12. 敵地
※ちょっと痛いシーンがあります
薫は痛む頭を抱えて地面に転がっていた。
「くそ、捕虜はもっと手厚く扱えよ」
悪態を吐くも声は誰にも届かない。独房のようなところに連れてこられて閉じ込められた。足には例の魔法を使えなくする輪が嵌められており、瞬間移動で逃げることもできない。
「ダンジョンだよな…」
あたりを見渡す。どうやら敵地のダンジョンに連れてこられたらしい。流石に本拠地ではないようだが、日本のどこかのようだった。
「秋人、心配してるだろうなぁ」
薫は深くため息を吐いた。魔力暴走などはしてないと思うが、置いてきてしまったことに関しては心配である。ただ、おそらく自分の命の危機ではないことはパーティーを組んでいるので秋人に伝わる筈だから、少し堪えてくれていることを祈るしかない。
それに、最近開発した秘密兵器も持っているし…と薫はその位置を確かめた。
「桜子さんも康子さんもいたし、なんとかなってるといいなぁ」
とぼそりと呟いた。
「桜子さんたち、テレビ収録とばしてきてくれたんだな。申し訳ない」
実際はそのテレビで大ポカをやったので、テレビ側の追求を逃れるために緊急出動してきたのだが、それはまだ薫は知らない。
薫には色々と調べたいことがあった。敵地に連れてこられたのは好都合だと思ったが、流石にこんな風にずっと何もしないで囚われているのは時間の無駄である。どうにかして牢から出られないかと画策していたところ、不意に声がかかった。
「やっと目を覚ましたか」
ふと牢獄の扉が開いてレオと呼ばれていた偽赤城が現れた。
黒い髪に落ち窪んだ黒い目、薄い酷薄そうな唇。どうやらこの顔が彼のオリジナルらしい。それなりにイケメンなのに、やたらと病的だ。
「なんだ、偽赤城か。昨日のリーダーみたいな奴は来ないのか?」
と薫が尋ねると、レオは嫌そうに顔を歪めた。
「お前ごときアズ様の手を煩わせる価値もない」
男は嗜虐的な趣向の持ち主のようで、その手には鋭いナイフのようなものが握られていた。薫は脳裏に変態センサーが灯るのを感じて、一瞬目を閉じた。どうやら四度目の本気でやばい状況らしいと悟った。
「あー、もうなんで2回目の俺、もうちょっと考えなかったかな」
と自分に向かって悪態を吐いた。
薫の喉から苦悶の声が盛れるのを、レオはニヤニヤしながら聞いていた。
「3本目」
左の中指の先を落とされて薫の唇から堪え切れない悲鳴が溢れる。薫に馬乗りになって片手を地面に抑えながら、ナイフをふるう、そのたびに薫の左手指の先が切り落とされた。
「俺さ、対象のパーツを食えばその人物に変身することができるんだよね」
レオは切り離した薫の指を咥えて笑う。
「特に食ったパーツは再現度100%」
薫はうっすらと目を開けて男の顔を見た。その口が自分の指を咀嚼している様子は流石に吐き気をもよおす醜悪さだ。
「指紋認証と網膜認証だっけか?」
男の顔が近づいてくる。
「片目も貰っておこうかな」
男の言葉と共に左の瞳に感じた事ないような灼熱が広がる。視界が半分赤く染まった。
薫から堪え切れない悲鳴が漏れた。流石にここまでの暴力には慣れていない。男のナイフの切先が薫の左目に突き刺されて抉り取られた。
一瞬、薫の脳裏に加藤の死に様が過った。
「そういえば、お前の先生も散々泣いて許しを乞うてたぜ」
薫は痛みを堪えて顔を上げた。
「同じように命乞いしてみろよ」
男の言葉に対して、薫はそれまでの痛みに歪めていた表情を無くした。
「あ?」
レオは不愉快そうに眉を寄せる。
「嘘をつくな」
冷静な薫の声音にレオは戸惑った。
「先生は痛覚を麻痺させる薬を使ってたから、今の俺みたいな無様なことにはなってなかったはずだ。見てなかったのならお前はその場にいなかった。おおかたアズとかいう奴が先生から切り離して持ち帰ったパーツでも食ったんだろ?」
薫の唇の端が持ち上がって、せせら笑った。血に塗れていてもなお、壮絶な美しさだった。レオはその美しさに気押された。
「な、なんでそれを…知ってるんだ」
「考えればわかるだろ。お前ごときに加藤先生が後れをとるわけないじゃないか」
薫は謳うように嘯く。
「他人の功績をさも自分がやった風に自慢するとか、まじで小物だな、あんた」
薫の言葉にレオの脳裏が灼かれた。一瞬で当時のことを思い返す。
同じようなことを同輩に言われたのだ。
餌を投げ与えられてしか使えない三流。
所詮は他人の真似でしか役に立てない半端者。
奴は先日、如月秋人の龍珠を殺すのに失敗して返り討ちにあった。ザマアミロと想っていたのに、今でも彼の劣等感を確実に刺激した。
「き、貴様、貴様、きさまあああああ」
逆上した男が薫の顔面に向かって拳を二、三度振るったその時、腕が取られた。
「レオ、そこまでだ」
静かな声だった。
「アズ様…」
見上げた先に冷たい瞳を発見してレオが項垂れる。
「ああ、こんなに汚くして。この男は教皇様に献上するのだから、できるだけ傷つけるなって言っただろう」
冷静な声に薫はうんざりした。できるだけ傷つけてもらっていいので献上されるのは避けたいと心底思う。
「お前、弁護士の口車に乗せられて余計なことを言ったな」
静かな声にレオはびくりと体を震わせた。
「まあ、いい。行け」
レオを促して独房から追い出す。
しんと静まりかえった独房に薫の少し荒い呼吸音だけが響いた。流石に息が上がる。
「すまなかったな、先生。地下に入るには少々先生のパーツが必要でね」
男は静かに話しかけた。
「まあ、なくなった部分はうちにもちゃんと欠損を復活させることができるレベルの回復魔法師がいるからご心配なく」
と、まるで何か服でも汚れたからクリーニングに出すよとでもいうように男が説明するので、薫は少しばかり呆れた。
「いや、流石に無理。痛いし」
薫が悪態をつくと男は小さく笑った。男は笑うことができた。そのことに薫は戦慄を覚えた。
「案外普通なんだな」
「ん?」
アズと呼ばれた男は倒れている薫のすぐ横に腰を下ろした。
「もっと、さっきの奴みたいに変態なのかと思った」
「ああ、ふふ。そうだね。割と普通だろうね」
男の答えは半ば薫の予想通りだった。普通に会話が成立する。おそらくこの男の倫理観も、一般常識も普通なのだろう。だからこそ、恐ろしい。
「あんたが、加藤先生を殺したんだな」
薫の問いかけに男は「ふふ」と笑って頷いた。
「あなたの『先生』はとても強く用意周到だった」
まるで恩師の思い出でも話すようにアズは語る。
「私に取引をもちかけた。拷問に10分持ち堪えるたびに、彼の条件を飲むようにと」
薫はぐっと喉の奥に声を詰まらせた。おおよそ予想どおりだ。
「最初に親指を落とした時、彼は笑った。『ああ、これで俺も任侠の輩と区別がつかなくなった』ってね」
目に浮かぶようである。
「彼が最初に提示した条件は『如月秋人が15歳になるまで救世来神教は直接手を下せない』だった。やられたよ。大目玉だ。教皇様にどやされたね」
アズは当時を振り返ってため息を吐く。まるで、仕事で大ポカをやった昔を懐かしむような口調だった。
「なんで15歳?」
と薫が尋ねるとアズは苦笑をこぼした。
「彼は自分の指一本で贖える時間はそれくらいだって言ってたよ」
契約の門は等価交換の魔法だ。無限に条件を付けられるものではない。そうして彼は己のパーツや能力と引き換えに救世来神教の攻撃を次々と縛ったのだという。
「立派な人だった。君みたいな愚かな男の師匠とは思えない」
薫の精神を逆撫でするための言葉だ。努めて冷静になるために薫は小さく息を吐いた。
「君、わざと捕まったよね」
アズの言葉に薫は無言だった。それが答えだった。
薫「先生は見かけだけなら任侠の世界でも十分通じますよ」
加藤「いや、見かけだけじゃなくて、割と中身もいけると思わねえ?」
薫「…まがりなりにも弁護士なので、冗談でもやめてください」
加藤「ごめんちゃい」




