21. 魔法契約対策
秋人が3ーCの応援に駆けつけた時に、ちょうど美香の打席だった。
美香に向かって秋人が手を振る。最初美香はちょっとだけ振り返していたのが、どうやら秋人が手を振っているタイミングに意味があることに気がついた。
美香は秋人の姿を視界に入れつつ、彼が手を振るタイミングに合わせてバットをスイングした。すると
カン
と甲高い音と共にボールは高く遠く飛んだ。
「うそでしょう」
クラスメイトが全員美香のホームランに驚愕した。美香は、誰もが認める運動音痴である。美香自身、自分が放ったホームランの軌道をポカンと口を開けて見つめていた。
「美香!回って!!」
友人が叫ぶ声に慌てて、美香が一塁に走り出す。秋人は幸せそうに微笑んでいた。
「びっくりした!」
応援席の近くにきた秋人に美香が小声で囁く。
「わかってくれてよかった!」
と秋人が嬉しそうに笑う。
「打てると楽しいね」
と笑顔で言う秋人に美香は大きく頷いた。
「私、生まれて初めてバットに当たったわ」
という美香の喜びの声に秋人が「えっ」と小さく声をあげる。秋人にはバットに当たらないという現象が今ひとつ理解できなかった。
「秋人くんや、世の中にはどんなに真面目に競技に向き合っても、報われない人というのは存在するのだよ」
「お姉ちゃん!」
美香と秋人の逢瀬を邪魔するように声をかけてきたのは、姉の佐紀だった。
「仕事は?」
「午後から休み貰ったの」
「秋人くんも大活躍だったね。10点取って美香はもう安泰じゃん」
との佐紀の言葉で美香の顔が「すん」となった。
「うそつき。秋人くんのサッカーの試合は第一試合だったから午前中だよ」
と美香が突っ込むと「てへぺろ」と姉は舌を出した。
「もう!入社したばっかりなのに!」
と妹が怒ると、姉は笑って誤魔化した。
一応行けるかもしれないからと見学申請は美香から出していたが、まさか本当に観にくるとはである。
「美香の試合見終わったら帰る帰る。明後日の土曜日休日出勤することで、ちゃんと社長と話付けたから」
佐紀は小さなデザイン事務所に今年入った。元々大学時代からアルバイトしていた事務所で社員は皆顔馴染みだ。さらに、全員彼女たちの家庭が崩壊していることもよく知っていた。
事務所の社長は彼女たちの叔母の夫の弟という関係で、二人がお互いを助け合って生きてきたことを理解している。
「ちゃんと、社長さんにお礼言わないとダメだよ」
と美香が釘を刺す。佐紀は「はあい」と気のない返事をした。
「美香!」
と遠くからクラスメイトが彼女を呼ぶ声がする。
「あ、守備に行かなくちゃ!」
慌てて美香が駆け出す。振り向きざま大きく手を振った。秋人と佐紀も大きく手を振り返した。
試合は残念ながら美香たちのクラスは負けてしまった。しかし、なかなかにいい試合だった。特に美香は生まれて初めてのホームランも打てたし、かなりご機嫌だった。
「じゃあ、お姉ちゃん送ってくるね!」
と美香は秋人に声をかけた。秋人も一緒に行こうとしたが、遠くから秋人のクラスメイトが呼ぶ声がした。三試合目が始まるのだ。
「あとで応援に行くね!」
と美香が笑って言うので、秋人は素直に頷いた。いい1日で、とても幸せだった。
20分後、ぼろぼろの姿の佐紀が秋人の前に現れるまで。
「あ、秋人くん。美香、美香が…」
涙でぐちゃぐちゃになった佐紀を、秋人が顔面蒼白で抱き止めた。生徒たちがざわついたので、秋人は彼女を校舎の影に連れて行った。
「佐紀さん!美香は?美香に何があったの?」
おそらく殴られたのだろう、顔に酷いあざができて、口の端が切れている。
遠くから見ていた薫や桜子たちも駆けつけた。
「美香が連れて行かれたの」
その佐紀の言葉でその場の全員の空気がゾロリと変わった。およそ高校には似つかわしくない戦場のような空気が流れる。
「どんな奴らでした?」
怒りで声が出ない秋人に変わって薫が尋ねる。すると皆の予想外の答えが返ってきた。
「大学生みたいだった」
「え?」
その場の全員、当然救世来神教を想定していたので、思わず声が詰まる。
「男が5人くらいで急に襲ってきて美香を連れて行ったの。どうしよう!なんかサッカー部のなんとかって言ってた」
秋人の表情が消えた。
「薫、契約に抵触しないで美香に関わる方法ってある?」
薫は意識を元宮と結んだ契約魔法に向けた。その手に恐ろしいほど美しい杖が突然現れたので、佐紀は驚いていたが。
「・・・・・直接関与したというはっきりとした言動がない。今回は自動判定にしなかった裏を掻かれた。誰か元宮にアドバイスした奴がいるな」
薫が少し眉を寄せた。
「元宮は元宮建設の一人息子だ。もしかしたら、弁護士くらいは抱えているかもしれない」
少々相手をみくびっていたらしい。近年、魔法契約とその裏をかく裏技はイタチごっこを繰り広げている。
「美香を探さないと」
秋人が走り出そうとした時、佐紀がストップをかけた。
「咄嗟にだったんだけど、学生の一人の上着のポケットに私のイヤホンを入れたの。リンゴ社のブルートゥースのやつで、美香から就職祝いにもらったの。これを使って」
佐紀が自分のスマホを渡す。
『イヤホンを探して』
というボタンを押すと、高速移動するイヤホンの位置が確認できた。
「首都高」
ザワリと秋人の気配が変わる。
「お姉さん、スマホ借ります!マヌエルさん、冬由、佐紀さんの治療頼みます!!」
佐紀の手からスマホを受け取り、秋人が駆け出す。
「ひえ」
佐紀が思わず声をあげた。あっという間に壁際で、秋人は学校の高い塀を手も使わず飛び越えて消えた。
「うわ、はやい。俺じゃ追いつけない」
慌てて追いかけようとする薫を、桜子が肩に担ぎ上げた。
「桜子さん?!」
「ナビをよろしく!」
そのままの体制で桜子が駆け出す。
「うちの嫁にちょっかいだすとはいい度胸じゃないか!!」
と吠えた。
「ちょ、ちょっとま!確かに契約の痕跡は追えますけど、これはちょっと、流石に、桜子さん!!?」
と、薫の声が塀の向こうに小さくなって行った。
「レオネア様?」
「秋人の魔力型ならしっかり記憶しているから、私は瞬間移動できるわ」
ニコリとレオネアが笑った。
「どこかで止まるまで待ちます。お嬢さん、怪我をみるわ。女の顔に傷をつけるなんて外道のすることよ。わたくしはあまり得意じゃないけど、こちらのマヌエルは治療魔法が得意です」
佐紀はこの美しい女性が秋人の血縁で、美香にもとても親切にしてくれたことを妹から聞いていたので、いたく感動した。
「レオネアさま、その、こちらのお嬢さんは魔力がなさそうなので、治療魔法をかけると通常よりかなり魔力がかかるので、私おそらく魔力切れを起こして倒れるかと思うのですが」
マヌエルが青い顔で呟くと、氷のように冷たい瞳が返ってきた。
「治療魔法、得意ですよね? マヌエル(孫の義姉の前でわたくしに恥をかかせるつもりですか?)」
「は、はい」
涙目でマヌエルは頷いた。
「あいつら、私のこと囚人だって忘れてんじゃない?」
と冬由が呆れて呟くと、当夜が横で
「一応、俺がついてるからいいと思ったんじゃないかな」
「あんた如きで?」
冬由がひどく心外そうに不服の声をあげるので、当夜はちょっと傷ついた。
マヌエル「れ、レオネアさま、わたし、もうだめです」
レオネア「根性を見せなさい。それでもアルデバルダの戦士ですか!?」
マヌエル「・・・・もうしわけ・・」
レオネア「ち、つかえない」
佐紀「あ、あの、わたし、もう大丈夫ですから、ほんと皆さんにご迷惑を・・・」
冬由「ブレスレット外して、逃げないから」
当夜「さんきゅー」




