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『勇者ですが、勇気しかありません』  作者: asnt2026


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第四十一話 神聖魔法は神のものではない

 《聖源墓地》は、地図から消されているわりに見つけやすかった。


 問題は入口だった。


「これを入口と呼んでいいの?」


 ミレイアが崖を見上げる。


 山肌には巨大な聖印が刻まれている。その中央に扉らしきものはあるが、高さは地上から二十メートルほど。そこへ続く階段も道もない。


「昔の人、どうやって入ったんだろう」


 ノアが首を傾げる。


「飛んだ?」


「僧侶が?」


「神の奇跡で」


「エルナの前で言うと機嫌悪くなるぞ」


 レオンが小声で言うと、当の本人が振り返った。


「聞こえています」


「ほら」


「神の奇跡で入れるなら、私は外で待っています」


「絶対試さない気だ」


 シオンが崖を調べる。


「足場はある」


「見えないけど」


「削られているだけだ。昔は階段だった」


 そう言って岩壁に足をかけた瞬間、膝が鳴った。


 ポキッ。


「落ちないでよ」


「音と運動能力は関係ない」


 結局、シオンが先に登り、縄を下ろした。


 最後にエルナが登り切ると、目の前の石扉が薄く光る。


《聖職者認証》


「私?」


「僧侶だからじゃない?」


 ノアが言う。


「嫌ですね」


「そこ嫌がるところ?」


 エルナが扉へ手を触れる。


《信仰適合率――13%》


《認証値不足》


「…………」


 扉は開かなかった。


「低すぎるって」


 レオンが言った。


「喜ぶべきでしょうか」


「入れないけど」


「非常に複雑です」


 ミレイアが石扉を調べ始める。


「別の認証方法があるはず」


「どうして?」


「ここ、教会が作った施設じゃないから」


 表面に刻まれている術式は古い。現在の教会で使われるものより、はるかに単純だった。


 エルナも気づく。


「神の名前がありませんね」


「本当だ」


 レオンには違いがよく分からなかったが、エルナには明確だったらしい。


「現代の治癒術式には、必ず神名を介する構造があります。でもこれは違う」


 石扉に刻まれた文字を読む。


《治そうとする者よ、触れよ》


「……それだけ?」


 ガルドが聞いた。


「それだけです」


「やってみて」


 レオン。


「あなたが」


「俺?」


「あなたも人を助けようとするでしょう」


「でも治癒魔法使えない」


「関係ないかもしれません」


 レオンは半信半疑で手を置いた。


 何も起きない。


「ほら」


「やっぱり僧侶じゃないと?」


 ノア。


 エルナが扉へ向き直った。


 祈らない。


 神の名も呼ばない。


 ただ手を当てる。


「中で誰かが傷ついていたら、治したい」


 光。


 扉全体へ広がった。


《治癒意思を確認》


 重い音を立て、石扉が開いていく。


「……開いた」


 エルナ自身が一番驚いていた。


 地下へ続く階段。


 壁には、何百もの人名。


 すべて治癒術を研究した者たちのようだった。


「墓地っていうから骨が並んでるのかと思った」


 ノア。


「名前だけ?」


「研究者を弔う場所なのかもしれません」


 奥へ進む。


 巨大な円形の部屋。


 中央には、人間の身体を模した石像があった。


 その周囲に無数の魔法陣。


 ミレイアが一つずつ読む。


「血流促進。細胞修復。毒素分解……」


「細胞?」


 レオン。


「何それ」


「私も分からない。でも、全部身体そのものへ働きかける術式」


「神は?」


 エルナ。


「ない」


 どの術式にも。


 神。


 祈り。


 信仰。


 一つも存在しない。


 奥の端末へ触れる。


 古代文字。


《生体修復術研究記録》


《目的――アニマを利用した人体組織再生》


「人体組織再生」


 ガルド。


「治癒魔法のことか」


「多分」


 さらに。


《後世分類名――神聖魔法》


 全員が黙った。


「やっぱり」


 エルナ。


「神の魔法ではない」


 彼女は嬉しそうでもなかった。


 ただ、長い間引っかかっていた何かが一つ外れたような顔をしていた。


 ミレイアが記録を進める。


《職能管理機構による統合要請》


《治癒技術を聖職系統へ限定》


《理由――使用者の統制容易性》


「統制」


 レオンの声が低くなる。


 治癒魔法を。


 神の奇跡とする。


 僧侶にしか扱えないようにする。


 そうすれば。


「治してほしい人は教会へ行く」


 エルナ。


「そして教会の言葉に従う」


「神を信じない人が治癒魔法を使うと困る?」


 ノア。


「非常に困るでしょうね」


 エルナは自分の手を見る。


 だから。


 信仰のない僧侶。


 自分は不適合者だった。


「エルナ」


 レオン。


「大丈夫?」


「何がです?」


「もっと怒るかと思って」


「怒っています」


「見えない」


「大人なので」


「教会に毎回喧嘩売ってる人が?」


「今は黙ってください」


 記録。


 さらに古い項目。


《治癒術使用条件》


 一、アニマ感応能力。


 二、生体構造認識。


 三。


《対象を生かしたいという意思》


 エルナの目が止まる。


「信仰じゃない」


「うん」


「救いたいと思うこと」


 それだけ。


 幼い頃。


 病床の家族を前に。


 毎日。


 祈った。


 神へ。


 でも。


 もしかすると。


 あの時使っていた力は。


 最初から神へ向いていなかった。


 目の前の人へ。


 向いていた。


「……馬鹿みたいですね」


 エルナが呟いた。


「何が?」


「ずっと」


 一度、笑う。


「神を信じないから僧侶に向いていないと思っていた」


「向いてるの?」


 ノア。


「分かりません」


「でも治療は好き?」


「好きという表現が正しいかは分かりませんが」


 傷ついている人を見れば。


 治したい。


「放っておけません」


《僧侶適合率――13%》


《12%》


《職業解除条件進行――2/3》


「二つ目」


 レオン。


「何した?」


 エルナ。


 少し考える。


「僧侶だから人を治すのではなく」


 一言。


「治したいから治す、と理解した」


 その時。


 端末。


 勝手に表示が切り替わった。


《禁制記録を検出》


「嫌な表示」


 ミレイア。


《アクセス権限――不適合個体群》


「見られる?」


「多分」


 記録。


 一つ。


《神性管理判断記録》


 エルナの表情が変わる。


「神性?」


 開く。


 膨大な数字。


 病人。


 負傷者。


 治癒対象。


 救命可否。


 その中に。


 一つの項目。


《救命実行判定》


《世界安定寄与値》


《低》


《介入――不要》


「何これ」


 ノア。


 ミレイアがゆっくり読む。


「治せる人間でも」


 助けるかどうか。


 世界側が判断していた。


「神が」


 レオン。


「助けなかった?」


 エルナは。


 何も言わない。


 次の記録。


 同じ。


《救命可能》


《介入不要》


 また。


 また。


 何百。


「神様って」


 ノア。


 小さく。


「助けられるのに助けなかったの?」


 エルナ。


 画面を見る。


 長い沈黙。


 そして。


「そうらしいですね」


 声は静かだった。


 ただ。


 握った拳。


 爪が。


 掌へ食い込んでいた。

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