百七十九話「ハロウィン変事2 高野彰?」
『恵梨、君は今日も美しいね』
彰に対する好意を自覚した恵梨。だから今の言葉は嬉しい物のはずなのに……疑問の方が先に湧いてくる。
一体何が起きているんでしょうか?
「そんなに見つめられると困るな。好きになってしまいそうだ」
「す、好き……っ!?」
またです……彰さんらしからぬ言葉。……これが正常なはずが無い。だというのに……顔が赤くなるのが止まりません……。
明らかにおかしいと思いながらも、その言葉に反応して心拍数が上がる恵梨。
「どうしたんだい、恵梨? 熱でもあるのかな?」
スッ。
自然と接近して、恵梨のおでこと自分のおでこをくっつける彰。
「ふぇっ……!? ち、近すぎですっ!!?」
彰さんの顔が目の前にある。……それこそあと少しでキスが出来そうなほどに……。
「ふわぁぁぁぁぁ…………」
「どんどん熱が上がっている……。これは重症だな」
「じゅ、重症なのは彰の方よ!!」
見ていられないと声を張り上げる彩香。
「そ、そうよ!! そんな羨ま……じゃなかった、羨ましいことしてどうしたのよ!!」
「本音だだ漏れ」
それに由菜も続いて、古月にツッコまれている。
「はわわゎゎ…………」
「まあまあ、そんな怒らないでくれ」
その場に崩れ落ちる恵梨から、ようやくおでこを離した彰は二人に両手を上げて抑えてとジェスチャー。
「わ、私は怒っているんじゃなくて、女の子にそう簡単に近づいちゃいけないって注意を……!」
「そうよ、そういうのは私だけにしなさい!」
「本音……もういいか」
古月が諦める。
彰は肩をすくめながら爆弾を放り込んだ。
「そう怒って欲しくないんだけどな。二人のきれいな顔が台無しになるから」
「きれい……っ!?」
「な、何を言って……」
「二人は俺が他の女の子に優しくしているのが嫌なんだろう? ……大丈夫。俺の愛はみんなに平等だ」
「……鈍感の彰くんが、女の子を気遣った……っ!?」
普段あまり関わりの無い毬谷でさえ彰の鈍感は知っているが、それ故に今の言葉に驚いている。
そして彰は彩香に近づき、その手を取った。
「すまないな、彩香。君はいつも俺のことを思ってくれているのに」
「そ、そんな、私は彰のことを思ってなんか……」
「無理に言葉にしなくていいよ。彩香の気持ちは俺には伝わっているから」
「………………はい」
プシュー。
とどめのウインクを食らって、顔から蒸気を出して彩香はダウン。
そのまま倒れそうになった彩香を優しく床に座らせて、彰は次に移る。
「由菜」
「や、やだ……今の彰何か違う……」
「何が違うっていうんだ? 由菜とはもう長い付き合いだってのに、そんなことを言われるなんて」
迫る彰。後退する由菜。
「だ、だけど……」
「……そうだな。俺たちは年を取るにつれて変わってしまったのかもな。昔みたいに無邪気に一緒にいることはできない」
「そういう意味じゃなくて……きゃっ!」
彰から逃げようと後ろも見ずに後退していた由菜。だが狭い廊下でそんな長く続くわけが無く、壁にぶつかってしまう。
その隙を逃す彰ではなかった。由菜を逃さないように右手を壁に付ける。いわゆる壁ドンの体勢に持ち込む。
「だけど……それでも俺はこれからも由菜と一緒にいたいって思うんだ」
「…………わ、私もそう思って……」
後ろには壁、目の前には彰。圧迫感を感じる由菜だが、それが逃げられないことを思わせてドキドキする。
「そうか。なら俺たち両思いだな」
「りょ、両想い!?」
「違うのか?」
「……はい、そうです……」
締めのスマイルで骨抜きにされる由菜。
「……これは酷いな」
「同意」
彰がこの場に現れて、時間にして二分ほど経った。
たったそれだけの間で、彰を想う三人は腰砕けにされたのだ。
「えー、それで君は本当に高野彰君なのかな?」
「まるで別人」
その惨状を目の当たりにした毬谷と古月が問う。
「失礼、あなたたちのお名前は?」
「……まさか私たちを忘れたというのか?」
「毬谷と古月」
「毬谷さんと古月さんですか……このような麗しき乙女の名前を忘れるなんて本当申し訳ありません」
「いや、だから誰なんだ君は?」
「本当に高野彰?」
芝居のような礼をしてみせる彰に、ますます目を疑う二人。
キーン、コーン、カーン、コーン。
そのときチャイムが鳴った。
「授業まであと五分か……」
「気になるけど帰るべき」
「……そうだな」
生徒会長たるもの、学生のお手本となる行動をするべきだ。時間に遅れるなどもってのほか。
「それにしてもその三人は……」
後ろ髪引かれる思いでその場を後にしようとした毬谷だが最後に一つだけ聞く。
「ああ、それなら俺が……」
「大丈夫よ、私が処理しておくから」
よろよろと近づきながら会話に割って入ったのは美佳。どうやらようやく恵梨の尋問のショックから回復したようだ。
「だが、俺が迷惑をかけたというのに人に任せるのは……」
「いやいや、今の彰が三人に近づいたところで被害が増えるだけでしょ。気にしないで先に教室に入っていて」
「……すまない」
美佳の言葉に従って教室の扉を開いて中に入る彰。
「……美佳、あの状態について何か」
古月が去って行った彰の方を見ながら聞く。
「知らないわ。初めて見たわよ、あんなの」
「そう」
「……ん? 何だ二人とも知り合いなのか?」
親友の意外な交友関係を見つけた、と毬谷。
「有望な後輩」
「香苗が有望って言うことは……そういう人なのね」
「いつも古月先輩には良い情報をもらっています」
「こっちこそお互い様」
どうやら二人は情報を交換し合う仲のようだ。
「……っと、それよりあの三人をどうにかしないと」
未だに立ち上がることすら叶わない友人三人の介抱に向かう美佳。
「私たちも授業」
「……時間もないし少し急ぎましょうか」
古月と毬谷も小走りでその場を去った。
六時間目。物理の授業。
「高野、ここの答えは?」
「分かりません」
「………………えっと、本当に高野なんだよな?」
教壇に立つ畑谷の質問。教師らしからぬ質問だが、それほどに高野が答えられなかったという事実に驚いている。
「……まあそういうこともあるか。じゃあ代わりに……」
すぐに畑谷も失礼な問いだったと気づいたのか、授業を再開していく。
あれは本当に彰さんなのでしょうか……?
同じく授業を受けている恵梨も今日何度目か分からない自問自答を行う。
五時間目の数学の授業でも、彰さんは答えられない場面があった。私でも答えられた問題。それを成績一位、授業の予習もかかしたことのない彰さんが答えられないはず無いのに。
昼休みのあの言動も……。
「………………//」
思い出すだけで顔が熱くなる。
って、そのために思い出したんじゃなくて……あれもいつもの彰さんには無いものだ。
まるで別人。なのに顔も体格も声も何から何まで彰さんと一緒。
中身だけ入れ替わった……いや、一応彰さんらしさも残っているから、少しおかしくなった彰さんと言うべきか。
こういうとき、何か悪い物でも食べたのかって言うところですが、実際悪い物を食べておかしくなることがあるんでしょうか?
……って、また関係ないことを。
「…………」
とにかく彰さんがいつもと違うのは明確だ。
何が原因でこうなったのだろうか……それこそ普通じゃ考えられない原因が……。
「………………っ!?」
そのときようやく恵梨は気づいた。
普通じゃ考えられない現象……それを起こす力を私は知っている。
この身にも宿る能力。それが絡んでいるに決まっているのだ。
学校なんて日常にいて、考えもしていなかった。……けど、そうと分かれば。
「やっぱり……」
ちょっと集中して彰の方を見ればすぐに気づく。恵梨の能力者としての感覚が今の彰からは魔力の反応があると告げている。
現在進行形で魔力の反応は続いている。つまり今の彰さんには何らかの能力が使用されているということ。
それなのに彰さんの能力、風の錬金術が使われているように見えない。
彰さんの異変。常時使われている謎の能力。これらを合わせて考えると。
「彰さんがおかしくなっているのは……何らかの能力が使われているから……?」
こんな現象を起こす能力を私は知らない。
そして日本の能力者全員と会ったことのある私が知らない能力ということは。
「これは国外の能力者の仕業……?」
だとすれば。
……やはり、来ていたんですか。
「能力者ギルド……っ!」
ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。
結上市に向かう列車。その場に日本では見慣れない黒人男性が乗り込んでいた。
彼はつぶやく。
「サテ、カレラハ、ウマクヤッテイルデショウカ?」




