百八十五話「ハロウィン変事8 役者交代」
始まりは四時間目だった。
いつも通り数学の授業を受けていたら、いきなり頭の内に響く声がしたのだ。
『彰さん! 仕掛けていた地点探知に能力者の反応を感知しました!』
「……っ!?」
その声自体には慣れている。ハミルの『念話』だ。
だから彰が驚いたのはその内容についてだった。
くそっ恐れていた事態が……。わざわざ今日に来なくてもいいっていうのに。
とはいえその苛立ちをハミルにぶつけてもしょうがない。深呼吸して落ち着いてから『念話』を返す。
地点探知なら何の能力を持っているか分かるんだろう? ……やっぱりギルドの能力者なのか?
『そのようですが……おかしいですね? ちょっともう一回確認してみますね』
何か気になることでもあるのだろうか、ハミルはそう言った。
今は授業中だ。抜け出したら恵梨達に怪しまれるから、後二十分後に特別教室棟裏まで来てくれないか?
『……はい! 分かりました! ちょうど今仕事が終わったところなので、大丈夫だと思います』
そしてハミルとの『念話』は切れた。
昼休み。
彰は恵梨達に嘘を付いて教室を抜け出す。……美佳なら俺の言ったことが嘘だって分かるだろう。フォローするようには前から言っているから大丈夫なはずだ。
「着いたか……」
たどり着いた特別教室棟裏。人が寄り付かないため告白スポットにもされているその場所だが、運のいいことに今日は告白を行っている生徒はいないようだ。
「……遅くなりました!」
「ごめんね~」
「お久しぶりです」
程なくして異能力者隠蔽機関の三人がリエラの『空間跳躍』で現れる。
「今来たところだ。……それより、ハミル。話は本当なのか?」
「はい。……結上駅に能力者の反応が二つ出ました。今は移動中のようです」
ハミルが答える。
彰は前もって能力者ギルドがこの結上市に現れたときのために対策を行っていた。
それがハミルの地点探知。
いつもの世界探知と違って、決めたある一点から数十メートルほどしか能力者の反応を感知できないが、その代わりに能力を使用していない状態の能力者も発見することが出来る。
それを彰は結上駅に常時張ってもらうように頼んだ。
結上市は地方の小都市。空港は無く、海にも面していないので、外から電車なりバスなり公共交通機関を使うとしたらほとんどが結上駅に到着することになる。そう考えての指示だった。
「ですが気になることがありまして……」
「そういえばそんなことを言ってたな」
「はい。どうやらその二人の能力なんですが、どちらも非戦闘系の能力なんです」
「……つまりその二人は先行隊か」
すぐに彰は理解する。
今回の日本の能力者の調査についての依頼は、募集内容に戦闘系の能力を持つ者とされていた。だからその二人と他に何人かは分からないが戦闘系の能力者でチームを組んでいるのだろう。
「どうしますか?」
「すぐにその場所に向かう……と言いたいところなんだがな……」
彰にはある危惧があった。
このままじゃ恵梨は俺が何をしているのか気づくだろう。一応美佳にフォローを頼んでいるが……文化祭、夏祭りと動きすぎた。
そして間の悪いことに今日はハロウィンパーティーを行う予定だ。……俺が楽しめないのはもう今さらだが、恵梨達にはそっちで楽しんでほしい。そのために俺は行動するのだから。
「………………」
となると恵梨達に対する誤魔化しが必要だな……。
後でバレて怒られようが構わない。今日一日だけでも通じる誤魔化しは……。
「……あ」
と考えたところで、ハミルに目が留まった彰。
「どうしましたか?」
「すまん、ハミル。ちょっと頼みごとをしてもいいか?」
「そうして彰さんはギルドの能力者のところに行く前に、私に代役を頼んだというわけです」
ハミルが恵梨達に説明する。
「地点探知……それで彰はギルドの襲来を察知して……」
「その後は雷沢さんに電話したんでしょう?」
恵梨が聞く。
「たぶんそうですね。私に代役をするに至って最低限の情報だけ教えて、どこかに電話して頼みごとをしていました」
「……どうして雷沢さんなんや?」
「先生と一緒に電話した時のことを思い出してください。雷沢さんが出した結論は私たちは気にせずにハロウィンパーティーを楽しむといい、ということでした」
「自分のことを気にせず日常を楽しめ……彰のその目的を達成するために、雷沢さんへの指示は必要だったということね」
「はい。恐らく私たちが雷沢さんに電話することは予想していたんでしょう。今までは美佳さんが行っていたフォローの役割を今回は雷沢さんに行わせた」
そして恵梨はもう一つ合点がいく。
雷沢さんは彰さんの指示で私たちを騙していた。それを心苦しく思ったのかは分からないが、だから最後にあんな呪文を私に言ったんでしょう。
雷沢さんとハミルに指示を出した後、俺はハミルが感知したという場所に急行した。
そこで能力者二人を発見。
そのまま襲撃して二人とも縛り上げた。非戦闘系の能力者だったため楽に行った。
持っている情報を洗いざらい吐かせて、自分たちは結上市での拠点の確保のために動いていたこと、戦闘系の能力者であるリーダーがこの後電車でやってきて合流する手はずになっていることを聞き出す。
その情報を得た後は駅に急行。
ハミルの地点探知によって改札を通る誰が能力者なのか、そしてどんな能力を持っているのかを確認してから。
「ようやく来たな。おまえ、『器官』の能力者だろう」
声をかけたというところだった。
「私が地点探知で得た情報を『念話』で伝えたのがさっきです。……今頃彰さんは一人でギルドの能力者と対面しているでしょう」
ハミルは話す。
パーティーの最中にそんなことをしていたとは……。驚く恵梨だが、それは重要な情報だ。
「今、彰さんはどこにいるんですか!!」
そうだ、まだ戦いが終わっていないというのなら私も助太刀をしなければ。
彰さん一人に背負わせるなんてさせない。
「そうよ、私にも教えなさい!」
「……彰一人にかっこつけさせんで。そのギルドの能力者ってやつを俺もぼこしてやる」
彩香と火野も同じ思いのようだ。
「えっと……その、彰さんの居場所なんですが…………」
三人に詰め寄られて困惑するハミル。
「それを聞いてどうするつもりなのかな~?」
「「「…………!!」」」
その場に新たな声が響く。
「やっほ~、久しぶり~。」
「すいません、うちのハミルが迷惑をおかけしました」
異能力者隠蔽機関のラティスとリエラ。この場にいきなり現れたのも、リエラの『空間跳躍』でだろう。
「ラティスさん……ハミルさん……」
「どうするって……決まっているでしょう! 彰を助けに行くのよ!」
「そうやで!」
威勢よく食い掛かっていく二人。
「う~ん……僕としてもそうしてくれると助かるっていうのが本音なんだけどね~。そうしちゃいけない事情があるっていうか……」
「事情ですか?」
「端的に申しますと、高野彰さんからお願いされているのです。あなたたちが真相に気付いても、自分の戦いに介入させないでほしいと」
リエラが事情を明かす。
全く頑固ですね、彰さんは……。まあ私が気づくことを想定していたっていうのは嬉しい。少しは私のことを上に見てくれているということの裏返しだから。
「ですけど……まだまだ見くびっていますね」
それくらいで大人しくしていると思ったら大間違いだ。
「そうは言っても彰くんの居場所が分からないんでしょ~? ……もしかしてこの結上市中を探し回るのかな~? その間に戦いが終わると思うけど」
「いいえ……すでに対策は打っています」
恵梨はポケットからスマートフォンを取り出す。
「何をするつもりですか?」
「位置検索サービスです。これで彰さんのスマートフォンの位置を検索します」
風野藤一郎に頼んでおいたサービスが生きるときが来た。
……そもそも最初からこの機能を使っておけば、彰さんが偽物だって分かったのですが……。まあ目の前に彰さんがいるのにわざわざ確認しようとは思いませんね。
すぐに検索が完了する。画面に出た彰の位置は。
「……出ました。駅から近くの……これは?」
「私の家の近所だわ。確か工事中の建物だったはず」
「駅っていったら走って十分ほどやな。……よっしゃ急ぐで!!」
恵梨の報告に二人もその場から駆け出しそうな勢いだ。
待っててくださいね、彰さん。今助けに行きますから……!!
恵梨もそれに続こうとして――。
「全く彰くんも詰めが甘いねえ~」
パチン!!
ラティスが指を鳴らす。
「「「…………っ!!」」」
それだけで……否、それと同時に使用された能力によって、三人はその場から動けなくなる。
「予定とは違うけど、一応介入させるなって約束だからさ、ごめんね~」
全く誠意の感じられないラティスの謝罪。
「ど、どういうこと……!?」
「全く足が動かないで!?」
「まさか……これは……っ!?」
初体験の彩香と火野が混乱する中、二回目の恵梨だけは気づく。
「『記憶』……これで君たちは歩き方を思い出せなくなった。彰くんの戦いが終わるまでそうしてもらうよ~」




