第四十一話 神聖魔法は神のものではない
《聖源墓地》は、地図から消されているわりに見つけやすかった。
問題は入口だった。
「これを入口と呼んでいいの?」
ミレイアが崖を見上げる。
山肌には巨大な聖印が刻まれている。その中央に扉らしきものはあるが、高さは地上から二十メートルほど。そこへ続く階段も道もない。
「昔の人、どうやって入ったんだろう」
ノアが首を傾げる。
「飛んだ?」
「僧侶が?」
「神の奇跡で」
「エルナの前で言うと機嫌悪くなるぞ」
レオンが小声で言うと、当の本人が振り返った。
「聞こえています」
「ほら」
「神の奇跡で入れるなら、私は外で待っています」
「絶対試さない気だ」
シオンが崖を調べる。
「足場はある」
「見えないけど」
「削られているだけだ。昔は階段だった」
そう言って岩壁に足をかけた瞬間、膝が鳴った。
ポキッ。
「落ちないでよ」
「音と運動能力は関係ない」
結局、シオンが先に登り、縄を下ろした。
最後にエルナが登り切ると、目の前の石扉が薄く光る。
《聖職者認証》
「私?」
「僧侶だからじゃない?」
ノアが言う。
「嫌ですね」
「そこ嫌がるところ?」
エルナが扉へ手を触れる。
《信仰適合率――13%》
《認証値不足》
「…………」
扉は開かなかった。
「低すぎるって」
レオンが言った。
「喜ぶべきでしょうか」
「入れないけど」
「非常に複雑です」
ミレイアが石扉を調べ始める。
「別の認証方法があるはず」
「どうして?」
「ここ、教会が作った施設じゃないから」
表面に刻まれている術式は古い。現在の教会で使われるものより、はるかに単純だった。
エルナも気づく。
「神の名前がありませんね」
「本当だ」
レオンには違いがよく分からなかったが、エルナには明確だったらしい。
「現代の治癒術式には、必ず神名を介する構造があります。でもこれは違う」
石扉に刻まれた文字を読む。
《治そうとする者よ、触れよ》
「……それだけ?」
ガルドが聞いた。
「それだけです」
「やってみて」
レオン。
「あなたが」
「俺?」
「あなたも人を助けようとするでしょう」
「でも治癒魔法使えない」
「関係ないかもしれません」
レオンは半信半疑で手を置いた。
何も起きない。
「ほら」
「やっぱり僧侶じゃないと?」
ノア。
エルナが扉へ向き直った。
祈らない。
神の名も呼ばない。
ただ手を当てる。
「中で誰かが傷ついていたら、治したい」
光。
扉全体へ広がった。
《治癒意思を確認》
重い音を立て、石扉が開いていく。
「……開いた」
エルナ自身が一番驚いていた。
地下へ続く階段。
壁には、何百もの人名。
すべて治癒術を研究した者たちのようだった。
「墓地っていうから骨が並んでるのかと思った」
ノア。
「名前だけ?」
「研究者を弔う場所なのかもしれません」
奥へ進む。
巨大な円形の部屋。
中央には、人間の身体を模した石像があった。
その周囲に無数の魔法陣。
ミレイアが一つずつ読む。
「血流促進。細胞修復。毒素分解……」
「細胞?」
レオン。
「何それ」
「私も分からない。でも、全部身体そのものへ働きかける術式」
「神は?」
エルナ。
「ない」
どの術式にも。
神。
祈り。
信仰。
一つも存在しない。
奥の端末へ触れる。
古代文字。
《生体修復術研究記録》
《目的――アニマを利用した人体組織再生》
「人体組織再生」
ガルド。
「治癒魔法のことか」
「多分」
さらに。
《後世分類名――神聖魔法》
全員が黙った。
「やっぱり」
エルナ。
「神の魔法ではない」
彼女は嬉しそうでもなかった。
ただ、長い間引っかかっていた何かが一つ外れたような顔をしていた。
ミレイアが記録を進める。
《職能管理機構による統合要請》
《治癒技術を聖職系統へ限定》
《理由――使用者の統制容易性》
「統制」
レオンの声が低くなる。
治癒魔法を。
神の奇跡とする。
僧侶にしか扱えないようにする。
そうすれば。
「治してほしい人は教会へ行く」
エルナ。
「そして教会の言葉に従う」
「神を信じない人が治癒魔法を使うと困る?」
ノア。
「非常に困るでしょうね」
エルナは自分の手を見る。
だから。
信仰のない僧侶。
自分は不適合者だった。
「エルナ」
レオン。
「大丈夫?」
「何がです?」
「もっと怒るかと思って」
「怒っています」
「見えない」
「大人なので」
「教会に毎回喧嘩売ってる人が?」
「今は黙ってください」
記録。
さらに古い項目。
《治癒術使用条件》
一、アニマ感応能力。
二、生体構造認識。
三。
《対象を生かしたいという意思》
エルナの目が止まる。
「信仰じゃない」
「うん」
「救いたいと思うこと」
それだけ。
幼い頃。
病床の家族を前に。
毎日。
祈った。
神へ。
でも。
もしかすると。
あの時使っていた力は。
最初から神へ向いていなかった。
目の前の人へ。
向いていた。
「……馬鹿みたいですね」
エルナが呟いた。
「何が?」
「ずっと」
一度、笑う。
「神を信じないから僧侶に向いていないと思っていた」
「向いてるの?」
ノア。
「分かりません」
「でも治療は好き?」
「好きという表現が正しいかは分かりませんが」
傷ついている人を見れば。
治したい。
「放っておけません」
《僧侶適合率――13%》
《12%》
《職業解除条件進行――2/3》
「二つ目」
レオン。
「何した?」
エルナ。
少し考える。
「僧侶だから人を治すのではなく」
一言。
「治したいから治す、と理解した」
その時。
端末。
勝手に表示が切り替わった。
《禁制記録を検出》
「嫌な表示」
ミレイア。
《アクセス権限――不適合個体群》
「見られる?」
「多分」
記録。
一つ。
《神性管理判断記録》
エルナの表情が変わる。
「神性?」
開く。
膨大な数字。
病人。
負傷者。
治癒対象。
救命可否。
その中に。
一つの項目。
《救命実行判定》
《世界安定寄与値》
《低》
《介入――不要》
「何これ」
ノア。
ミレイアがゆっくり読む。
「治せる人間でも」
助けるかどうか。
世界側が判断していた。
「神が」
レオン。
「助けなかった?」
エルナは。
何も言わない。
次の記録。
同じ。
《救命可能》
《介入不要》
また。
また。
何百。
「神様って」
ノア。
小さく。
「助けられるのに助けなかったの?」
エルナ。
画面を見る。
長い沈黙。
そして。
「そうらしいですね」
声は静かだった。
ただ。
握った拳。
爪が。
掌へ食い込んでいた。




