高いので、近くにいるキリィが中林に近づけずにおろおろしているのが見える。
困ったな、これじゃ俺も近づけないぞ……と思っていると。
「し、死ぬかと思いましたわ……」
「? エアじゃん。どうしたんだ?」
「ソーヤ・シュンペー! やってくれやがりましたわね、なんですのあの邪悪なバチは!」
「…………」
こいつもナイエリの同類か。
「え、ライデン瓶、実は不評?」
「大好評でしたわよー! だから油断したんですのよ!」
「あー、はめられたのか」
「くっ、知り合いの貴族の子供たちが楽しそうに勧めてくるからやってみたら、バチって言ったんですのよ指が! なんですのあれはけしからんですわ!」
エアが地団駄を踏む。どうやら、子供に罠にかけられてめっちゃ悔しかったらしい。
というか、たしかに子供はああいうの好きそうだよな……いたずらにはうってつけだし。
「それはともかく、中林を探してるんだけど。いまどこにいる?」
「なにかあったんですの?」
「実は……」
と、俺はいきさつを語って聞かせた。
「って話なんだけど、どう思う?」
「まあ、ありそうな話ですわね」
「というと?」
「神殿と領主、仲があまりよろしくないんですわよ」
エアは言った。
「キンバリアだけの問題ではなくて、エリアムどこでもそうですわ。中途半端に行政権を折半しているせいで、常に緊張がありますの。
ですから、領主は神殿の悪口を言い、神殿は領主の悪口を言う。それはエリアムあるあるですのよ。あまり振り回されない方が賢いやり方ではなくて?」
「まあ、そうかもな」
ラザメフからすれば、単純に自分が見つけた発明者を領主側に取られるのが気に入らなかっただけかもしれないし。
「とはいえ、例の学者先生と話すまでまだ間があるだろうし、一応忠告しておこうかと思ったんだけど……」
「まあ、無理ですわね。ほら、キリアニムが動きましたわよ」
「あ、ホントだ」
見ると、ようやく人垣の中心に到達したキリィが、中林を連れ出して領主たちのところに連れて行くところだった。
「まあ、こうなったらなるようにしかなりませんし、いったんは放っておくしかないんじゃありませんの?」
「そうだな」
俺はうなずいて、自分の仕事に戻ることにした。
……一抹の不安を、心に抱えてはいたのだが。




