二百九十三話「二人きりの部屋」
メオからさらっと話されたのは、彰と同室になるという爆弾案件。
「嘘ですよね!? 私の聞き間違いですよね!?」
由菜は思わずメオに詰め寄る。
「……いいえ、嘘ではありません。ユナさんとアキラさんで一室使って欲しいと、そう申し上げました」
対してメオはにべもなく否定。
「何を焦っておるんじゃユナは……」
レリィもあっさりしている。
「Bランクの能力者と無能力者の男女が旅となれば、さっきはごちゃごちゃ言っておったが、結局のところ二人は駆け落ちしたってことじゃろ?」
「か、駆け落ち……っ!?」
つまり彰と由菜が親に結婚を反対されたと、結婚するような仲だと見られているということである。
泡を食う由菜に対して、彰は特に動揺した様子もなく。
「駆け落ちじゃねえよ、このマセガキめ」
「なっ……!? 妾に向かって、何てことを……!」
「確かにレリィお嬢様がマセガキなことは否定できませんが」
「否定せい!! どうして認めるんじゃ! 妾は立派なレディじゃぞ!!」
「「それはない(な)(ですね)」」
「ぐぬぬぬぬぬ」
ハモられて歯ぎしりするレリィ。
「駆け落ち……私と彰が……? えへ……えへへっ……じゃなくて!! 彰と同じ部屋なんて……そ、それは流石に早すぎ……じゃなくてっ! ……そ、そうよ、私がメオさんとレリィの部屋に行けば問題ないのよ! 解決! それでいいですか、メオさん!」
何ともな慌てようから、対策案を出す由菜。
「なるほどなるほど…………そういうことでしたか。これは面白いですね」
「……っ、な、何か寒気が」
その様子を見たメオはニコッと……いや、ニヤリと笑みを浮かべる。
だが、それも一瞬のことでメオはすぐに真顔に戻ると。
「すいません、今日取った部屋は二つとも二人用なのでその提案は受けられません」
「で、でしたら、私は床でも部屋の隅でも、どこでも寝れますから!!」
「いえ、なりません。ユナ様にそんなことをさせるのは私の心が痛みます」
すがりつく思いで言う由菜だが、メオはピシャりとシャットアウト。
「そうだぞ、由菜。おまえだって疲れているだろ、ちゃんとベッドで寝た方がいいぞ」
「どうして彰がそっち側なのよ!!」
彰はそういうつもりは無いのだろうがメオを援護射撃。
「……ああもうでしたら、どうにかもう一つ部屋を取ってください!」
「申し訳ありません、どうやら私たちが取った二部屋でもう満室のようです」
「遠慮するなって言われたのは分かるが、逆にがめついのはどうなのか? 二部屋取ってくれただけでもありがたいと……」
「彰は黙ってて!!」
「は、はいっ!!」
あまりの剣幕に文句も言わず従う彰。
「まあまあ、落ち着いてくださいユナさん。あなたの心配事は分かります……すいません、からかってしまって」
その触るな危険状態の由菜にも怯まず、ヒートアップした雰囲気を緩めにかかるメオ。
「……え、あ……そうでしたか。こちらも理不尽なことを言ってすいません」
大人な対応を取られると、由菜も自分の所行を冷静に見返すことが出来て、途端に恥ずかしくなる。
「で、でも彰と同じ部屋っていうのは……」
「……大丈夫です、ユナさんの心配は分かります。……先ほど渡した鍵を見てください」
「鍵を?」
言われるがままに手元の部屋の鍵に視線を落とす。
「こちらの鍵ですがきちんと能力による機構が搭載されているようで、簡単にはピッキングが出来ないようになっています。つまり鍵をかければ部屋に容易に侵入できる者はいないでしょう」
「は、はい」
「そして部屋ですが防音も十分で、隣の部屋の物音も聞こえないくらいのようです」
「そ、そうなんですか……でも、えっとその話が見えてこないんですけど……?」
「つまりこういうことです――ユナさんとアキラさんが二人きりの部屋の中で何をしようとも、外に漏れる心配はありません」
「そんな心配はしていません!! メオさん、真面目な顔してまだからかってますよね!!!?」
憤慨する由菜。メオは相変わらずの鉄面皮だが、口の端が少しだけ上がっていた。
「そんなことはありませんよ……ところで、何をするつもりだとユナさんは思ったんですか?」
「何って……?」
「二人が話をするなら防音性が高い方がいいと思って私は申し上げましたのに……一体ユナさんは何をするのだと勘違いしたんですか?」
「そ、それは…………」
「プロレスごっこですか?」
「違・い・ま・す!!」
「でしたらごっこではなく、本当の……」
「本当……って、だから違います! 特に深い意味はありません!!」
顔を真っ赤にする由菜。
その様子にメオは顔をほころばせて。
「……ふふっ、楽しいです。ユナさん、あなたと一緒に旅をすることになって本当に良かったです」
「それはもうちょっと絆を深めた、旅の中盤辺りで聞きたかったセリフですね!!」
「まさかあなたがこんなにもからかいがいのある人物だとは思いませんでした」
「私はメオさんがここまで人の事情に踏み込んでくる人物だとは思わなかったですよっ!!」」
「あら、知りませんでしたか? 従者とは主人のそういう関係を把握するのが生き甲斐なのです。だというのにレリィお嬢様はそういう話が一切無くて、ちょうどいいおも……人が見つかってありがたいです」
「おもちゃって言い掛けましたよね!? 今、おもちゃって言い掛けましたよね!?」
「そんなことありません。……それにしても」
メオは由菜から視線を外して、蚊帳の外の二人をちらりと見る。
「のう、アキラよ。二人は何の話をしておるのか?」
「さあ、分からん。俺の経験上だが、こういうときはただただ時間が過ぎるのを待つのが一番だぞ」
「……そういうものか」
何のやりとりなのか分かっていないお子さまと鈍感。
「アキラ様があの様子ですと苦労しているようですね」
「うっ……」
彰の鈍感さも見抜かれているようだ。
メオは胸を張って任せなさいとジェスチャーをする。
「大丈夫です、ユナさんが少しでも踏み出せるように、この私が旅の間サポートいたしましょう」
「……それにかこつけてからかうのも面白そうとか思ってませんよね?」
「………………」
「何か話してください!!」
露骨に目を逸らしたメオに再度声を荒げる由菜であった。
それから数分後、彰と由菜の姿は六号室にあった。
「……結局この状況も覆らなかったってわけね」
あの後もからかうだけからかって、レリィを連れて五号室に入って行ったメオ。由菜の訴えもどこ吹く風どころか、チャンスじゃないですか、と言われる始末だ。
廊下で寝るわけにもいかないし、所持金もない由菜に選択肢はない。諦めて彰と二人部屋に入ることとなった。
部屋にはシングルベッドが二つ、隅に小さなテーブルが一つのシンプルな内装となっていた。異世界の宿屋がこういうものなのか、ここがグレードが低い宿屋なだけなのかは判断が付かない。
そのベッド一つずつに腰掛けて向かい合う彰と由菜。
「……いや、しかし異世界か。…………大変なことになったな」
「そうね……」
由菜も落ち着けるようになって張りつめていたものが切れたのか、ドッと疲労感が増した気がした。
全く持って現実感が沸かない。
彰を通じて能力者の世界を知って、それでも今まで見ていた世界が変わるくらいの衝撃を受けたのに、今度は本当に違う世界に来たのだ。この衝撃はどう表現すればいいのだろうか。
「っと、そういやもう必要ないか……『言葉』解除」
彰は今までずっと発動していた翻訳能力を停止。この部屋には彰と由菜しかいないため、翻訳する必要がないのだ。
「ほんとその『言葉』って能力がなかったら、レリィやメオさんともコミュニケーションが取れなくて大変だったでしょうね」
「大変ってより、詰んでただろうな。Cランクの能力だから、ずっと発動していてもそこまで魔力消費しないのも助かるぜ」
全く未知の世界に、言語まで通じない条件が重なったとしたらどこまで苦労するだろうか想像も付かない。
「「…………」」
そこで会話が途切れた。二人の間に沈黙が流れる。
今さらだけど本当に彰と二人きりなのよね……。
改めて自覚すると少しだけ心拍数が増したが、すぐに落ち着く。
まあだから何かが起きるってわけでも無いけどね。彰がこの場面で……その、私を襲う……み、みたいなことをする人間じゃないことは分かっている。
そもそも彰のことだ。二人きりであることを認識しているかも怪し――。
「やっと二人きりになれたな、由菜」
「…………え?」
つい今までの予想を裏切るセリフが彰の口から放たれる。
「ったく、このときを待ち望んでいたぜ」
「え……ええっ!?」
「それじゃそろそろするぞ」
「す、するって……ちょ、ちょっと待って!! そんないきなり言われても心の準備が……!!」
急転直下で進行する事態に由菜が付いていけない。
こ、こんなこと想定すらしてないわよ……! ム、ムードがへったくれも無いし、そ、それに私の気持ちも、彰の気持ちも何も伝えないままそんなこと……いや、彰が求めているっていうことが気持ちをそもそも示しているの? だったらこれを受けることが私の意思表示で……いや、だから心の準備が出来てないんだってば……! どうしてこんなにいきなりなの!? ……でも、そうか、この異世界に来たことで先の見えないことを不安に思い、それで…………だとしたら、うん私が彰を支えるんだ。そうだ今こそ、私が……!!
「い、いいいいいいわよ彰! その……来――」
「そうか、じゃあこの異世界について考察を始めるぞ」
「………………………………へ?」
会話が致命的なまでに噛み合っていない。
「やっと二人きりになれたからな、異世界について話していることが他の人にバレることは避けたいし。色々考えてみたから、話しながら整理するのと由菜の意見も聞く意味で付き合ってもらえるか?」
「…………………………」
もちろん悪いのは彰である。圧倒的に言葉が足りない。
だが、由菜はそれを攻める余裕も無いようで。
「~~~~~~~~~~~~っ!!!」
ボフン、ポスッ、ポスッ、ポスッ、ポスッ。
ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めて、やり場のない気持ちをマットレスにぶつけるのだった。




