表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気象予報士 【第1部】  作者: 235
暗闇に堕ちる
30/43

30

 普通じゃない、と思った。


 昨夜の蒼羽は、自分の推測に始めこそ反応を見せたものの。

 途中で視線を外してうつむいた。

 こちらの言った事に、反応せず。黙ったまま、顔を上げない。

 

 下を向いたそこから、ひとつ。

 涙がこぼれ落ちて、固まりかけた赤い血と混ざり合ったのを目にしたのだ。


 蒼羽が、自分の前で涙を見せたのは何年ぶりだろうか。

 しかもその理由は、彼が自分にもらした言葉から判断しても、たいして気にするような内容だとも思えなかった。

 何か隠している。何か、蒼羽が涙を落とすほどの何か。


 取り返しのつかない事が起こる前に、とりあえず、蒼羽が謝るきっかけを。緋天に対して抱えた不安を、解決するきっかけを。

 そう思いついて、教えられた携帯電話の番号に、電話をかけたのが、一夜明けた、今日、日曜の朝。何度かけても、呼び出し音が鳴るばかりで。自宅の電話にかけても、それは同じ。

 焦った気持ちを落ちつかせながら。午後になって、休日の予定だった門番をつかまえて留守番を頼んで。

 

 緋天の家を訪ねた。

 


 

 

「本当に申し訳ありません。私の落ち度で、大事な娘さんに怪我をさせてしまいました」

「いえいえ、いいんですよ。あの子が勝手に捻挫したんでしょう? そんなに丁寧に謝られたら、こちらが申し訳ありませんわ」

「緋天さんのお加減はいかがでしょうか?」

「それがね、足が熱を持ったせいで、寝つけなかったみたいで。体の方にも熱がまわっちゃって。朝、様子を見に行ったら、うなされていたの。熱が高くて心配になったから、病院に連れて行ったんですよ。あ、嫌だ、誤解しないで下さいね、責めてる訳じゃなくて。あの子があんなに熱を出したのは、久しぶりでね、それが可愛くって。小さい頃に戻ったみたいで楽しいんですよ」

「・・・そうですか。じゃあ明日はお休みされた方がよろしいですね。では、私はこれで失礼致します」

「わざわざ来て頂いてありがとうございます。あらっ? えっとベリルさん? そのピアス。あの子と同じなの?」


 頭を下げて、帰ろうとした自分の左耳に、緋天の母親が目をとめる。

「・・・ああ、これは、うちの会社で流行ってましてね。若い連中で同じ物をつけようと、以前作った物なんです。緋天さんが入社した時に、記念に差し上げたんですよ」

 口から咄嗟に出てきたその言い訳に、彼女は嬉しそうに笑う。

「あら、楽しそうでいいわねえ。あの子、それを外そうとしないんですよ。その前につけてた青いのもきれいだったけど、それもお気に入りなのかしら? 昨日の夜、怖くて自分じゃ外せないって言うから、外してあげようとしたの。そしたらね。これは、外してくれる人がいるから取らない、って言うんですよ。変な子でしょう? これからもうちの変な娘をよろしくお願いしますね。うふふ」

 おそらく。

 緋天が口にした、ピアスを外してくれる人というのは、蒼羽の事なのだ。

 こんなにお互いが惹かれあっているのに。

 何故、こんな事になってしまったのだろう。

 




 緋天と話す事ができずに、母親だけにあいさつをして帰ってきた。何も分からないまま、一日が過ぎてしまった。


 蒼羽は、貴重な人材なのだ。

 こんなことで、失えない。


 そんな建前もあった。

 けれど、家族のように慕っていた友人の、大事な忘れ形見を。


 感情の起伏が浅いまま、何も取り返せずに放置してしまったのは、自分だ。何かに傷ついて怯えている獣のようでもあるのに、そんな彼に、仕事をさせているのは自分だ。朝、蒼羽は暗い目をしながらも、目を離せないアウトサイドがいるからと、疲れた顔で仕事に出かけて。帰ってからは、黙って夕食を食べて、すぐに自室に入ってしまった。


 他人に無関心な蒼羽が、緋天と接して変わり始めた。

 いい傾向だと思ったのに、たった三日で、歯車が噛み合わなくなって。

 今、壊れかけている。

 

 鍵は緋天だ。

 彼女の回復を待つしか、今は何もできない。


 もう大人だと思っていたのに。

 蒼羽が、もろく、弱い、小さな子供に見えてしょうがなかった。

 だから、今、自分はこんなに焦っているのだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ