二百九十二話「旅は道連れ世は情け」
「乾杯!」
四人は手に持った飲み物を掲げる。
酒場であるものの未成年の彰、由菜、レリィはもちろんソフトドリンク。唯一の成人であるメオも酒を飲むつもりはないようで一緒だ。
飲み物に続いて料理もどんどん運ばれてくる。
異世界に来たショックで感じる暇もなかったが彰と由菜は腹ペコだった。弁当を食べようと登っていた山に封印された穴を見つけて、そこから騒動が続いたため昼ご飯も食べていないことになる。この異世界に来てからも歩き通しだったことも空腹感に拍車をかけていた。
幸い異世界の食事は彰たちの文化から離れていないものだった。揚げ物やサラダ、酒場らしい味付けの濃い料理の数々にガッつく二人。
メオはその光景を見てようやく年相応な反応を見せたと微笑ましくなり。
「ここまで食べっぷりがいいと、奢りがいがありますね」
「っ……それは」
「時には好意に甘えるのも美徳です……子供が遠慮ばかり覚えるものじゃありません」
「くっ………………今だけだからな!」
「いや、そこで意地張ってどうするのよ」
彰のプライドの高さに辟易する由菜。
「メオ、おかわりじゃ!」
「……お嬢様はもう少し遠慮というものを覚えてください」
彰さんとお嬢様を足して二で割ったらちょうどよくなりそうですね、とメオはため息を吐いた。
食事も一段落して、デザートを待つ時間。
メオは先ほどから気になっていた疑問を切り出した。
「お二人に聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何ですか?」
「では失礼して……コホン。お二人ともどこから来たのですか? このスタリシア王国には何の目的で? 一文無しということでしたが、どういう事情があったのですか?」
「…………」
矢継ぎ早の質問にまあ、聞かれるよなと彰は思っていた。
俺と由菜が異世界に謎を感じているように、メオさん側からすれば俺と由菜は謎な存在だ。
「そうじゃな、どういうことなのじゃ?」
「え、えっと……今から彰が説明するから、ね?」
レリィに聞かれた由菜が俺に投げる。その判断はありがたい。二人で言い分が食い違っても面倒だし。
彰は返答を始める。
「そうですね、まずどこから来たのかという話ですが……俺と由菜の二人はここよりもずっと東の国『ニホン』から来ました」
嘘は言っていない。異世界の、という言葉を意図的に省いただけだ。
それにメオさんの反応如何で、異世界について知っているか分かる。さて……。
彰が息を呑んで待つのに対して、メオは特に何も感じていない様子で。
「ニホンですか……聞いたことがありませんね。そんな場所があったんですね」
「……そうですか」
嘘を付いている様子はない。とりあえず日本については知らない、と。
「そしてこの国には人探しが目的で来ました。六人の仲間がいるはずで……」
もちろん恵梨、彩香、火野、雷沢、光崎、理子の六人である。彰ははぐれてしまっただけで六人もこの世界に来てしまっていると、ある理由から確信していた。
「人探し、六人ですか……何か手がかりでもあるのですか?」
「それが無くて……途方に暮れていたところです」
「なるほど……」
目的は仲間との合流の他に、元の世界に戻る方法の探索もあったのだが、このタイミングで言うつもりは彰に無かった。
「そして一文無しなのはろくに準備をしないまま旅に出たせいで持っていた分が尽きすっからかんになってしまって。……ああ、準備不足なのもあってこの国、スタリシア王国……でしたか、についての文化や常識、地理など知らないことばかりで。世間知らずに見えたならそれが原因かもしれません」
「そういうことでしたか……分かりました」
「大変な事態みたいじゃな」
レリィにも同情される。ろくに準備をしないまま異世界に来たのも本当だし、スタリシア王国についても知らないのも本当だ。だが、聞いた印象としては無謀な旅人という感じになっただろう。
もっと凝った嘘で設定を作っていくことも考えたが、その設定は由菜にもかかるのだ。なるべく分かりやすいようにした方が由菜も齟齬なく話せるだろう。
うむうむ、とレリィは頷いた後、らしくない深刻な面持ちでメオに耳打ちする。
「しかし、スタリシア王国についても知らないとは……メオ、彰たちになら」
「なりません。どこで誰が聞いているのか分からないのですから」
「……そうじゃな」
「……?」
今のは何のやりとりだろうか。
気にする暇もなく、レリィは元の調子に戻って彰の方を向いた。
「そうじゃ、アキラ! 提案じゃが、当てが無いのなら明日からもしばらく妾たちの旅に付いてくるというのはどうじゃ!?」
「レリィたちに……?」
いきなりの提案に目を白黒させる彰。
「そうですね……今日のように面倒ごとが降りかかった場合に対処してもらえるのは助かるかもしれません。それにお二人とも危なっかしすぎて、このまま別れるのも正直後ろ髪が引かれる思いですので」
メオもその提案に乗ってくる。
「…………」
確かにそれは助かる話だ。この世界について知っているガイドが出来るのは心強い。レリィの言う通り、目的はあってもまず何からしていいのか分からない状況なわけだし、だったら付いていくのも悪くない。
それに二人なら今日の出来事からして信用できる。
そう、信用は出来るのだが………………それに……。
「お金のことを気にしているのですか? そこまで甘えていいのか、と」
「……っ」
危惧していたことの一つを当てられる。
「彰……私も気にはなるけど、野垂れ死ぬのはもっと嫌よ? メオさんが頼っていいって言ってるんだから、さっきも言っていたけど時には人の好意に甘えることも必要じゃない?」
由菜もため息だ。
「で、でもそういうところはきっちりしないと気になるんだよ!!」
どうしても他人に無条件で甘えるというのが彰には苦手なようだ。
その様子を見て、メオは折衷案を出す。
「ならば明日からの二人の旅費は彰さんに稼いでもらいましょう。アキラさんの能力と実力ならば、そこらのクエストはクリア出来そうですし。私たちも資金に余裕があるわけではないのでちょうどいいです」
クエスト……本来の意味としては冒険とか探求のはずだが、雷沢さんから教わった知識とこの状況を考えれば依頼くらいに考えればいいはずだ。……能力者に依頼を出す能力者ギルドみたいな組織が、この世界にもあるってことだろうか。
「それでどうでしょうか?」
「どうじゃ?」
「いいわよね、彰」
「……分かった」
三人の圧力に彰は首を縦に振る以外の選択肢は残されていなかった。
その後やってきたデザートも食べて、酒場を出た四人。
「それでは少し早いですが今日はもう部屋で休むことにしましょうか」
「ふわぁ……そうじゃな。妾ももう眠い」
あくびを隠さないレリィ。歩き通しで疲れたのだろう。
「俺も賛成だ」
彰も精神的にも肉体的にも疲れている。
この異世界に来て本当に気も休まる暇も無かったしな……そろそろ落ち着いて考える時間も欲しかったところだしちょうどいい。
メオはポケットから先に受付からもらっていた部屋の鍵を二つ出して。
「こちらがお二人の部屋の鍵になります。私たちは五号室、お二人は隣の六号室になるようです。明日の朝はこのロビーに待ち合わせということで」
「分かりま――――――え?」
由菜が何の気も無しに、メオから鍵を一つ受け取ろうとして動作が固まる。
「……ん、どうした由菜?」
彰が理由が分からず問いかけるが、由菜はそれに取り合う余裕も無く。
「ふ、二人の部屋って……今、そう言いましたか!? 私の聞き間違いですよね!!?」
と、メオに詰め寄ったのだった。




