苦しみは続く
夜中になると気分が良くなるのです。不思議だよねぇ。
生きているんだ。そう感じる事が出来なくなると私は死のうとする。
死は生の相対的位置に存在し、自分が命ある者だと示してくれるからだ。
生きていたい。そう思った事は、もうここ数年感じていない。死にたい。そう思っても、生きている事への喜びを感じる事が出来ない。
静への執着心。暗への執着心。暗がりを好み、静かな空間を好む。
けれども世界は残酷で、私の身近の世界に静と暗は殆ど存在しない。
生きている事=苦で、結び付けてはいけないのだろうが、生きている私は、存在していても仕方のない人間だと感じてしまう。
精神安定剤は死への欲望を抑制する薬ではなく、精神的興奮状態に陥る事を抑制する薬であって、死への願望の絶えない私にとって、有効な薬であるとは言い難い。
コミュニケーションもサイトやメールを通しての活字交換なら可能なのに、言語でのコミュニケーションには恐怖を感じる。
生きていてもいなくても、存在していてもいなくても、世界はこの小さな命の事なんて知らんぷりの筈なんだ。
それなのに、私は死を望みながら、死が恐い。だからこそ、生があり、生が存続し続けるのかもしれないが。
世界は残酷だ。世界は残忍だ。死にたくない命をいとも容易く奪い去り、死にたい命は死すべき事を許さない。
私はまだ、誰かに必要とされているのだろうか。
この無限ループはいつまで続いていくのだろう。
苦しみは……。まだ、続く。




