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3S探索者の代理人  作者: かんだ
第十二章 代理人、本命チョコをもらう

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5. ミドリ

「全然だめ」


 画塾の講師に言われて美香は俯いた。美大受験の為に1月から通い始めたのだが、今日の出来は我ながら最悪だったので、さもありなんである。

「心ここに非ずって感じね。今日はもうこれ以上やっても無駄だから帰りなさい」

「はい」

 講師の叱責を受けて美香はトボトボと帰路に就いた。



 今日は秋人は部活に顔を出さなかった。昨日のあの失礼な態度に気を悪くしたのかもしれない。謝りに行こうかとも思ったのだが、足が向かなかった。画塾があるのを言い訳にして結局秋人の教室に行かなかった。


 いや、本当は分かっている。

 たぶん、秋人が教室で楽しそうにしているのを自分は見たくなかったのだ。


 つい先日まで、秋人の秘密を知っているのは自分だけだった。秋人が学校で心を許して何でも話せる相手は美香だけだったのだ。でも、今は違う。秋人は息をひそめることなく、あの教室で自由に過ごすことができる。


 その事に嫉妬している。

 何という自分勝手。

 秋人にとって喜ばしい事なのに、こんな風にその事にがっかりしている自分が汚い人間になった気がして、美香は酷く落ち込んだ。



 俯いて歩いていたからだろう、曲がり角で思い切り人にぶつかった。

「ぎゃっ」

 相手が尻もちをついて地面に転がる。昨日の水たまりで彼女の服がかなり汚れてしまった。

「すいません!よそ見していて。大丈夫ですか?」

 美香が慌てて相手を助け起こした。

「あ」

「あれ?」

 相手は小山ミドリ、加藤法律事務所の会計士だった。



「いやあ、ごめんごめん。申し訳ないね」

「いえ、こちらこそ」

 ちょうど家の近くだったので、汚れた服を着替えてもらったのだ。幸い家で洗える服だったので、洗濯と乾燥が終わるまで自宅で休んでもらうことにした。


「元気ないね」

 ミドリの言葉に美香ははっとして、少し俯いた。

「秋人くんと喧嘩したとか?」

「いえ…喧嘩は…してないです」

 美香は弱々しく答えるしかない。喧嘩ですらない。百パーセント悪いのは自分だ。


「美香ちゃんは、秋人くんが探索者(シーカー)だって知ってるんだっけか」

「ミドリさんもですか?」

「そりゃあね。秋人くんの報酬の振込先を事務所に切り替えたりしてるし、何なら秋人くんの財産目録とかも作ったり、税金の手続きとかも私がしてるからね。奴らは本当にまったく手がかかるよ」

 Sランク探索者(シーカー)ってほんと報酬が天井知らずで、やってもやっても節税対策が追い付かないのさとミドリは笑った。


「色々相談されたりとかしてる?ちょっと色々常識ない子だけど世話かけてるかな」

 とのミドリの軽口に

「もう、私一人じゃないので」

 と思わず口にしてしまった。はっとして美香は口を押さえた。自分も今度薫に頼んで口止めの魔法をかけてもらうべきだろう。


「あー…」

 しかし、ミドリはそんな美香の様子を見て思うところがあるのか、がしがしと頭をかいた。


「美香ちゃん、今から私が話すことは誰にもナイショね」

 とミドリは出されたミルクティーを飲みながら小さな声で語り出した。



「私ね、実は薫のことが好きだったの」

「え?」

 びっくりして思わず美香は声を上げそうになり、慌てて口を押さえる。

 そんな美香の様子を見て、ミドリは「ふふふ」と笑った。とてもそんな風には見えなかったと美香は思った。


「薫とは中学校からの腐れ縁。薫が家族全員ダンジョン・ブレイクで亡くして、うちの町に越してきて知り合ったの。当時はもっと暗ーくてね。前髪めっちゃ伸ばして、顔を隠してたわ」

 当時から薫は恐ろしいくらい綺麗な子だった。そして騒動の種だった。


「その当時、私はガチのジャネーズオタだったの。なので、クラスで唯一薫に落ちてない女だった。だから、女子と組まないといけない場合は、奴はいつも私と組んでいた」

 ミドリは当時を思い返すと、今のふてぶてしい薫とのギャップに笑ってしまう。

「奴にとって、私は唯一普通に話せる女だった。いや、男も怪しいのがいたから、人間だったって言ってもいいかもね」

 ミドリは苦笑気味にそう囁いた。美香は黙って頷く。



「中学、高校と一緒だったけど、大学はね。私は奴と同じとこには行けなかったのよ。頭いいんだよねー。顔があれで、頭がソレとかマジでバケモンだよ。でもまあ、私は奴が大学に行っても社会人になってもずっと普通に付き合えるのは私だけだって思ってたんだ」

 痛い話である。

「そしたらまあ、びっくり。大学時代になんと親友も恋人も出来て、おまけに婚約したとか報告するんだから…もうさ、はあ?って感じで」

 ミドリはため息をついた。


「それで、その時初めて私は自分が薫のことが好きだったんだって気が付いた。誰にも理解できない薫を私だけが理解できてるって思って油断してた。いつか奴から告白してくれないかなーなんてアホなことを考えてるうちに、横からかっさらわれたわけ」

 その当時の自分の精神は恐ろしく崩壊していた。だから、若手アイドルにがつがつ投資して大変なことになっていた。



「おまけに婚約者がやーな女でさ。どこがいいんだよ、これのって感じの。奴はすぐに私の気持ちに気が付いて、鼻で嗤ってきやがった。まじでムカついたね」

 会計士として薫と仕事上のつながりはあったが、佐代子と薫の姿を見るのは辛かった。明らかに薫がないがしろにされているにも関わらず、彼が彼女を愛しているのが見るに忍びなかったのだ。

「そんでもって、あの事件でしょ」

 野田佐代子は薫を殺して事務所ビルを奪おうとしたらしい。正直なところミドリには理解できなかった。あの女が薫を手放すとは思わなかったのだ。あの女にとって薫を所有していることは、虚栄心の最たるものだったはずなのに。



「まあ、ザマミロだったわね。んで、そこで私はまた油断したんだよ」

 ミドリは深々とため息をついた。

「私は如月秋人という存在を見誤ったんだ」

 薫が秋人を引き取ると聞いた時、正直面倒なことを…くらいにしか思わなかった。見目のいい少年だったが、薫は恋愛対象は異性なので何も問題はないだろうと高を括っていた。


 しかし違った。

「薫の孤独はあの少年によって癒された。薫以上に何も持ってなかったあの子は、薫を全力で求めた。薫は家族を得た。ずっと昔に無くしてしまったものを取り戻したんだ」

 ミドリは薫の孤独に気が付いていた。けれどもそれを放置した。いつか時が解決するものだと思っていた。けれども違ったのだ。それは埋めることが可能だったのだ。深い愛情さえあれば。


「薫は孤独ではなくなった」


 そこからの薫の変化は早かった。蛹が蝶になるように沢山の新しい関係を築き、時にぶつかり、時に助け合って、そしてとうとう愛する相手を見つけたのだ。


「霧崎桜子さんはすごく素敵な人だ。見た目だけじゃなくて中身も。薫の外見に左右されない、肩書にも左右されない。薫の一番大事なところをよく分かってる。私が中学生からコツコツ築いてきたものをあっというまに飛び越えてしまった」

 ミドリはこの前事務所で桜子を紹介された。彼女はおそらくミドリの気持ちに気が付いただろうが、何も言わなかった。何もしなかった。

「初めまして」

 と右手を差し出してきた。握った手は温かく、鍛錬でごつごつしていたが、苦労をものともしない強さがあった。

「お似合いだった」

 ふうっとミドリはため息をつく。佐代子には負けたと思えなかったが、相手があれでは完敗だ。


「何が言いたいかと言うとだね…」

 ミドリは一つ言葉を区切った。


「私はもうこの気持ちを言葉にすることは出来ない。薫に好きだとは言えない。この気持ちが消えるか、上書きできるその日までね」

 ミドリはつっと顔をあげ、美香を見つめた。


「美香ちゃんは、まだ間に合うと思うよ。私からのアドバイスはそれだけ」

 そう寂しそうに笑った。

ミドリ「ところで、美香ちゃんは薫には一切興味ないの?」

美香「え?ないですけど」

ミドリ「それはそれで凄いな。だいたい薫の顔見た女は90パーセントの確率で彼氏の事とかどうでもよくなるんだけど」

美香「こわっ」

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