5. 報告
流石に存在自体を黙っているのは申し訳ないだろうということで、薫は急遽後藤にアポを入れた。Sランクの探索者からの正式な要請だったので、後藤はすぐにスケジュールを調整した。
ギルドマスターは多忙なのだが、そこは秘書が頑張って針に糸を通すようにスケジュールを調整した。彼らは如月秋人に心酔しており、その彼を守ってくれた薫には最大級の敬意を表している。さらに、前回は霧崎桜子の救出にも成功し、現在は彼女の婚約者だ。おまけに彼自身もSランクの探索者である。
こんな人物を大切にしないギルド職員は潜りであるというのが彼ら彼女らの認識だった。ようするに、ギルド職員にとって神崎薫は現在、文字通り『神』である。
約束の時間10分前に到着した薫は、いつになく丁寧に、下にも置かない扱いでギルドマスターの部屋に通された。先日までとの扱いの違いに薫が戸惑っていると、後藤がやってきた。
「後藤さん、この前の私が誘拐された時も今回の会見もお手数おかけしました」
薫は改めて頭を下げた。
「いやいや。無事で何よりでした」
後藤も苦笑いである。薫が誘拐されたと聞いた時は本当に肝が冷えた。電話越しに聞こえてきた秋人の声色を思い出すだけで、身震いする後藤である。さらに先日の会見の時に協力を求めてきた秋人の雰囲気は言葉に言い尽くせない迫力だった。
「しかし、まさか東京全体で迷宮探索使うとか秋人くんは相変わらず規格外ですな」
「ええ、本人的にもかなりキツかったみたいですけどね」
薫も大きく頷く。
あれは、秋人が薫の魔力の型をよくよく知っていたからできたのだと。本人からは後から説明を受けた。ちょっと知ってるくらいでは無理とのこと。
「それくらい、秋人くんは貴方の存在を常に確かめてるってことでしょうね」
後藤の言葉に薫は形の良い眉を寄せた。薫が消えたと聞いた時の秋人の反応も後から当夜と桜子から聞いている。
おそらく後藤も知っているのだろう。少しだけ咎める様子で薫に言った。
「自重してくださいよ。あなたの存在は今や如月秋人の安全弁だ」
「承知してます」
先日の会見の時のあれこれも含めて、今では薫の存在が国防を左右するとギルドでも政府でも認識されつつある。それだけ『如月秋人』の価値が大きいのだ。そして、その彼がまだ10代のセンシティブな子供であること自体が、大きな不安要素であることも。
「ところで、今日はどのようなご用件で?」
後藤が秘書が置いて行ったいつもより数段上等のコーヒーを飲みながら尋ねる。薫は慎重に言葉を選んだ。
「えっとですね、浅草にダンジョンを発見しました」
「は?」
浅草のある台東区は東京23区で唯一一度もダンジョンが出現していない、今や最高級の地価がつく場所である。後藤の口元が歪む。日本の経済に影響が出かねない内容に頭を抱えた。
「いつ出現したんですか?」
「おそらく、16年以上前です」
「はあ?」
後藤が目を見開く。
「えっとですね。私の家の地下がですね、ダンジョンでした」
後藤の顔から表情が抜け落ちる。
「はあああああ?」
と彼が大声をあげても仕方ない事態だよな…と薫は遠い目をした。
薫は淡々と説明をした。
家の地下にダンジョンがあったこと。実は例の結界はそこから来ていたこと。最近加藤の部屋を整理していてその説明を見つけたこと。確かめたら本当だったこと。かなり安定していて現状問題はなさそうなこと。入るのには結界を抜ける必要があり、現在は薫が同行しないと誰も入れないことなど。
後藤は黙ってその説明を聞いていたが、ふうっと息を吐いた。
「どこまで本当ですか?」
「うーん」
やはり誤魔化されてはくれないか…と薫は苦く笑う。
「対外的にはそれでいいです。ある程度本当の事を教えてください。全部とは言いません」
流石探索者ギルドのトップで死線を潜り抜けてきた猛者である。薫もこの説明で納得してくれるとは思っていなかった。
薫は消音の魔道具を机の上に置いた。後藤もチラリと天井を見る。薫は次のカードを切った。
「私の事務所の前の所長、加藤哲也が秋人のご両親の戸籍を作成する時の保証人だったことは、以前にお知らせしましたよね?」
「はい、聞いております」
「その線でもう少し頑張って調べてみたんです。加藤の顧客リストからは消えていましたが、どこかに手掛かりがないかと」
薫は少し間をおいて続ける。
「秋人のご両親が如月姓を名乗ったのはとある探索者の養子になったからです。彼の名前は如月四季。結界魔法では知る人ぞ知るエキスパートで、加藤の古い友人でした」
後藤が息を飲んだ。四季のことは何となく覚えていたが、あまりランクの高い探索者ではなかったと記憶している。
「彼がとあるダンジョンで大怪我をしたことで、秋人のご両親は多額の医療費を稼ぐ必要に駆られた。それで、彼らは探索者になったのです。残念ながら四季は他界しましたが、彼らは四季の生涯の研究である『ダンジョンを永久機関にしてエネルギー供給をする』を実証しようとしました。それで、うちの先生に相談したようです」
「嫌な予感がします」
後藤の顔が引きつる。
「そこで、うちの先生は買ったばかりのビルの地下を提供しました」
薫がちらっと後藤から目を反らす。
「秋人のご両親はそこにダンジョンを作り、四季の実験を成功させました」
「つまり?」
「そのダンジョンは人工物で、作ったのは秋人のご両親と私の師である加藤哲也で、ダンジョンは永久機関としてエネルギーを供給し続けています」
がっくりと後藤が項垂れる。
「公表…しない方向でいきましょう。神崎先生、申し訳ありませんが私を契約の門をかけて縛ってください。色々とヤバすぎます」
「すいません。本当はここまで話さないで済ませたかったんです」
薫が頭を下げる。後藤は大きく首を振った。
「話せと言ったのは私です。これでも一部なんですよね?」
「はい」
「聞くのが恐ろしいですが、もしかしてこの前からチラチラでてきている支配の指輪の組織、絡んでたりします」
「ええ、かなり」
痛恨の顔をして後藤は呻いた。
「組織の名前は判明しましたか?」
「救世来神教」
薫の返答に、後藤は静かに頷いた。
後藤「しかし、先生は本当に何というか弁護士なんて堅い職業の代名詞みたいなもんなのに、なんでこう次から次へとトラブルに巻き込まれてるんですかねぇ」
薫「私が呼んでいるんじゃなくて、巻き込まれているという認識であることは評価します」
後藤「いや、だってあなた信号待ちしてるだけで、5人くらいストーカー作ったことあるでしょ」
薫「俺も認識疎外のサングラス作ってもらえないかなぁ」




