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「緋天ちゃん? あなたが寝てる間にね、会社の、ベリルさんって方がみえたわよ? かっこいいわねー、外人なのに日本語ペラペラで。お母さん、あの人となら浮気しても悔いはないわ」
夜になって、目が覚めた。頭が働かない。
ベリルとは、誰の事だったろうか。
「・・・え? ベリルさん?・・・・・・えっ!! 何で起こしてくれなかったの!?」
「だって、あなた、うなされて寝てたじゃない」
「・・・っ」
「あら、やだ、どうしたの? 泣いたりして。今日はもう寝なさい」
誰かに話して、気持ちを整理したい。ベリルなら、それを助けてくれる。
漠然と、それを思った。泣きすぎて、頭が痛い。
何をこんなに泣いているのだろう。何がそんなに悲しかったのだろう。蒼羽の憤った表情や、冷たい声色が、頭から離れなかった。
「・・・そうですか。いえ。こちらは構いません。ええ。ゆっくり休んで下さい。はい、失礼します」
月曜の朝。
緋天の家に電話をすると、頭のどこかでは予測してはいたが。彼女の熱が下がらない、と母親に言われた。それを蒼羽に伝えるのは、ひどく気が引けて。
「蒼羽。緋天ちゃん、大事を取って今日は休むって。本人元気らしいんだけど、お父さんが休めって言い張ってるんだって。面白いねえ」
「・・・嘘をつくな。具合が悪いんだろう?」
「・・・本当だってば」
蒼羽はめったに見せない疲れた顔で、今日も仕事に出る。
間の悪い事に、今週は天気が悪いらしい。雨が降るか、降らないか、微妙な曇り。蒼羽の仕事がまた増える。ドアの向こうにどんよりした空が広がっていた。
早く良くなろうと、もがけばもがくほど、どういうわけか熱が下がらない。
あまり良く眠れなくて、嫌な夢を何度も見る。起きてもその内容はほとんど忘れているのだけれど。怖くて怖くて気が狂いそうだった。そのたびに、涙があふれて、自分が本当に小さな子供に戻ったように思えた。どうして泣いているのか分からなくて、それから、ベリルに話を聞いてもらうのだ、と思い至る。
こんなに体が弱っているのは何故だろう。栄養をつけようと、何か口にしても、夢を見た後は気分が悪くて吐いてしまう。蒼羽がこうしている自分を知ったら、どう思うのか。
また、あの冷たい声で、体調管理くらいできないのか、とでも言うだろうか。
火曜も水曜も。緋天の家に電話をしたら、やっと眠り始めたから寝かせたい、と母親が答えた。どうやら夜中にうなされているようで。食べた物も戻してしまう、と少し元気のない声で言っていた。
蒼羽は淡々と仕事をこなしていて、以前と全く変わりなく働いていたが、その顔に生気がなくて。彼を見た者を不安にさせた。
何が。どうして。
それを聞こうにも、当人たちが話をできる状況ではなく。ただ見守るだけしかできない自分が歯痒かった。もっと気をつけて見ているべきではなかったのか。安易に彼女に蒼羽を任せてしまったのは失敗だったのだろうか、などと。自問する時間だけが増えて。
焦りだけが、積もっていく。




