2. 片伊勢音々
「どうも、取り乱しましてすいません。片伊勢音々っていいます」
ぺこりと頭を下げる音々に、桜子は呆れたようにため息を吐いた。
「あんた、ほんとうにもうちょっと生活立て直しなさい。そんなだから注文が立て込むのよ」
実際のところ、音々が抱えている注文はさほど多くはないのだ。
だがいかんせんずぼらで怠惰な人間なので、いついつまでに納品しろという注文に答えられず、「納期を気にしないのであれば」というラフな受け方をしていたために、現状のような事態になっているのである。
「桜子様、そうは言ってもですね。私、常に1日の半分は眠っていないと保たない体質やし」
音々は光属性の魔道具師だ。夜というか暗いところでは魔力が極端に制限される。それを嫌がって、音々はかなり早寝遅起きだ。
「光属性って、なんかこう聖女とか神職のイメージあったけど、そうじゃないんだ」
と薫が思わず呟くと、ネオンは胡散臭げに薫を見た。
「桜子様、誰、この素人のくせにおっそろしい魔力垂れ流しているイケメン」
どうやら彼女は例のサバ味噌騒動を知らないらしい。
「私の婚約者で秋人の保護者」
「神崎薫です。初めまして」
薫が「しまった」と思いつつ丁寧に挨拶をする。しかし、ネオンは「如月秋人に保護者、保護者、保護者…」とさきほどと同じくショックを受けていた。
「なんか、ごめんなさい。イメージ壊しちゃって」
と秋人が謝ると薫と桜子が強く否定した。
「秋人は何も悪くないぞ!」
「そうだよ。秋人が別に誰かに嘘を教えてわけじゃないんだからね」
秋人も自分の虚像への憧れにまでは責任をもつ気はないが、流石にここまでショックを受けられると申し訳ない気持ちになった。
「いや、大人気なかったわあ。ごめんやで」
音々は目の前でしゅんとしている少年に慌てて謝った。確かにイメージは崩れたが、それはこちらの勝手な妄想だ。
「はあ、しかしなんでまた、こんな若いん?最初のダンジョン攻略したのって5年くらい前ちゃうかったっけ?その時いくつやったん?」
音々の言葉に3人はチラリと視線を交わす。それからコホンと薫が一つ咳払いし
「それについては、私から説明させていただきます」
と告げ、秋人について話し始めた。
話終わった時には音々はひどく憤慨していた。
日本の探索者にとって如月秋人はスーパーヒーローでアイドルだ。命の恩人で、特に高位の探索者はほとんどが彼の恩恵を受けているといっていい。
「なんでそんなひどいことになってたのに、誰も気がつかんかったのさ」
と憤っていた。
「まあ、ギルドマスターと内閣総理大臣を抱え込まれちゃってましたからね」
と薫がため息を吐く。逆に現在は、その両方がこちらの味方なのは有り難かった。
「大変やったねえ」
ほろりと音々が涙ぐむ。もともと人情味のある涙もろい性格の女性だ。秋人への同情心でいっぱいだったが秋人は笑って首を振った。
「いえ、でも今は僕、すごく幸せなので」
秋人の言葉に嘘偽りは見えず、薫と桜子の慈愛の籠った視線を見て音々はほっと安堵した。
「それで、今日はこの前納品した眼鏡の調整にきたんやろ?見せてみ?」
音々は目の前の少年への庇護欲の方が、如月秋人への憧れより勝ってしまったらしい。明らかに年上お姉さんムーブになってしまった。
秋人は恐る恐る眼鏡ケースを開けて中身を取り出した。
「あちゃあ、レンズにヒビ入ってるやん。すご。桜子様のメガネの1.5倍の強度にしたんやけどなぁ」
音々は渡された眼鏡を矯めつ眇めつする。
「ちょっとこっちきて」
音々は秋人の額に指を置いた。魔力量を測っているらしい。
「あー、強度が全然足りんわあ。ジョブ聞いてもいい?」
「魔法剣士です」
「うわ、戦闘系と魔法師系のハイブリットかあ。うーん。強度がなぁ」
音々は机の上の紙にガリガリと計算しだした。
「魔石で補うかぁ。でもなあ。足りなくない?」
うーんと唸る。
「あの…これよかったら使ってください。これでレンズ作ったらどうでしょう」
秋人は収納から透明の魔石を取り出した。水晶のように無色透明だ。
「へえ、綺麗。すごい強力な魔力やん。なんの魔石?」
「リヴァイアサン」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
音々と桜子は黙った。薫はなんのことか分からないので沈黙している。
「りゔぁいあさん?」
恐る恐る音々が尋ねる。
「二個目のSランクダンジョンで討伐したダンジョンボスの魔石です。ギルドが返してくれたので持ってました」
秋人の返事を待たず、音々が桜子を工房の隅まで引きずっていった。
「あの子、やばいやん!桜子様!まったくこれっぽっちもこの魔石の価値わかってないで!」
「前科があるんだよ。前科が。薫さんの杖見せもらえばわかるよ。薫さん、杖出して」
工房の隅から桜子に言われるまま、薫は自分の杖を取り出した。
「ぴぎゃああああああ」
と音々が悲鳴をあげる。オパールグリーンの魔石がキラキラと杖の先で輝いていた。
「さ、サンダードラゴンの魔石!削ったん!?」
恐る恐る薫の杖に触れる。
「いや、これ削ったにしては魔力が多すぎる、何これ…うそでしょ」
ぶつぶつ言い出した。
薫は無言で秋人の方を見た。秋人は視線を合わせない。
「そういえば、前に聞こうと思ってて忘れてたんだけど、秋人、この魔石って凄いの?」
「新古品だよ。だいぶ前に手に入れて、赤城に取られたまま、ギルドで保管されてたからさ。この前の不死鳥の魔石の方が採れたて新鮮ぴちぴちだったから、あっちの方がいい魔石だよ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
本来嘘の苦手な秋人にやすやすと丸め込まれている薫に、桜子は深くため息を吐いた。教育的指導が必要な案件だ。
「まあ、今度のは自分のための魔道具だからいいんじゃない?リヴァイアサンだろうと、ベヒモスだろうと」
「ベヒモスも持ってるけど、そっちの方がいい?」
桜子と音々は深く、ふかーくため息を付き、少年の魔石在庫の全てを確認する羽目になった。
そして、二人は「大事に仕舞っておきなさい」と言うしかなかった。
桜子「秋人もだいぶ嘘がうまく吐けるようになったね」
秋人「日々の努力の賜物です」
桜子「因みに、どんな努力してるの?」
秋人「ババ抜き」




