転生した乙女ゲーの世界に知らないキャラがいた件 彼女について
「ふぅ・・・。長い1日だったわ」
行きは手紙とお金だけだった荷物も帰る頃には両手に余るほど増えていた。最初は罪滅ぼしのつもりだったけど彼女と過ごす時間は存外に楽しいものだった。
「こんなことならコルメニアを連れてくるべきだったわ」
両手にずっしりと伸し掛かる荷物の山に思わず苦笑する。私が荷物を持ってるなんて知られたら騒ぎになるかも。
メイリーと別れた私は一目を避けるように寮に戻った。
幸いなことに今日は休日。皆が思い思いに過ごしているおかげで校庭に人の姿は少なくさほど苦労なく部屋にたどり着いた。
あらかじめ決めておいたやり方でドアをノックするとどうぞ・・・という声が返ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ。お嬢様」
部屋に戻ると幼子と見間違うほど小柄なメイド、コルメニアが恭しく頭を下げて出迎えてくれた。
私の手にある荷物を見たコルメニアは小走りで駆け寄ってくる。
「お持ちします」
「ありがとう」
コルメニアに荷物を渡して制服から部屋着に着替える。
受け取った荷物の中身を整理して片付けるコルメニアを横目に壁にかけた制服のポケットから杖を取り出す。
「シュレント」
杖を振って呪文を唱える。外部に音を漏らさないようにする防音魔法だ。
杖をしまった私は整理を終えたコルメニアに向き直った。
「もういいよ。コル姉」
「こっちも終わったよ。ヘリン」
メイドが主人を呼び捨てる。普通ならありえないことだろう。
でも、私とコル姉は普通の主人とメイドじゃない。
「でも珍しいね。こんなに買い込むなんて初めてじゃない?」
「そうかな?」
「お屋敷の部屋はすごく殺風景だったでしょ?羽目外しちゃった?」
「うーん?そうなのかな?すごく楽しかった」
「おじ様達からいい報せがあったの?」
「うん。それもあるけど、変わった縁ができちゃってね」
「変わった縁?」
「私を尾行してた子と仲良くなったの」
「えぇっ!?どういうこと!?」
話が飲み込めないコル姉に今日あったことを全て説明する。
実を言うとメイリーとは今日が初対面じゃない。入学式の翌日に私達を尾行してたのに気づいていたからだ。
最初はカレアをつけているのかと思ったけど今日の一件で私を尾行していることが判明。
だから路地裏におびき寄せて理由を聞こうと思ったけど思わぬ邪魔が入って聞くに聞けなくなったという次第だ。
「そんなことが・・・」
「悪い子じゃないと思うんだけど、何か隠してそうなのよね」
「旦那様が監視を雇ったとか?」
「最初はそう思ったわ。でも、その可能性は低いと思う」
「なんで?」
「監視を雇うなら最初から学園に入れなんて言わなかったはずよ」
「それもそっか」
「旦那様に嘘をつく悪い監視さんが目の前にいるんだもん。新しく雇ったりしないでしょ」
「はい!しっかり監視してます!」
冗談混じりに敬礼を返すコル姉。
まさか父上も雇ったメイドの中に幼馴染のお姉ちゃんがいるとは思わなかっただろう。私がどこの出身か覚えていれば多少は警戒されたかもしれない。けど生粋の貴族である父上がそんなことを一々覚えているわけがない。
おかげで簡単にコル姉を引き込むことができた。
テーブルを挟んで今日の思い出話に花を咲かせていると徐に立ち上がったコル姉がベッドに腰掛けて両手を広げた。
「おいで。ヘリン」
「うん」
コル姉の腰に両手を回して小さな体を壊さないよう加減して抱き締める。そのままなだれ込むようにベッドに寝転がると全身にコル姉の熱と匂いが伝わってきた。
「えへへぇ・・・。コル姉あったかい」
「もぅ。ヘリンは甘えん坊さんだなぁ」
「お屋敷じゃこうはいかないもん。いっぱい甘えちゃうよ~」
「うんうん。どんとこいだよ!」
慣れ親しんだコル姉の存在を全身で感じ取る。この熱が、匂いが、私を包みこんでくれる優しさがかけがえのない安寧をもたらしてくれる。
「怖かったね・・・」
「うん。メイリーが無事で良かった」
「ヘリンだって怖かったでしょ?」
「・・・ちょっぴり。やっぱり慣れないよ」
「慣れるわけないじゃない。私だったら怖くて何もできないよ」
「私もまだまだだなぁ・・・」
「ヘリンは頑張ってるよ」
コル姉の暖かくて優しい両手が私の頭を撫でる。今の私はミアレヴィーナじゃない。この瞬間だけはヘリンでいられる。
「コル姉だけよ。ヘリンって呼んでくれるの」
「ヘリンはヘリンでしょ?変なの」
「ふふっ、そうだね・・・」
目を細めてコル姉の手に身を委ねているとコル姉がぽつりと呟いた。
「嫌になったらいつでも言ってね。逃げる時は一緒だよ」
「ありがとう。でも逃げる予定はないわ」
「おじ様達が心配?」
「うん。お父さんとお母さんを置いていけない」
「そっか」
「逃げて幸せに暮らせるならいいかもしれない。でも、逃げたらずっと怯えて暮らすことになる。人の目に怯えて生きるなんて嫌。私は私の愛する人達と一緒に何のしがらみもなく生きていきたい」
卑しい生まれだから、持たざる者だから。
たったそれだけのことで私の人生は狂わされた。
死んだ娘に瓜二つだったから、娘がいないと義両親からの援助が受けられないから。
持つ者の都合だけで幸せを壊された私がどれほどの地獄を見てきたか・・・。
父上は、あの男は知りもしないだろう。
「私達が私達のままで生きられる場所を作りたい。そのためにはミアナが必要なの」
「ヘリン・・・」
「ミアナだけじゃない。人もお金も力も必要よ。私には何もない。だからここで手に入れるの・・・。何のしがらみもなく自由で怠惰に生きられる楽園のために」
「困ったらいつでも言ってね。できることならなんだって協力するよ」
「ありがとう。じゃあ一緒に寝よう?」
「ダーメ!メイドはご主人様とは寝られません!」
「えーっ!ケチー」
「噂が立ったら面倒でしょ?夢が叶うまで我慢しなさい」
「はーい」
一頻り甘えてコル姉を堪能し終えるとコル姉はベッドを整えて部屋を出て行った。
コル姉がいない部屋で何かをする気力もなく、大人しくベッドに潜って寝ることにした。
ベッドに残ったコル姉の匂いと温もりに包まれながら考えるのは今日のこと。
「メイリーかぁ・・・」
思い出すのは屈託のない笑顔を浮かべて遊び回る彼女の姿。
新入生唯一の平民の生徒で魔法の才を見出されて入学したという噂は私の耳にも入っている。
平民のメイリーにとって街で遊ぶという経験は何もかもが新鮮で楽しいものだっただろう。
私も気取らず力を抜いて接することができて本当に楽しかった。
なんで私を尾行していたかは分からないけど折角できた縁だ。仲を深めてから聞いてみるのも悪くない。
「ねぇ、メイリー・・・」
寝たままの姿勢で天井に手を伸ばす。
当然届くはずもなく唯一の光源である月光が私の指を照らしていた。
「私が平民だって知ったら、貴女はどんな顔をするのかしら?」
この短編の主人公はメイリーだがこの作品の主人公はメイリーではない!このミアナだぁーーっっ!!
というわけで乙しらはこれにて完結です
この短編の本当のコンセプトは「いつかやる予定の長編のスピンオフ」というものでメイリーはその登場人物の一人です
アイデアを思いついたけど長編はかてじょで手一杯・・・それなら短編という形で切り取ったものを書けばいい!という考えのもとに完成しました
ミアナが主役の本編はいつ出せるかわかりませんがいつか世に出せる日が来ればいいなと願っています