第8話
遠くから鐘の音が聞こえる。こんな森の奥に住んでいるのにいつも聞こえる、町の大きな時計台の音だ。一時間に一度鳴る鐘の音によって、時間の経過に気づくことが多々ある。
つい先程まで読んでいた小説に栞を挟むと、机の上に置いた。大きく伸びをしながら、固まった身体をほぐしていく。
机の上に置いてある時計を見ると、午後1時を指していた。まだこんな時間か……。小説を読んでいれば、少しは時間が早く過ぎてくれるのではないかと思ったが、そうでもなかったみたいだ。
まあ、それほど真剣に読んでいなかったことが原因かもしれないが。
机の側に立て掛けておいた杖を握ると、それを頼りに立ち上がる。最近は杖がないと、なかなか歩けなくなってしまった。
愛する妻は数年前に先立ち、寂しい生活。体が衰えていくのも仕方がなかった。毎日が孤独で、そしてつまらない。こんな事なら、私にも早く迎えが来ないものか……日々そんなことを考えながら生活を送っていた。
重たい身体を杖で支えながら、外に出る。振り返って自分の家を見るが、人が暮らしているようには思えない。つるで覆われたこの屋敷。中も掃除が行き届かず、ボロボロだ。一人で住むには大きすぎる屋敷だが、他に住む宛もなく仕方なくここで暮らしているのだ。まあ、もうじきこの家からは誰もいなくなるだろうがな。
「……おや?」
ゆっくりと歩みを進めていると、地面に何かが落ちているのが見えた。側に行き、それが何かを確認する。
「……ひどく弱っている、可哀想に」
そこには、羽から血を流しぐったりとしている2羽の小鳥がいた。夫婦なのだろうか、寄り添ってお互いを守ろうとしているように見えた。
このままにしておいても可哀想だと思い、そっと手のひらの上に乗せるとすぐに家へと引き返した。もしかすると助かるかもしれない。そんな少しの希望を抱きながら、歩みを進めた。
***
2羽の小鳥を拾ってから、3週間が過ぎていた。私の部屋は以前より、とても賑やかになっていた。
すっかり元気になった小鳥たちは、私の部屋を飛び回っている。実は、元気になった2羽を森に返そうとしたのだが、私の肩から離れなかったのだ。見事になつかれてしまったようで、一緒に暮らすことにした。特に名前をつけることもしなかったが、私の肩から離れないその小鳥たちに愛着が沸くのは自然なことだった。
そんな幸せな日々を送っている、とある日のことだった。
私の人生を大きく変える出来事が起こったのは。
いつものように2羽を肩に乗せ、外に出た時のこと。以前小鳥たちが怪我をして倒れていた場所に、また何かが落ちていたのだ。しかし、以前と違ったのは、それが生き物ではないということだった。
「……誰かの忘れ物なのかもしれないな」
そこに落ちていたのは、1冊の本だった。タイトルも何も書かれていない真っ白な本で、ページを捲ってみたが、中にも何も書かれていなかった。
「何だこれは」
全てが真っ白な1冊の本。文字が消えたような感じでもない。むしろ新しい感じがする。どうしてこんな本が、森の奥に落ちているのだろうか?
不思議に思ったが、とりあえず家に持ち帰ることにした。小鳥たちは何かを知っているのか、さっきからやけに鳴いている。言葉が分かれば楽しいんだろうけどな。そんなことを考えながら、いつもより早足で家へと向かった。
***
自室に戻り、椅子に座ったところで1つの結論に至った。この本は、小説ではなく日々の記録をする日記帳のようなものではないかということだ。そうすれば、タイトルもなく、文字も書かれていない、真っ白な状態にも説明がつく。
日記なんて久しくつけていない。部屋のとある棚からペンを取り出すと、1ページ目に書き込む。
『そろそろ話し相手が欲しいものだ』
久しぶりに書いた文字。バランスが取れておらず汚いのが自分でもよく分かる。以前は、もう少し綺麗な字が書けていた筈なのだが……。まあ、それは良いことにしよう。
他に書くことも思い付かず、そのままペンから手を離し日記帳も閉じようとした時ーーーー
「ーーーー話し相手ならここにいるじゃないですか」
「そうですよ!ご主人様っ!」
両方の耳元からそう声が聞こえてきた。透き通った綺麗な声が。
そして、バサバサッと羽音がしたかと思うと、小鳥たちがその日記帳の上に乗っていた。そして、私の方を見ながら嬉しそうな表情を浮かべている。
「これで、ようやく感謝の気持ちが伝えられます!」
「あの時は私たちを助けてくださって、本当にありがとうございました!」
「……は?」
いまいち状況が理解できず、言葉が出てこなかった。どうして小鳥たちが普通に話しているんだ?しかも、今までは全く分からなかったのに、今になって突然だ。
「どうして……喋っているんだ?」
「え?どうしてって……」
「それはご主人様が望んだからですよ?」
「え?」
私が望んだ?待ってくれ、何を望んだって言うんだ?
「もう!とぼけるのもいい加減にしてください!ご主人様は、ついさっき望んだでしょう!?」
「この本に書いてあることが何よりも証拠です!」
小鳥たちが本の上からどいてくれたので、もう一度自分が書いた文字を眺める。先程と全く変わらず、汚い文字で『そろそろ話し相手が欲しいものだ』と書いてある。
確かにそう望んで日記に記したが……。
……待てよ。つまり、望んだことが現実になったということか……?
話し相手が欲しいと日記に記したから、小鳥たちが話すようになった。いや、正しく言えば小鳥たちの言葉が分かるようになった……そういうことか?
「ようやく理解していただけましたか?」
「……ああ、少し」
「ご主人様、これはきっと神様からのプレゼントですね!死にかけていた私たちを見捨てずに助けてくださった、その優しい姿を神様は見ていたんですよ!」
「……はあ」
「つまり、この本はーーーー」
「「ーーーー何でも願いが叶う本、魔法の本なんですよ!!」」




