3-2.たいしたじいさんだよ
「じゃあ瓶の交換、急いで頼むぞ」
「あいさー!」
叫んで、リシラは勢いよく厨房へと走って行った。
「ふう……」
「お疲れですかな、ソーヤ殿」
「どうも、じいさん。といっても、今日が本番だからな。まだ疲れたとかは言ってられないよ」
声をかけてきたシオに、俺は答えた。
「大きいトラブルではなかったようじゃのう」
「うん。展示に使う瓶を、輸送中にいくつか割っちゃったって話で。だけど余りの瓶さえあれば作り直せるって言うから、許可を与えて厨房から貸し出すことにしたんだ」
さっきエアと話していたときにあった、あの大きな音の正体はこれだった。
被害がライデン瓶三個でよかった……エントランスに据え付ける予定の、でっかい鉄道模型が破損していたらちょっと大事だったが、そちらは無傷。
この程度のトラブルはしょっちゅうである。俺も、この二週間で慣れた。
「それで、そっちはなんの用事? まさか別方面でトラブル?」
「いやいや、こちらは順調じゃ。任された範囲では問題は起こっておらんのでな」
「じゃあ、いったい……?」
「なに、今後の話をしたいと思ったのじゃよ」
「今後の話……?」
俺が言うと、シオはうなずいた。
「ここのところ忙しくて、終わったあとのことを考える余裕がなかったじゃろう?」
「まあ、そうだけど……パーティ終わった後じゃダメなのか?」
「わしがここで働くのはパーティまでの臨時雇いという約束じゃ。となれば、この時点で話しておいた方が効率的じゃろ?」
「それはまあ、たしかに」
シオの雇用条件はパーティ終了までの期間限定。それは、シオから提示された絶対条件だった。
可能なら元鞘で戻ってもらうのがよいかと思ったのだが、固辞されてしまった。が、それはそれとして、忙しく飛び回る俺がすべてを管理するのは不可能だということで、今回だけという条件で手伝ってもらっているのだ。
特に、金の管理がね……俺以外誰もできないとなると、かなり厳しい。金庫を任せられるほどに信用できる人間が、絶対に必要だ。
「金の計算をしていて気づいたのじゃが、ソーヤ殿、おぬしの報酬はどうなっておる?」
「報酬?」
「ソーヤ殿がナイエリに給金を支払っておるのは把握しておる。が、その割におぬし自身への報酬額が、どこにも記載がないからのう」
「ああ、それはたしかに……」
効率を考えて、いままでは俺自身の財布とバルチミ家の財布をあえて分けないでおいたのだが。考えてみれば、俺自身への報酬というのがなければならない。
とはいえ、
「それを支払うとバルチミ家にはさらに借金がかさむんだけど。どうにかならない?」
「まあ、そこは帳簿上、ソーヤ殿への未払い給金の扱いをするのがよかろうよ」
「あー、なるほど。俺への借金って扱いにするのか」
それなら、催促が来る心配もない。ほとんど問題なく処理できそうである。
「なるほど、参考になったよ。ありがとう、じいさん」
「うむ。他に伝えるべきことは……あれじゃな。ほとんど売り払ってしまったバルチミ家の家財じゃが、実はひとつだけ価値あるものが残っておるでな。それも伝えておかねばならぬ」
「価値あるもの?」
「うむ。エハイトンの邸宅じゃ」
シオは言った。
「王都エハイトンの第一街区にある、まぎれもなく一等地の邸宅じゃな。管理人は年一回の給金払いなので、今回は幸いにも未払いが発生しておらん」
「よくそんなのが残ってたな……」
「なにしろ、キンバリアでは換金できんからのう。エハイトンまで行って現地の商人と交渉せんと売り払えん。それが幸いしてな。キリアニム様も、簡単には手放せなかったのじゃ」
シオの言葉に、俺は納得した。
たしかに、電話などで遠くから指示できる日本と違って、エリアムで遠方の土地の売買は大変だろう。
「でも、なんでエハイトンに邸宅を?」
「元々、貴族は一年に一回、エハイトンに行く習慣があるのじゃ。
夏か、冬か。領民との面会の後に、王や各地の貴族と会って情報を得るために行くのじゃが……そこで、滞在の際に邸宅を持っていることは名誉でな。先代が必死で金を工面して、ようやく手に入れたのじゃよ」
「なるほど。しかし……」
俺は、ため息をついた。
「それの維持費もかかるってことだよな。あと、管理人への給金も」
「うむ。まあそうなのじゃが……あれは、おそらく維持しておいた方がよい。エハイトンでの情報収集がうまく行くなら、秋はこんなパーティを無理して開く必要もなくなるかもしれんからの」
シオの言葉に、俺はうなずいた。
たしかに、売り払うべきでない投資というのもある。しばらく借金に頼るとしても、持っておいた方が後々に響くわけだ。
ただ、そうすると、エハイトンへの旅行もおいおい手配しないといけないわけだが……それに、管理人への年俸も、工面しないといけない。おそらくは、毎年エハイトンへ行った際に支払っていたのだろうし。
「ともかく、有益な情報ありがとうよ」
「ほっほ。ろくな働きもできておらんがのう。
バルチミ家の未来は、ソーヤ殿にかかっておる。よろしくおねがいしますぞ」
「まあ、なんとかがんばるよ」
俺の言葉に、シオはうなずいて、ゆっくりと去って行った。
……あえて、指摘するのは無粋だと思って、黙っていたが。
(おそらく、今後もシオは、バルチミ家のために動くつもりなんだろうな)
譜代の使用人というのは、そういうものなのだろう。いままで人生をずっとバルチミ家に捧げてきて、いまさらそれが変えられるはずもなし。
俺の予想が正しければ、シオは意図的に、使用人たちに自分の悪評を流している。
二週間前に相談に行ったときは「バルチミ家の負債をうやむやにしようとしたことがバレてしまった」と言っていたが、そもそもそんなもの、バレるわけがないのである。自分から明かさなければ。
おそらく、新しい使用人頭である俺が「負債を返すと約束した」という情報を『可能な限り美しく飾る』ために、あえてシオは泥を被ったのだ。
単に俺が約束しただけなら、注目は俺の方に向く。そうすると、いますぐ返せと元使用人が押しかけてきたり、あるいは信用されなかったりして、いろいろとトラブルが起こる可能性もあっただろう。
だが、そこに「シオがごまかそうとした負債を俺はごまかさなかった」という情報が追加されたら、印象はがらりと変わる。というか、シオの方が責められて、結果として俺への負荷は激減するだろう。
使用人への復帰を期間限定としたのも、おそらくは新しい使用人頭である俺の邪魔にならないため。古い使用人頭であるシオがいて、その孫であるナイエリがいると、いまはよくても、再び使用人が増えた際に俺とシオの間で派閥争いが起きかねないと踏んだのだろう。
すべてはバルチミ家のため。それが、あのじいさんの身の振り方だった。
(本当は復帰したいだろうに、そこまできっちり考えて、バルチミ家にとって最善の選択をしている。本当に……たいしたじいさんだよ、あんたは)
俺も、年食ったらあんな風にかっこよくなれるもんかね……と思っていたら、
「ひ、ひどい目にあったのだ……」
「ナイエリ? どうした?」
「ソーヤ! あ、あの邪悪な瓶はなんなのだ!? り、リシラの奴に言われた通りに瓶の端を触ったら、ばちーんって! ばちーん!」
「…………」
孫はこんなんだけどな。ていうか、なんだよ邪悪な瓶って。
「この忙しいときに遊んでたのかよ、おまえ」
「あ、遊んでない! あたしは試してみるかって言われて試しただけで――」
「はいはい、仕事に戻るぞ」
「あ、こらしっぽ引っ張るな! 離せー!」
ずりずりと持ち場までナイエリを引きずっていきつつ、俺はため息をついた。
まだまだ準備は長い。物思いにふけるのは、今日が終わってからだ。




