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気象予報士 【第1部】  作者: 235
仕事、そして問題解決
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 まさか、と思った。

 自分の目を疑って、何度も胸元の結晶の反応を確かめた。

「っ、頼むから、やめてくれ」

 彼女だけは、やめてくれ。

 


 ベースを出てから、結晶の反応の強い方に向かった。

 反応の一番強い所で、待ち構えていると、いつのまにか、近くに具現化した人間の思念が現れる。それがいつものパターンなのに。

 急に結晶の光が弱まって、何かおかしいと感じたのだ。しばらく辺りを歩き回ると、信じられない事に、ベースの方向に向かうにつれて、どんどん光が強くなった。

 無事でいてくれ、と祈りながら、レンガ作りの建物に向かって走る。たどりついて、玄関に向かって、庭を通り抜けようとしたら、何かの違和感。


 芝生から、ところどころ、土が見えている。

 プランターが、いくつか倒れている。

 玄関の扉が、開け放されている。


 急いで胸元に目をやると、先程示していた光よりも、反応が弱くなっている。

 違う。ここではない。

 ほっとして、息をついてから、気付く。

 

 何故、玄関の扉が開いているのか。

 何故、風もないのに、プランターは倒れているのか。

 

 勢い込んで、部屋の中に入る。笑って出迎えてくれる人間は、どこにもいなかった。二階にも、緋天が入った事のない、ベリルの部屋にも。

 

 どこにも、いない。

 

 

 

 

 木が密生する、森の入り口。

 半透明の怪物と、その腕に絡め取られた緋天。

 どうして、と。嫌だ、と。


 何物にも、彼女を害して欲しくはない。


 今それを思っても仕方がないのに。それでも、そう思わずにはいられなかった。

 遠めに見ても、その腕の中の緋天は、ぴくりとも動かない。

 冷たいものが全身を駆け巡って、立っていられるのがおかしく感じてしまう。

 

 既視感。

 こんな、雨の日に。

 人生が、反転した。

 大事なものを、奪われたのだ。


 あの時と違う事は、ひとつ。

 彼女はまだ消滅していない。


 何かに操られたかのようにナイフを投げる。

 自分の体を怒りが支配していて。それがナイフを投げ続けていた。許さない、緋天を奪うことは許さない。神に祈ることはしなかった。過去に祈った時は、あっさりと無視されたのだから、きっと自分の願いなんて聞き入られることなどないのだ。それならば、自分で奪い取ればいい。


 正確に。操られていても、動いているのは自分の体だから。

 機械的にすりこまれた、ナイフを投げる技術。それが、今の自分には備わっていた。雨を処理する能力が。

 

 

 

 

 またたく間に雨が結晶化していくけれど、それを見届けることすら、もどかしかった。

 地面に投げ出された緋天に駆け寄る。

 彼女は自力で起き上がって。呆然とした表情を見せた。


 それを見たら、不覚にも涙が出そうになって。

 

 

 

 

「・・・怪我はないか?」

 音に出したそれは、自分でもおかしいと笑えるほどに。低くかすれて、不安定なものだった。もう少しで、震えてしまう。指先を揺らす、その動揺を隠し、そして。

 緋天に近寄りながら腕を伸ばすと。びくりと彼女の肩が震えて後ずさる。

 うつろな目をした緋天の肩に触れようと、また手を伸ばして、もう一度声をかけた。

「・・・おい」

「やっ!!」 

 自分の手が、緋天の腕に触れた。

 その瞬間、彼女は腕を跳ね上げて、こちらの手を払いのける。自分を拒否する。触るなと、言わんばかりに。

 

「やぁっ、いやぁ!」

 腕を振り回して、後ろへ逃げようとする彼女。

「・・・落ち着け、俺だ」

 パニックを起こしているのだ、とようやく理解して声をかける。

 それは今までに出した覚えのない、優しい響きを伴っていた。それを耳にして、どこか遠くの、ずっと昔の何かを。自分の中に呼び寄せた気がした。忘れていた、何かの欠片が戻ったような。

 

 手を伸ばして、緋天を腕の中に閉じ込める。

 そんな風に怯えないで欲しい。自分を見て欲しい。

「・・・緋天。俺だ」

 回した腕から逃れようと暴れていた緋天の体から、力が抜ける。


「落ち着け。もう何もいない。お前を傷つけたりしない。怖くない」


 ああ。

 きっと、これは。自分に言い聞かせている。

 傷つけないから、傍にいて。柔らかな何かが、体の中で生まれているようだった。どこまでも優しく、落ち着いた気持ちになって。

 抵抗をやめた彼女に安心して欲しかった。


「・・・そう、う、さん」  

 

 自分の腕の中で、静かに涙を流す、その存在が。

 たまらなく、愛しくて。

 体の奥に眠る、暗い衝動も、今はどこにも感じない。

 

 大粒の雨が、いつのまにか、細かい霧に変わっていた。


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