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それから月日は流れ、戦争は終わった。
けれどエリアスは、軍人のままでいる。
新しい軍服に袖を通したエリアスは、頭の中に叩きこんだ地図を頼りに廊下を歩く。カツカツと二人の軍靴の音が廊下に響く。
お目当ての部署に辿り着くと、エリアスはノックをして扉を開けた。
「おはようございます。今日から王立特殊諜報軍隊長付補佐となったエリアス・ガルシュです」
エリアスが拳を胸に当て挨拶をすれば、執務机に着席している隊長は静かに頷いて、エリアスの隣の人物に視線を向けた。
「同じく、今日より王立特殊諜報軍隊長付補佐に配属されたクローネ・マドリッセです」
クローネが美しい所作で軍人の礼を執ると、隊長は立ち上がり二人の前に立った。
「隊長のギルフォード・ディアスだ。今日からよろしく頼む」
深く、パンにバターが染み込むような声音で挨拶したギルフォードは、先の戦争で大きな功績を挙げた。
その褒美としてギルフォードは、国王直轄の特殊部隊を任されることになった。
王立特殊諜報軍──名前はカッコイイけれど、要は何でも屋だ。貴重な魔道具を自由に使える代わりに、ヨルシャ国のありとあらゆる面倒事を請け負う部署である。
エリアスは中堅魔道具巧操者であることと、士官学校ではさほど重要視されなかった人懐っこさで情報を得る技術が再評価され、同じく中堅魔道具巧操者のクローネは処理能力の高さを買われて抜擢。
というのは建前で、ギルフォードの私情が働いたことは言うまでもない。
ただそれを黙らせることができるのが、ギルフォードなのだ。
「さっそくだが、エリアスには潜入調査を任せたい。王都で相次いでいる窃盗事件が難航しているようで、警護団から要請がきた。詳細は指示書に書いてある」
一度机に戻って書類を手にしたギルフォードは、それをエリアスに渡す。几帳面なギルフォードらしく、細かい内容だ。
ふむふむと目を通すエリアスの隣にいるクローネにも、ギルフォードは指示を出す。
「クローネには、二か月後に迫った魔道具巧操者資格試験の教育を頼みたい」
「りょうか……い、いえ……善処いたします」
「気持ちはわかるがクローネ、これは命令だ」
「……了解いたしました」
渋々と頷いたクローネに、ギルフォードは書類を手渡す。それは受験者リストで、エリアスとクローネ以外の王立特殊諜報軍のメンバーの一覧でもある。その中には、カイトの名もあった。
あの日──戦場で虫の息だったカイトは、出血がひどかったものの一命をとりとめてくれた。しかし怪我による後遺症で、無理の利かない身体になってしまった。まだ軍人でいたいのに。
そんな彼を退役ではなく、特殊諜報軍の一員として迎え入れたのはギルフォードの意思だ。
無論、カイトだけじゃない。特殊諜報軍のメンバーは怪我や、隊の壊滅で、行き場をなくした者や、志しはあるものの退役を余儀なくされた者ばかりだ。
ギルフォードが王立特殊諜報軍の隊長になったのは、そういった事情を抱える彼らに再び軍人としての道を歩ませるためでもある。
「みんな受かるかなぁ……」
「受かるかなじゃなく、受かってもらわなくては話にならない」
情が厚いギルフォードだが、実務に関してはかなりシビアだ。
きっとカイトを始めとする隊員たちは、二か月間、耳から汁がでるほど勉強漬けになるだろう。
彼らが王立特殊諜報軍の一員として最低限求められている解読済みの魔導書を扱えるようになるまで、エリアスは人一倍頑張らなくてはならない。
でもそれを、エリアスは負担ともプレッシャーとも思わない。
かつて親友が命がけで自分たちの窮地に駆けつけてくれたように、エリアスだって親友の力になりたいのだ。
「不明点があれば、今のうちに訊いてくれ。だがその前に、エリアス」
「ん?」
「その緩んだ顔を引き締めろ。部下に示しかつかない」
書類片手に二ヘラ笑いは、見るに堪えない光景だったのだろう。ギルフォードの眉間には、深い皺が刻まれている。
チラリとクローネを見たら、これ以上ないほど呆れ顔だった。
ちなみにクローネは、戦場でキスされたことを闇に葬ったらしく、あれから一度も話題にしてくれない。
だがエリアスの片想いには年季が入っている。こんなことではくじけない。
「うん、気を付ける」
「”うん”じゃなくって”はい”でしょ?」
「まったく先が思いやられるな」
阿吽の呼吸で駄目だしされ、エリアスはまた顔が緩んでしまう。
エリアスが軍人になったのは、好きな人の傍にいたかったから。
軍人で居続けるのは、この何気ない光景を守りたいから。
魔道具は想いの強さで選ばれる。なら自分は、ずっと魔道具を扱うことができるだろう。
しかし恋を成就させる魔道具も魔導書も、この世には存在しない。
──だからさ、神様。
もし僕の頑張りが天に届いたなら、ほんのちょっとだけ好きな子が振り向いてくれるよう手を貸してほしいな。
そんなことを祈りながら、エリアスは軍神からの指令を遂行すべく、書類に目を通し始めた。
<おわり>




