1-3.かかったなあほめ
「パーティ? ああ、なるほど。それは確かに必要じゃろうな」
シオ・ボナペド。
ナイエリの祖父であり、かつてバルチミ家の使用人であったそのじいさんは、笑顔で俺たちを出迎えてくれた。
最初に会ったときにはいろいろあったが、ここ数週間でだいぶ打ち解けることができたようだ。おかげで最近はいくつか相談に乗ってもらっている。
「しかし、今回わしはあまり期待に応えられんぞ?」
「え? なんでなのだ?」
ナイエリはハテナ顔。
「いや、ほれ。前にあったじゃろう。わしがいろいろ画策して、バルチミ家の負債をうやむやにしようとした案件。あれが使用人筋にバレてしまってのう」
「…………」
「おかげで、いまのわしは使用人たちのコミュニティからハブられておる。必要最低限の連絡はできるが、有志を募って一時的に戻ってもらう、とかはまず無理じゃな」
「マジかー……」
俺はうめいた。一番期待していた人材確保手段が、ここで潰えてしまった。
「まあ、わし自身がヘルプに入ることはできるが、それだと人手が一人増えるだけじゃ。それと、新しい使用人を雇うのも、しばらくは無理じゃな」
「え、そっちはなんで?」
「なにぶん、バルチミ家の新しい使用人頭の噂が目立ちすぎておってな。かの武聖シグ・ナズムを素手でたたきのめしただの、日食に乗じて数日で巨万の富を稼ぎ上げただの、神殿の査察官を舌先三寸で籠絡しただの、結婚詐欺師をその身でたたき伏せて引っ捕らえただの……よい噂も悪い噂も、ひっきりなしじゃ。あることないこと騒がれすぎていて、まともな使用人ならしばらく応募を控えるじゃろう」
「…………」
いつの間に。ていうか、全部ひどい誇張では?
「し、シグ師範をたたきのめしたのか!? こいつが!?」
「いや、それは前に説明しただろ、ナイエリ。それにたたきのめしたは大げさっていうか……」
「まあ、そのへんの真偽はどうでもいいのじゃ。噂の真偽なんぞ、誰も気にしとらんじゃろうからな。問題なのは噂になっていること、それ自体じゃ。
なので、しばらくソーヤ殿は目立った活動を控えるべきじゃろうな。でないと、もっとひどいことになりかねんぞ?」
「ぜ、善処します……」
俺はうなだれた。
シオじいさんはうなずいてから、
「それに、問題となるのは人手だけではないぞい」
と、言った。
「え、というと?」
「ソーヤ殿は、エリアムにおける貴族のパーティをどういう場だと思っておられるかな?」
「え? ええと、キリィ曰く、情報収集の場だって……」
「そう。噂に聞く『太陽の国』には「ますこみ」なる情報伝達屋がおったらしいが、エリアムにはおらん。故に、噂話こそが情報収集の唯一の方法であり、その貴族たちの社交の場であるパーティは、噂話の一大交換場であるわけじゃな」
シオじいさんはうなずいて、そして付け加えた。
「そして、そうである以上、パーティの主催者には当然、とびきりの特ダネを提供して場を暖める義務があるのじゃ。これができないと、パーティを開いてもかえって信用を失いかねんぞ?」
「うわ、マジか!」
それは想定していなかった。
しかし特ダネ、特ダネかあ……
「どういうのならいいんだろう?」
「まあ、一番無難なのは、人を呼ぶことじゃな。売り出し中の詩人や芸人、腕のいい医者などを呼んで、お披露目するのじゃ。そのあたりの心当たりがあればどうにかなるのじゃが……」
「うーん、さすがにいないな……」
半年以上前なら面白い芸ができる知り合いが一人いたのだが、いまはどこにいるとも知れない。
「ま、であれば、シグ様に相談するのがよかろうよ」
「シグに?」
「うむ。彼自身はすでに高名な身じゃが、彼の人脈に売り出せる相手がいるかもしれん。まずはその確保からじゃな」
「なるほど、わかった。よし、じゃあナイエリ、シグの家に行くぞ!」
「お、おう!」
目を白黒させつつうなずくナイエリを連れ、俺はシグの道場に向かった。
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「人脈? おまえ、なにを悠長なことを言っているんだ」
ぱちり、とボルカ盤に駒を打ちながら、シグは呆れたように言った。
俺は、ふむ、と少し考えつつ、
「悠長って?」
「すでに市井にまで広がっているぞ。バルチミ家が、夢のような最先端技術を持つ工房を抱えているという噂が」
「…………。
え、まさか中林?」
「それしかないだろう。ラザメフ査察官が、まわりに吹聴して回っているのを確認している。
貴族たちも当然、そのくらいの情報は仕入れている。ここでバルチミ家が他のどうでもいい詩人なんぞ紹介してみろ。石が飛んでくるぞ」
「マジかよ!」
中林がラザメフ査察官にプレゼンテーションしたのは、単に疑いを晴らすためだったのだが……やり過ぎだったということか。
しかしこうなると、困ったことになるぞ……
「中林の研究、あれからまだあんまり進んでないんだけど。どうしよう?」
「そこはナカバヤシ自身に相談するしかあるまい。どちらにしろ選択肢はない。自力でパーティを開くというなら、ナカバヤシの研究の展示は必要不可欠だと考えるべきだ」
「そうか……難しいなあ」
俺は言いながら、ぱちりと駒を打った。
シグは考えながら、
「それとソーヤよ、ちゃんと手続きは済ませているか?」
「え? 手続き? なにをだよ」
「だから、市民権獲得の手続きだ。おまえが元々バルチミ家に仕えることになった理由を、忘れたわけではあるまい?」
「うえええ、そうだった!」
もうバルチミ家に仕えてから一月以上は余裕で経過している。市民権はとっくにもらえているはずだ。
「どんな手続きを踏めばいいんだ?」
「俺が一筆したためたものを神殿に持って行くとよい」
「それだけでいいの?」
「本来ならば使用人頭がキリアニム様の代筆をするのだが、おまえがおまえ自身の書類を書くわけにもいくまい。バルチミ家と懇意にしていた俺ならば、その点は問題なかろう。
ただし、キリアニム様に了解を取っておくようにな」
「はいはい。なるほど、そういうシステムなんだな……」
俺の目の前で、シグが駒をぱちりと進めた。
俺はまた考えながら、
「やること多いなあ。頭が混乱する……」
「まあ、シオ翁が味方になってくださる以上、ある程度仕事を割り振ることだな。バルチミ家を古くから知っている方だ。多少の無茶は聞いてくれるだろう」
「そうだな。後は、やっぱり人手の確保かあ……他の貴族から借りるしかないかな」
言いながら俺は駒をひとつ進める。
とたん、シグが得意げな顔で駒をぱちりと打った。
「かかったなあほめ! それは罠だ!」
「…………」
「ほら、どうしたどうしたソーヤよ! 初めて貴様をボルカでやりこめることができて俺は大変気分が――」
「いや、そこ指すと俺、こうするんだけど。いいの?」
「ぬうっ!?」
俺の動かした駒を見てシグは目を剥いた。
「おまえの打ったのはたしかに両取りだけど、この駒動かすともう両取りじゃなくなるんだよ。そしてこれは王手だから受けなきゃいけないんだけど、そうするといま打った駒が死んでて……」
「ぬぐっ、ま、待った!」
「あいあい。今日これで五度目な」
俺は苦笑しながら駒を戻した。




