二百九十四話「異世界考察1」
二人きりの宿屋の部屋にて。
「いいわ……うん、もう落ち着いたから」
「それじゃ話を始めるけど……本当に大丈夫か」
「だから大丈夫だって」
「ならいいが……」
(彰視点においては)突然の由菜の奇行が収まるのを待ってから、彰はこの異世界のことについて語り出す。
「まず分かっていることを整理するぞ。俺たちが訪れた地図にない島、その山の頂上にあった封印されし穴の先がこの異世界に通じていた。俺たちはそこで偶然出会ったメオさんとレリィを助ける。で連れられるままに町に来ると、能力が社会に組み込まれている光景が広がっていた……まあ、こんな感じか」
「言葉にすれば短いけど……濃密な出来事よね」
無邪気に遊んでいた昨日があまりにも遠く感じる。
「一つずつ話をしていくが……最初にこの異世界は本物だ」
「……えっと、偽物の可能性があったの?」
由菜は冗談の可能性も疑ったが、彰は真面目だった。
「この世界が俺と由菜二人ともが夢を見せる能力を食らって見ているもの、みたいな可能性は捨てきれないだろ?」
「あ、そうか能力って何でもありだから……疑いだすとそんな方法まで出てくるのね」
「そういうことだ。でもこれは能力による事態ではない。能力なら俺がこの世界自体に魔力を感じるはずだが、それが無いしな。
俺たちが封印されし穴を見つて、封印を破壊する偶然に、ちょうど能力者まで絡むことが出来たなんて正直かなり低い。だからこの異世界自体は本物だとして話は進めていく。異世界でもなければ今頃、隠蔽機関が『空間跳躍』ですっ飛んできて助けに来てるはずだからな」
「異世界が本物……そんなのが存在するなんてファンタジー漫画みたいだね」
「能力が存在する時点で既にファンタジーだろ。事実は小説よりも奇なり、ってことだ」
まあそっか、とうなずく由菜。
「だが、この世界にも能力が存在する……っていうのがどうにも解せないんだよなあ」
「……? 何かおかしいの? 正直異世界の存在よりも驚きは少ないけど」
異世界なんてファンタジー世界に、科学蔓延る普通な世界が広がっている方が逆に驚く。
だが、彰は由菜の言葉を否定するように手を振った。
「俺が言いたいのはこの世界にも魔力を消費して、力を発現する能力があるっていうことだ。これが例えば異世界には魔力とは違ったエネルギー、気を消費して発動する魔法があるとかなら納得するんだが。日本と海外でコンセントの形が一致していたらおかしいだろ?」
この世界と元の世界で能力の仕組みが一緒なのは明白である。レリィの『強化』で彰の能力を強化できたこと、魔力を感知できたことなどから。
「それこそ偶然の一致じゃないの?」
「…………なのかもしれないが」
何となく俺の勘が……偶然じゃないと告げているんだよな。……でもまあ、情報も足りないし考えようが無いか。
「じゃあ次だが……この異世界から元の世界に帰る方法は確実に存在する」
続いての彰の発言は由菜にとって衝撃的だった。
「……え!? 本当に!?」
目に見えて表情が明るくなる。下手したらこの世界で一生暮らさないといけないのか、心配していたからだ。
「ああ。根拠ももちろんある」
「え、そんなのどこにあったの!?」
「あの荒くれ者たちだ。あいつらはBランクって能力の分類を知っていただろ?」
「隠蔽機関しか知らないはずの知識ね。……そういえばどうして知っていたの?」
「逆だ、逆。あんな輩でも知っているんだ。おそらくだけどこの異世界ではランク分けが常識で、元の世界では誰も知らない知識だった。だけど隠蔽機関だけはこの異世界で知ったんだ」
「つまり……どういうこと?」
「隠蔽機関は何らかの理由で一度この異世界に来たことがあるってことだ。なのに今はあっちの世界にいるってことは……」
「何らかの世界を移動する手段があったから隠蔽機関も帰ることが出来た……つまり私たちもそれを使えば帰れるってこと!?」
「そうだ。……それにあの穴が異世界に通じるって重要さを知らなければ、穴を封印することも島全体に『記憶』をかけることもしないはずだからな」
「なるほど」
由菜は納得するが、彰には少しだけ引っかかる部分があった。
あの封印の能力は……誰の能力なんだろうか?
ラティスの『記憶』でも、リエラの『空間跳躍』でも無い。そしておそらくハミルの無数にある能力でも無い……ハミルはBランクの『探知』以外の能力はCランクしか持っていない。でもあの魔力の反応は……おそらくAランクレベルの気がする。それにあんな封印なんて能力を持っていればもっと自分の能力が役立たずなんて思うはずが無い。
封印能力者は地図にない島にあったことからして隠蔽機関とも面識はあるはずだ。しかも封印能力なんて、能力の痕跡を隠すのにも使えそうな能力なのに……現在活動を共にしていない理由とは……。
「………………」
あいにくだが、この謎にも情報が足りない。今は保留するしかないようだ。
そしてまた彰は重要な情報をポンと投げ込む。
「後、俺たち以外のみんなもこの異世界に来ていると思うぞ」
恵梨、彩香、火野、雷沢、光崎、理子の六人のことである。
「……嬉しいんだけど……ごめん、彰の思考スピードに付いていけない」
初めての能力者問題に巻き込まれ、由菜も処理が追いつかないようだ。
「分かってるって、ちゃんと説明する……と、言いたいんだがこれは俺も正直理解不能でな」
「どういうこと?」
「雷沢さんが言っていたお約束の一つなんだ。異世界に飛ばされるときは、どういうわけか仲間がバラバラの場所に転送されるって」
「……この状況に特化しすぎじゃない、その約束」
「文句は俺じゃなくて、雷沢さんに言ってくれ……」
彰としてもどういう論理プロセスが働いているのか理解できないのだが……現実として異世界で仲間とはぐれているので案外当たっているのかも知れない、と先ほど思い出したところだ。
「つまり改めて宣言するが、俺たちの目標は二つ。まずはバラバラになったみんなと合流すること。そして元の世界に戻る方法を見つけることだ!」
「ふむふむ……で、当てはあるの?」
「全く無い!!」
「力強く言い切ったわね……」
ある意味潔い。
「ここまで異世界の『い』の字も出てこなかったし、この世界においての異世界……つまり俺たちの世界の存在は一般的じゃないみたいだな」
元の世界に異世界人が来ていないことから、まあ予想は付いていたことだ。
「それって戻る方法を探すのがかなり難しいってことよね?」
「……それはさておき」
「あ、誤魔化した」
「みんなで合流する方なら案だけはある」
「どんな案?」
「いや、まあ今すぐ実行できるようなものじゃないし……まあどちらも無策に近いってことだな」
「じゃあしばらくはメオさんとレリィの旅に付き合うってことね」
「まあ、そうなんだが…………」
そこで彰は口をつぐむ。
「どうしたの?」
「いや、そのメオさんとレリィなんだが……彼女たちは何者なんだろうか?」
「何者って……そういえば何も言ってないわね。レリィさんがお嬢様で、メオさんがその従者みたいだけど」
分かることはそれくらいである。
「異世界の謎ばかりに気を取られてしまっていたが……この山賊も出る物騒な世界で二人で旅とはな。一応二人とも能力は持っているみたいだけど……」
「まあ、でも良い人でしょ! 何も知らない私たちを助けてくれたんだし!」
「………………」
彰はそこまで単純に考えられない。
信用は出来る。あの人たちが悪意を持っていれば、俺たちはここにいない。
だが、信頼は出来るのだろうか?
能力者の彰だから気づけたことがあった。メオさんが町を歩いている最中も、酒場にいる際も常時能力を発動している。
能力の対象はレリィとメオさん自身だ。
ずっと能力を発動していて、それを俺たちに言わない。
そんな隠し事をしている二人を俺は…………。
「いや、でもそれはこっちも同じか……」
「……?」
独り言がこぼれる。
俺たちだって異世界から来たことを隠している。それはメオさんたちから見れば不誠実なことだ。
秘密の一つや二つはしょうがない。仲の良い者にだって隠し事をすることはある。それが増してや今日会ったばかりの人なら尚更だ。
二人に助けてもらわなかったら、俺たちは死んでいた。今はその事実を担保に信頼するか……。
「どうしたの、彰?」
「いや、何でもない。話はこれまでだ。途絶えた風使い家とか、貴族とかも気になるけどそっちはレリィに聞けば分かるしな。今日は疲れたし寝るぞ」
「そうだね」
心配してくる由菜に返事をして彰はベッドに横になる。
「…………」
本当、こんなことになるなんてな。
由菜には心配させないように伏せたが……まだ問題はある。
俺たちはこうやって寝床にありつけたが……他のみんなは大丈夫なのだろうか。
こんな親切な人間に会う偶然が、仲間全員に起きているとは正直思えない。
……まあ、でも大丈夫だよな。
みんな能力者だ。その気になれば能力で道を開ける。それに何も出来ずに、のたれ死ぬような根性無しもいない。
そもそも人の心配をしているほどの余裕も正直無い。俺だって一杯一杯だ。由菜に心配をかけさせないように努めて冷静に振る舞っているが……。
いや、その言い方は間違いか。由菜がいるからこそ俺は冷静に振る舞えるんだろうな。
例えメオさんとレリィに会えたとしても、この異世界に落ちたとき一人だったら俺はどうしようもなかっただろう。
無条件に信じられる人がいる。世界すら信じられなくなった現状において、それはとても大きな心の支えになっている。
彰は隣のベッドに寝ている由菜の方を向いて。
「…………」
「な、何よこっち向いて!?」
「ちょっと顔を見たくなっただけだ。おやすみ」
寝返りを打って由菜から視線を外す。
流石の彰も疲れていたのか。睡魔には抗いがたく、すぐに寝息が聞こえてくる。
すやすや眠る彰とは対照的に由菜の心中は複雑だ。
「全くどういうつもりよ……」
人の心を乱すだけ乱して、自分はさっさと寝るだなんて……そもそも二人きりなのも変わっていなくてそっちの心の整理も付かないっていうのに。
一回大きく深呼吸して……由菜は気持ちを落ち着けた。
気になるのは異世界に来てからの彰の様子だ。
「それにしても……彰は一度も弱音を吐いていない」
彰だってこんな事態に巻き込まれて参っているはずなのに……それを私に見せない。
私を心配させないために……冷静でいようとしている。
それはつまり――。
彰に負担を強いているということ。
彰の重荷になっているということ。
彰に迷惑をかけているということ。
「この異世界も……彰一人だったならもっと楽にいられたんだろうな……」
無能力者で守らないといけない対象。
私なんかがいるから彰に苦労をかけている。
こんな私じゃ今の彰の支えにはなれない。
……よしっ、決めた。
元の世界に戻るまでは、この恋心は封印しよう。
彰は今この異世界の問題で一杯だ。そこに私の気持ちまで乗せたら大変なことになる。
「はぁ……やっぱり私に力があったら……恵梨さんや、彩香さんだったなら、この異世界でも彰と並び立てたんだろうなぁ……」
今ごろ二人は……みんなはどうしているんだろうか。
――時を少し遡る。
「ここは……?」
「私たち穴を落ちてきたはずよね?」
「ふむ……」
彰と由菜が異世界の地で目覚めたころ、恵梨と彩香と雷沢も異世界の某所にて目を覚ましていた。




