二百九十七話「招待」
「このような下民に軽々しく名乗るなんて……あなたは一体何を考えているのですか?」
スタリシア王国の貴族四大名門が一つ、能力『電気』の一族、サウス家当主のバーナ・サウス。
雷沢たちを囲む騎士たち、その隊長によって紹介されたその女性。
年齢はおそらく40代後半、派手な服で着飾り、指には大きな宝石の付いた指輪をいくつも付けているが、その一つ一つの主張が強くまとまっていないせいで、ずいぶんと攻撃的に見えてしまう。
「この世界でもいるのね、ファッションに金をかければかけただけ偉いと思っているような人って」
彩香が周りに聞こえないようにぼそっとつぶやいた。
不興を買った隊長は慌てて弁明する。
「いえ、その、ライサワ様は下民などではなく」
「言い訳は無用よ。これまでご苦労様、今すぐ隊長の座を降りてもらえるかしら。追って処分は――」
「ま、待ってください! お願いします、少しでいいんです! 話を聞いてもらえませんか!!」
「ワタクシの話を遮った。不敬ね……不敬よ。全く、このような者が護衛隊長を勤めていたなんて嫌になるわ、さっさと新しい者を――」
「ライサワ様は当主様と同じ『電気』の能力をお持ちです!!」
「…………………………は?」
埒が明かないと見た隊長は、無理矢理流れを断ち切ってでもその情報を当主バーナに伝える。
「今……何と言いましたか?」
目に見えるほどの動揺を浮かべる当主バーナ。
「ライサワ様、もう一度能力を発動してもらっても構いませんか!?」
「………………いいだろう」
雷沢は黙って逡巡した後にうなずくと、能力『電気』を発動してみせる。
「……っ!?」
バーナの反応は劇的だった。目を見開いて、雷沢の帯電した腕に注目している。
「やはりこの能力……どうですか、当主様!!」
隊長もなにやら興奮した面持ちでバーナに呼びかける。
「…………くははははっ! まさか……このような奇跡があろうとは!! なるほど、なるほど! 大手柄です! 先ほどまでの態度は不問に記しましょう!」
「はっ!」
バーナの恩赦に敬礼を持って答える隊長。
「そこの……ライサワといいましたか。これまでの下民呼ばわり、誠に申し訳ありません。お詫びといっては何ですが……今宵、ワタクシの館に来ませんか? 十分なもてなしと良い話をふるまいましょう。……ええ、ワタクシにとってもあなたにとっても良い話をね」
バーナの雷沢を見る目が見下しから変わっている。敬意を払っているように端からは見えるが……。
「……………」
雷沢はその奥にある感情も読み切っている。状況を冷静に分析して口を開いた。
「いいでしょう。ですが、一つだけこちらからも頼みがあるのですがいいですか?」
「何なりと。ワタクシに出来ることなら何でも叶えましょう」
「こちらの二人も一緒に招待してもらってもいいですか?」
「二人……?」
雷沢が指した恵梨と彩香の二人を見るバーナ。それはまるで二人のことが見えていなかったような反応で……いや、実際雷沢が言い出さなければ眼中にも無かったのだろう。
「まさか……その二人は……?」
「いえ、違います。この二人は用心棒です。近頃は物騒ですからね」
「「え?」」
いきなり用心棒呼ばわりされた恵梨と彩香はポカンとなる。もちろんそのような関係性になった覚えは毛頭ない。
「私たちは……」
「待って、恵梨」
文句の一つでも言おうとした二人は、雷沢がバーナから見えない角度で手を広げているのに気づく。制止の合図だ。
ここで追求するのは勘弁してほしいということか……しかし、どうして雷沢はそのような嘘を付いたのか?
「なるほど……いいでしょう。お二人も客人としてお迎えしますわ」
「……配慮、感謝いたします」
「それでは馬車に乗ってください。館までお送りします。……あなたたちも早く準備を」
「「「はっ!」」」
バーナの言葉で、騎士たちも撤収していく。
恵梨と彩香、二人が疑問符を浮かべる中、どうやら話はまとまったようだった。
前方の馬車に乗った三人は、程なく出発して揺られることになる。
バーナは真ん中の馬車に戻ったようでこの車室にはいない。代わりに騎士の半分が同乗している。
「注目されてますね……」
「珍しいんでしょ」
ジロジロと見てくるが、話しかけてはこない騎士達に少々居心地の悪さを感じる。
「……それにしてもさっきからどういうことなんでしょうね? 雷沢さんの『電気』がそんなに珍しいんでしょうか?」
「能力だからということ? いや、でもそれなら錬金術に全く反応しない理由が分からないし……さっき言ってた『電気』能力の一門ってのが関係するのかしら……?」
事態に全く付いていけてない恵梨と彩香の二人。
どうして『電気』の能力を見た途端に態度が豹変するのかが分からない。雷沢は何やら理解しているようで、こうやって恵梨と彩香も客人として招くように交渉していたが……。
「どういうことなんですが、雷沢さん」
「そうよ、少しは見解を聞かせてもらってもいいんじゃない?」
二人が説明を求めると雷沢はぽつりとこぼした。
「すまない、厄介なことになった」
「……え?」
「厄介……なの? だって言ってたじゃない、この世界じゃ一人で生きていけないって。こうやって保護を取り付けてよくやったんじゃないの?」
森の中でサバイバルして生きていけるわけがない、とは雷沢の弁だ。
なら、こうやってバーナの館に招かれようとしている状況は、この異世界で生きていくために必要なことだ。
金も無く素性の知れない自分たちにとって、これはかなりの幸運のはずだ。
なのに雷沢の顔は晴れない。
「それ自体はいいのだがな……問題はその先だ」
「その先……?」
「……一体、何を読んでいるの?」
雷沢はバーナの館で何が起こると思っているのか。
気になる二人だが、雷沢はそれ以上説明しなかった。考え事に耽ているようで話かけづらい。
仕方なく恵梨と彩香も自分で何が起きているのかを予想しようとするのだが、あまりに情報が少ない。手がかりのようなものすら分からず、いたずらに時間は過ぎていき。
「っ……馬車が止まりましたか?」
「館とやらに付いたのかしら……?」
「あ、いえ! 現在門を開けてもらっている最中です。館に入ってからも本館まで移動するのにしばらくかかりますので、もう少しお待ちください!」
彩香の独り言に反応して、騎士の一人が答える。
程なくして門が開いたようで馬車が再び移動を始めた。
「馬車が通れるほどの門に、馬車で移動する必要がある敷地ですか……どれほどの豪邸なんですかね?」
「さあ、貴族の四大名門っていうくらいだからよほどじゃないの」
まだ見てもいない館の雰囲気に今から呑まれる恵梨に対して、金持ちの世界を垣間見てきた彩香は動じていない。
「………………」
雷沢は我関せずと、思慮に没頭している。
馬車三台ともが門を通った後に、再び門は閉じる。
ギギーッ……バタンッ!!
馬車の中にいてもかすかに聞こえたその重厚な音を、何故か恵梨は肉食獣の顎が落ちたかのように空耳した。




