第一話-運命の観測者-
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
暗がりの中、少女がぽつりと呟いた。
静寂に溶け込むその声は、まるで誰かと対話しているかのようだった。
「ごめんね、部屋汚くて。掃除しようとは思ってるんだけど、いかんせんやる気が起きなくてね?そういうこと、君もあるでしょう?」
部屋は狭く、窓もない。
四方の壁は黒く塗りつぶされ、古びた天井の灯りは今にも切れそうに明滅している。僅かに揺れる薄暗い光の中、散乱する酒缶やコンビニの弁当の空箱、読みかけの小説、転がるリモコンが雑然とした生活の跡を見せていた。しかし、その空間には 生気がない。まるで、ここはただの 空虚な箱 であるかのように。
「私かい? 私は……そう、私は運命の観測者」
少女は小さく笑い、白銀の長い髪を肩の後ろへ流した。
光が届かないため、顔はよく見えない。
だが、ソファに身を沈める小柄なその姿は、どこか この世界から浮き上がった存在 のように見えた。
「君と共に世界を観測する者だ。君も好きだろう? 人が織りなす物語が」
少女の問いに応じる声はない。無音の部屋に、彼女の言葉だけが響く。しん……と静まり返る空間。それを気にする様子もなく、少女はテーブルに伸ばした手でポップコーンの箱を拾い上げる。指で軽く弾くと、ポップコーンがひとつ宙に舞い、彼女の口元へと消えた。
「今この人誰なんだろうって、そう思ったかい?」
くすくす、と笑う。口元に浮かぶ笑みは軽いが、その声には 孤独の色 が混じっていた。
「仕方ないんだよ。運命の神は私に配役をくれなかったからね」
少女はくたびれたソファへ体を預け、テレビのリモコンを手に取った。ボタンを押すと、古びたテレビが小さく唸りを上げ、画面がノイズ混じりに光を灯す。
「だから私はこうして退屈しのぎをするしかないんだ」
足元に転がった空き缶が、彼女の小さな動きに合わせてかすかに転がる。画面に映し出される映像はまだ定まらない。けれど、彼女はその瞬間すら 愉悦のように楽しんでいた。
「この物語は長いから、共に見てくれる人が欲しかったんだ。さあ見ようか」
ポップコーンをつまみながら、少女は画面へと視線を向ける。
「この不完全で、不条理な世界の物語を──」
彼女の声が響いた瞬間、テレビの画面が 闇を切り裂くように光を放った。
「どんな物語が見れるのか、楽しみだよ」
運命の観測者は、微笑む。その瞳に、未だ見ぬ結末を映しながら──。