第三話〜白銀の戦い〜
「ふぅ…美味しかった」
夕食のパスタを堪能した後、独り宿へ向かいながら夜風を感じる。空に浮かぶ三日月を眺めながら静寂で穏やかな街を歩いていく。戦場の熱は引きつつあったが、体はまだ昂ぶったままだった。
──物足りない。
オーガ・キングとの戦いも、結局は一方的なものだった。技術による戦術を使うまでもなく、力くらべで終わってしまったからだ。心のどこかでもっと強敵との戦いを求めている自分がいる。だが、戦場はそう簡単に都合よく現れるものではないこともイーリスは知っていた。
「……まあ、気長に待つか」
そう呟いて宿へ向かおうとした瞬間、路地の奥からかすかに誰かの嗚咽が聞こえてきた。
「お願い……誰か、助けて……!」
イーリスは足を止め、声のする方へと視線を向ける。そこには一人の女性が膝をつき、震えていた。彼女の体は痩せ細り、薄汚れた服にはところどころ破れが見えた。頬はこけ、目は腫れ上がって赤くなっている。まるで 絶望に囚われた者のようだった。イーリスはため息をつきながら近づく。
「……どうしたの?何かあった?」
声をかけると、女性は驚いたように顔を上げる。白銀の髪に白と黒の軽鎧──その姿を見た瞬間、彼女の目に 微かな希望が宿る。
「白銀の……!えっとその、わ、私の娘が……! 娘がいなくなったんです!」
イーリスは無言で続きを促す。女性は涙を拭い、震える声で話し始めた。
「私は……借金をしていて……」
*
女性は庶民だった。夫は病で亡くなり、娘を育てながら細々と働いていた。その中でどうしてもお金が足りず、やむを得ず借金をした。毎月、なんとか返済を続けていた。だがある日、取り立て人が態度を変えた。
『こんな額じゃ話にならねえ。今後の返済額を倍にする。文句は受け付けねえぜ?』
当然、そんな大金を払えるはずもない。女性は必死に交渉した。だが男たちは冷たく笑いながら、次の言葉を告げる。
『払えねえなら、ガキを担保にしろ』
その瞬間、女性の血の気が引いた。
「そんなの……そんなの、できるはずがない!」
彼女は泣いて懇願した。返済額を減らしてもらえないか、もう少し待ってもらえないか。しかし──
『……まあ、よく考えとけや。次の支払い日までにな』
男たちは嘲るように笑い、その場を去っていったのだった。
*
「娘が……いなくなったんです……!」
そして事件が起こる。仕事を終えて帰宅すると、家の中は荒らされていた。倒れた家具、砕けた皿、床に残る引きずられた跡。それはまるで、何者かと必死に抵抗した痕跡 のようだった。
「お願いです……助けてください……!」
女性は泣きながらイーリスの腕を掴む。
「たった一人の娘なんです……あの子がいないと、私は……っ!」
イーリスは無表情のまま、彼女を見つめていた。特に同情を浮かべることもなく、ただ静かに考えているようだった。
そして──
「……分かった」
短く、それだけを言った。
「つまらない戦いは嫌いだけれど、人が悲しむのはもっとつまらない。明日にでも冒険者協会に顔を出すように」
女性が顔を上げたときにはすでにイーリスは踵を返し、夜の闇の中へと消えていっていたのだった。




