二百九十五話「謎だらけの地 雷沢・恵梨・彩香side」
視点変更。しばらくこの三人の話となります。
時は彰と由菜が目覚めたのと同じころ。
場所は同じ異世界。某所にて恵梨と彩香と雷沢は目覚める。
「ここは……?」
「私たち穴を落ちてきたはずよね?」
「ふむ……」
三人はきょろきょろと周囲を見回す。
周囲の光景は彰たちと似たようなものだった。海に囲まれていた島から一転、うっそうと茂る森に遠くには山まで見える。
レリィやメオ、荒くれ者にドラゴンと遭遇することで次第にこの世界のことを把握していった彰も、最初は何の事態に巻き込まれたのかも分からずに途方に暮れるだけだった。
もちろん目覚めたばかりの雷沢もそれは同じ――。
「なるほど、ここは異世界か。手がかりはほとんど無し……当面の目標はこの世界から元の世界に戻る方法を探すことと、みんなと合流すること辺りだな」
「……えっと、どういうことですか?」
「一つずつ説明してもらえるかしら?」
ではなかった。
「っと、すまない。今から説明する」
雷沢は自分でも話が早すぎたことを自覚していたようだ。
「といっても分かりやすいことだが、底なしの穴を落ちた先に広がっているのは異世界だと決まっている。不思議の国のアリスから連なる伝統の展開だろう?」
「……ツッコミどころは多いですけど」
「まあ穴を落ちた先でまた空が見えるんだから……異世界ってのもそうなのかもね」
異世界の空は快晴のようで、元の世界と変わらず青が広がっている。
「手がかりはほとんど無いというのは、この異世界について僕たちは何も知らないということだ。君たちだって異世界が実在したなんて話を現実では噂レベルでさえ聞いたことはないだろう?」
「小説やマンガの中ならともかく、現実では無いですね」
「なるほどね。それで目標の話だけど……この世界から戻る方法はともかく、みんなと合流するって……今ここにいない彰たちもこの世界に来ているってことかしら?」
「ああ。みんなで同じ穴を落ちたんだし、同じ世界に来ていると考える方が自然だろう? なのにどうしてここには三人しかいないのかというと……それもお約束だ。転送ミスとか古い魔法陣だったから精度に問題があったとかそんなところだろう」
「そういうものなんですかね……? にしても、彰さんたちも……この空を見ているってことですか?」
「……あれ、空っていえばあのこっちに飛んでくる存在は……」
「最初のイベントか。異世界の存在を知らしめるのにはいい存在だな」
三人が空を見上げる中、ドラゴンが優雅に翼を羽ばたかせながら頭上を通り過ぎる。
「………………」
恵梨は衝撃の光景に言葉が出ず
「これは…………信じるしかなさそうね……」
彩香は少しだけ疑っていた雷沢の言葉を認め。
「ドラゴンか……あれはどういう原理で飛んでいるんだ……? 何か特殊な力? それとも超発達した筋肉を使って……? いや、しかし……」
雷沢はドラゴンの生態について思いを馳せる。
ドラゴンが去って、たっぷり一分ほどの時間をかけてようやく再起動した恵梨が慌てだす。
「こ、ここれって何かすごい大変な事態じゃないですか!?」
「……そうね、あのドラゴンを見て本当実感したわ。研究会との衝突がちっぽけな事件に思えるほどの……超弩級スケールの事態よね、これ」
「しかしこんな冒険が現実で始まるとは……中々やるじゃないか」
二人の取り乱しように比べて、雷沢は未だにマイペースだ。
「雷沢さんがすごく気楽にしているから把握しづらかったんですけど……そもそもこれ、本当に元の世界に戻れるんですか!? いえ、そもそもこの世界で生きていくことが出来るんですか!?」
「自分の心配もだけど、彰やみんなも巻き込まれているってことよね。……みんなが無事って保証もないわけだし……最悪、もしかして……」
不安ばかりが募っていく恵梨と彩香。
この世界に来たばかりの由菜も似たような感じだったが、それも当然だろう。この場合能力者というステータスより、重視されるのは心の持ちようであるからだ。
「大丈夫、元の世界には戻れる。この世界でだって生きていける、みんなだって無事だ」
つまり、三人の中で一番戦闘に向かない能力、『電気』を持っている雷沢が一番落ち着いていることにも何ら不思議はない。
「どうして……そう言いきれるんですか?」
「何か変な理論でもあるわけ?」
「その通りだ。これは現代異能モノの異世界パートといったところだろう? だったらまた元の世界に戻らないとパートにならないじゃないか」
「「…………」」
雷沢の言っていることが何一つ理解できない。
でも、二人にも分かることはあった。
それは雷沢が元の世界に戻れると確信していることである。
自分たちには理解できない根拠。それでもあるだけマシだ。
「そうですか……ちょっとだけ気が楽になりました」
「元の世界に帰れないって思ったところで何もプラスは無いものね。……だったら元の世界に戻れると思って、そのために行動した方が良いわよね!」
雷沢の曇り無き自信に感化され、二人も落ち着きを取り戻す。
「他のみんなの方も心配いらないだろう。君たちが恋した彰君はこんな事態でへこたれるような人かね?」
「それはそうですけど………………って、ええっ!!?」
「い、今、恋って……!!」
雷沢から気持ちを言い当てられて動揺する二人。
「何だ、僕が気づいていないとでも思ったのか? 主人公にヒロインが惚れるのは当然のことだ、別に恥じることはない」
「恥じてなんてはいませんが……まあ、そうですね。彰さんや火野くん、仁志さん辺りが特別鈍感なだけで、普通は気づかれますよね」
「そうね……何かもう気持ちがバレることには美佳さんで耐性が付いているし。……あ、そういえば雷沢さんの方こそ光崎さんのことを心配していないのかしら?」
彩香は雷沢の幼なじみ、同じく異世界に来ているだろう光崎純の名を挙げる
「純を? それなら大丈夫だ。純にはこういう事態の対処方法も教えてある」
「どんな事態を想定しているんですか……」
「異世界に行ったらなんて、誰もが一度は妄想するだろう? その妄想に純も付き合ってもらったからある程度知識はあるはずだ。今頃一緒に異世界に落ちた仲間とどうにかしてるはずだ」
光崎純は無事にこの異世界を生きていける、と雷沢は心の底から信じている。
「……何て言うのか……ノロケなんですかね、これ?」
「ここまで信頼しているのに、どうして気持ちに気付かないのか不思議でならないわ」
光崎が雷沢に思慕を寄せていることは本人以外には筒抜けだというのに……歯がゆいばかりだ。
さて、と雷沢は気合いを入れ直す。
「突然の異世界に対する気持ちの整理も終わったところだ……普通ならそろそろ異世界人との接触イベントでも始まるところだが」
「…………」
「いや、ツッコミ放棄しないで恵梨。私だけじゃ無理よ」
度重なる雷沢の理解できない理論に閉口する恵梨。彩香は自分を置いていくなと縋る。
ガタガタッ、ガタガタッ、ガタガタッ。
そんな三人の耳に、車輪の転がる音が聞こえてきた。




