3. ニャンタ
リヴァイアサンの魔石でレンズを作り、秋人の強力な魔力のコントロールをするという路線で、一応修理は固まった。音々は
「おっそろしいわあ。こんな魔石、金庫とかに入れてても泥棒に持ってかれそう」
と嘆いていたが
「あ、僕がそれ持ってるの後藤さんしか知らないので大丈夫です」
と秋人が太鼓判を押した。
「ああ、うん。まあもう突っ込む気力がなくなってきたわあ」
音々が天を仰いだ。
秋人は後藤のことを便宜を計ってくれる優しいおじさんくらいに思っているが、ギルドマスターとはもうちょっと権威のある存在なのだ。普通は。
「それで、眼鏡預かってる間、代替え品とかあったほうがいい?」
と音々が尋ねた。秋人の正体を今の所隠すつもりでいることも話したので、隠密行動が必要な時に不便じゃないか?という意味だ。
「代替え品かあ」
秋人がうーんと首を傾げた。
「あれがいいんじゃない?」
不意に桜子が手を叩く。男二人はきょとんとしていたが、桜子は頭上に手を置いた。
「デステニーワールドでかぶってた帽子」
「ああ」
桜子の言葉で秋人と薫はぽんと手を打った。
秋人は収納から一つの帽子を取り出した。デステニーワールドのキャラクターを模した猫耳付きのキャップである。返り血でぐちゃぐちゃになっているかと思ったが、秋人はほとんど避けていたので、帽子は綺麗なままだった。
これのおかげで顔バレしなくて済んだので、秋人にとっては神アイテムだ。清掃魔法をかければ新品同然になったので、秋人は大事に仕舞っていた。
しかし、その帽子を見て音々の顔色が変わった。
「え?もしかして、秋人くん…ニャンタって如月秋人だったのおおおおおお!?」
叫び声が工房中に響き渡った。
「にゃんた?」
薫が首を傾げる。秋人はデステニーワールドの守神みたいに言われている旨を簡潔に説明した。
「最初の呼び名は猫耳魔神だったんだよ。あんまりだと思わない?って、ちょっと笑うなんてひどいよ」
吹き出してしまった桜子と薫に対して秋人が厳重抗議をしている。
「なんで?」
ぽつりと音々が呟いた。
「なんで、秋人くんあの日デステニーワールドにいたん?」
秋人は音々の問いかけに素直に応じた。
「高校のクラスメイト全員と一緒に遊びに行ってました」
「高校…クラスメイト…」
音々の眉が寄る。
「そっか、そうだよね。秋人くんの年齢なら高校生かあ。まさか高校行ってるとは思わへんかった」
音々が苦しそうにため息を吐いた。
「実はさ、あの日私の妹もデステニーワールドに行ってたんよ」
「え?」
秋人の顔色が変わった。もしかして被害者の…守れなかった人の中にいたのだろうか。
「妹さんはご無事で?」
何も言えなくなった秋人の代わりに薫が尋ねた。音々は慌てて言い繕った。
「あ、ごめんごめん。大丈夫。妹は無事やで。それにたとえ無事じゃなかったとしても、秋人くんを責めるつもりはあらへん。大きなダンジョンだったみたいやし、ぶっちゃけ死者があの程度で済んだのは奇跡やったからね」
この辺の割り切り方は音々も流石探索者である。
ダンジョン顕現時に、一般人に死傷者が出ないなどということがありえないのはわかっている。
「でも、そっか。如月秋人がいたんか。どうりで、あんな早くにアラートが出たわけや」
ふうっと音々が息を吐く。
「アラート?」
薫が尋ねると、秋人はうんと頷いて説明する。
「ダンジョン顕現に居合わせた探索者は、周囲に情報を知らせるためにアラートを出す義務があるんだ。特に魔法師は信号弾の魔法が必要で、色でダンジョンの規模を知らせるんだよ」
「初心者講習会でそういえば言ってたな。俺できるかな」
不安そうに薫が呟く。「なんで?」という顔で音々が桜子を見るが、彼女は困った顔で固まっている。
「薫はちょっと特殊な魔法師なんだ」
と秋人が笑って誤魔化した。
「妹はその信号弾を見てダンジョンが顕現したってわかったんやて。幸い外縁部に近いところにいたのもあって、その場にいた友人を引っ張って逃げたんよ」
音々はしかし難しい顔をしていた。
「でも、妹も秋人くんと同じくクラス全員で行っとったけど、周囲に全員いたわけやなかった。だけど妹は一刻を争うって分かってたから、ほんの一部、自分の周囲にいた子だけを連れて逃げたんよ。そのことでクラスでハブられてん」
はあと音々はため息を吐いた。
「それは、でも仕方なくない?」
と桜子は言う。
ダンジョン顕現という現象は、一般人にとって厄災以外の何物でもない。
モンスターに抗う術をもたない人々は、逃げるしか生き延びる方法はない。全員に言ってまわって一斉に逃げましょうなんて悠長なことを言ってられる状況ではないのだ。
探索者にとってそれは当たり前のことであり、音々の妹の行動は妥当としか思えなかった。
「妹さんは探索者だったんですか?」
薫の質問に音々は首を振った。
「いや、まだ12歳やからね。ただ、あの子は探索者志望で色々調べてたから、信号弾の意味を知ってたんよ」
「まあ、頭ではわかってても実際同じクラスに被害者が出たら、なかなか納得できるかっていうと微妙ですからね」
流石に薫は弁護士として、この手のシチュエーションで何が起こったか正確に把握していた。
おそらく音々の妹はスケープゴートにされたのだ。クラスの中で、運によって助かった子と傷ついた子が分たれた。その不条理への怒りの行き場にされてしまったのだろう。
音々の妹にとっては、それこそ単なる八つ当たりだ。納得できるものではないだろうが。
「死者は?」
「1人、あと重傷が3人やな。でも、妹が連れて逃げた子たちは怪我なくぴんぴんしとるねんで。それやのに、その子たちが一番あの子を責めてんねん。ほんま、意味わからんわ」
音々は吐き捨てた。妹はその所為で学校に行けなくなってしまった。4月のクラス替えに学校側は配慮したが、難しい状況である。
おそらく彼女たちは自分たちが無事だった負い目を隠すために、わざと恩人であるはずの音々の妹に当たったのだ。彼女にとってはたまったものではないだろう。
「でも、ありがとね。あんたは妹の命の恩人や。私がいくら頑張って魔道具を作っても妹は助けられへんかった。早々に信号弾を撃ってくれたって聞いたで。かなり大きく高く撃ったらしいやん。遠くの埼玉からでも見えたってさ」
「できれば早く近場にいる探索者がきてくれないかなぁと思ったので」
秋人的には大技が使えない以上、人海戦術を頼むしかないわけで、薫たちがくるまでの30分を乗り越えることだけを考えていた。
「まあ、そんな大事な帽子なら心をこめてやらせてもらうわ」
と音々はウィンクした。
「眼鏡より帽子の方がうんと簡単。頭の上にあるからね。帽子から下に認識阻害かけたらいいし、付与面積も広いから」
手に取ったキャップに音々は魔法をかけた。複雑な魔法式に自分の固有魔法が追加される。
「ほい、ニャンタくんの帽子完成!」
30分ほどで認識阻害キャップが出来上がった。
秋人はそれをかぶって見せた。
「ばっちり!」
と音々は親指を立てたが、薫と桜子は微妙な顔をしている。
「何?」
と秋人が首を傾げた。
「いや、かわいいな、おい」
「猫耳、似合うね、秋人…くふっ」
薫の言葉に桜子もうなづきながらニヤニヤしている。
薫と桜子の感想を聞いて
「認識阻害されてなくない?」
と秋人が尋ねると、音々は「んーーーー」と小さく唸った。
「私のこの魔法って装着している人の正体知っている相手には効かないんよ。家族とか友達とか」
というわけで、秋人は猫耳姿を存分に薫と桜子に披露してしまい、盛大に揶揄われたのだった。
薫「写真撮っちゃおう」
桜子「うん、美香ちゃんに送っておこう」
秋人「やめてよ!二人とも!!」
音々「イメージ、イメージが…」




