百七十八話「ハロウィン変事1 異変」
そして迎えた十月三十一日。
「フッ、フ、フフフ~ンっと!」
水谷恵梨のテンションは朝、いつものように登校している最中から高かった。
「そんなので一日続くのか?」
鈍感の彰にさえ容易に気づかれる。
「大丈夫ですって!」
「逆に、どうして彰はそんなにテンションが低いのよ?」
同じようにワクワクしているのが見て取れる由菜。
「いや、楽しみなのは楽しみなんだが……そんな朝から騒ぐほどじゃないっていうか」
「本当、彰さんは高校生なんですか? 元気が足りてませんよ!」
「そうよ、そうよ!」
「おまえらは酔っ払いか……」
どうやらローテンションの彰。
もしかして……あのことを気にしているんでしょうか?
恵梨には思い当たる節があった。
隠蔽機関から聞かされた情報。能力者ギルドに出ていた『日本の能力者の調査』という依頼。比較的平和に、ひっそりと生きている日本の能力者たちを対象に、わざわざそんな依頼をする組織には一つ心当たりがある。
約二ヶ月前に襲撃された科学技術研究会だ。
文化祭の時に彰さんが助けてもらったルークさんという人の話によると、既に依頼は受理されたとのこと。
調査といっても募集人員のところに戦闘向き能力を保有する者とあったこと、どのように調査をされるか分かったものじゃないし、既に受理された以上いつ来るのかは分からない。もしかしたら今日なのかもしれないのだ。
……けど、今日くらいは気にしないで楽しめばいいのに。
恵梨の素直な感想はそれだ。
襲ってきたら、襲ってきたときのことです。それまで神経を過剰に張り巡らしても疲れるだけ。
……何か私も考えが図太くなってきましたね。彰さんの影響でしょうか……?
それより気にしないといけないのは彰さんの方です。
もし依頼を受けた者がこの地を訪れたとして、彰さんが文化祭や夏祭りのときのように一人で解決しようと動くのは想像に難くない。というより、自分一人の犠牲で日常を守れるなら本望だと宣言した彰さんが一人で解決しようとしないわけが無い。
だがそれを私は許すつもりは無い。
彰さんを犠牲にしてまで、日常を過ごしたいとは思えない。私たちは家族なんだから、苦楽は分かち合うべきなのに。
「………………」
まあ、どんなにお願い・注意・警告しても、私を侮っている彰さんですから、どうせそんなもの気にせず動くのでしょう。
……だったら、私も対策するだけ。そしてそれは既に行われているし、彰さんに気付かれた様子は無い。
ふふふ……私だって日々成長しているんですよ。いつまでも守るべき少女なんて思っているなら大間違いです。
「彰さんの心配は分かりますけど、今日くらいは忘れて楽しみましょう」
「…………そうだな」
確かに気にしすぎか、彰はぼやく。
「今日に限って来るわけないよな!!」
「いや……そこまで言うとフラグになるので止めておいた方が……」
「フラグ……って、雷沢さんがよく口にするけど……こんなのも対象なのか?」
「そうですよ」
「奥が深いんだな……」
「遅いわよー! 早く行きましょ!!」
いつの間にか距離が離れていた由菜が手を振っている。
「こういうときは殊更に否定せずに、気にしなければいいんですよ」
「難しい要求だな」
それに追いつくために早歩きを始める恵梨と彰だった。
その恵梨が異変に気付いたのは四時間目の授業の時だった。
「くそっ…………まじか…………」
「…………?」
彰さんの様子がおかしい。
彰は小声でボソボソと何か言いながら、妙にソワソワしている。いつも授業をしっかりと受けている彰には珍しい光景だ。
どうしたんでしょうか……? さっきまでは普通だったのに、突然……。授業に特に変わった様子は無かったから、原因があるとしたら別のはずですが……。
「………………」
まあ、たまにはそういうこともあるんでしょう。もしかしたら彰さんもパーティーが楽しみになってきたのかもしれませんし。
その時は恵梨も特に気にすることではないと思い、授業に集中するのだった。
しかし、次の異変は起こる。
「すまん、学級委員長は集合かけられてたんだった! 先に飯を食っといてくれ!」
「え、彰さん!?」
昼休みに入ってすぐ、彰はそう言うなり教室を出て行った。
「………………」
どういうことでしょうか?
そんな用事があるなら、いつもは彰さん前もって言っておくのに。……それにあの慌てっぷりも珍しい。
「何か慌ててたわね」
彰が去った方向を見ている由菜。恵梨と同じように不思議に思っているようだ。
「彩香さん何か聞いている?」
「いえ、何も聞いてないわ」
「副委員長の彩香が聞かされていないんですか……」
委員長を呼びだされるようなことなら、副委員長が知っていてもおかしくないはずだが……。
「ああ、それなら今朝急に決まったのよ。何か問題を起こした生徒がいるとかで、注意を呼びかけるために生徒会が各クラスの委員長に集合をかけたって話よ」
「……美佳さんは何でも知ってますね」
どうして彩香が知らないことまで知っているのでしょうか?
「そういうことなのね。……なら、先にご飯食べときましょ。彰もそう言ってたことだし」
「もう食べてるでー」
「俺も」
彰のいつもと違う様子が気にならなかったのか、火野と仁志は座って弁当を食べていた。
「あんたたちは全く……」
「まあまあ火野君と仁志さんですから」
宥めと中傷を同時にこなしながら恵梨は考え直す。
四時間目、彰さんがソワソワしていたのはその話を思い出したから……ってことなんでしょうね。
あまり気にすることでもありませんでしたか。
だが、異変は続く。
「……彰帰ってこないね」
「そうですね」
昼休みも残り十分。
その時になっても彰は教室に帰ってきてなかった。
さすがにこれは……。昼食の時間もとらないくらい注意が長引くものでしょうか……?
「生徒会に行ってくるわ。抗議してくる」
苛立ちを隠さず立ち上がる彩香。
「ちょ、そ、それは大げさじゃないっ!? 時間が経てば帰って来るわよ!」
「だけど……」
慌てた様子で美佳がそれを止める。
「………………」
帰ってこない彰さんも変だが、美佳さんも変だ。
今、どうして焦っていたんでしょうか? らしくないですね。
「弁当食べずに午後迎えるとか正気やないな」
「そうだぜ」
火野と仁志も言っているように、食べ盛りの男子高校生がこの時間まで食事をせずに我慢できるだろうか?
だとしても……答えは出ませんね。
もし彰さんだったら、何かに気付いてこの状況を理解するのだろうが、私はそこまで頭が良くない。
どうしたら……。
「…………え?」
ふと視線を廊下に向けると、そこにいるはずのない人物がいた。
「……毬谷先輩と古月先輩……?」
この斉明高校生徒会のナンバーワンとツーがちょうど歩いていたのだ。
いったいどうして……? 今、彰たち委員長に注意を行っているはずの人物がここに?
「どうしたの…………え?」
「あれは……」
「やばっ……!!」
恵梨に続いて、由菜、彩香、美佳も気づく。
恵梨は急いで教室を出た。
「毬谷先輩!」
「えっと……君は?」
いきなり下級生に声をかけられて困惑している毬谷。
「高野彰との同居人……水谷恵梨」
情報通の古月は恵梨の正体を当てる。
「……ああ彰くんの。そういえば、文化祭で見かけたな」
その情報で毬谷は思い出す。
「それで何か用か?」
「その、委員長に対する注意ってもう終わったんですか!!」
「……注意? 何だそれは?」
何を言っているのか分からないといった顔をする毬谷。
「え……? だって、問題を起こした生徒がいたからそれに対する注意を……!」
「ここ一か月、特に目立った問題を起こした生徒は報告されていない」
古月も分からないと言った表情ながら、坦々と情報を出す。
「………………」
この二人……とぼけているわけじゃないですね。
演技とかではない、素の反応。それを見て恵梨は気づく。
ここまで明確な情報を与えられれば私だって気づきます。つまり――。
「脱走者一名確保しました!」
「さて、どういうことか説明してもらおうかしら」
「えっとー……そのー……」
美佳が両腕を由菜と彩香に掴まれて連行されてきた。冷や汗がだらだらと流れている。
手際が良いですね。
この二人が嘘をついていないのだとしたら、美佳が嘘をついているに決まっているのだ。
「わ、私は黙秘権を行使する!!」
美佳はじたばたと足掻いたが、運動部と文化部の体力差は歴然だ。由菜と彩香の拘束から逃れられないと判断した美佳は毅然と宣言する。
威勢だけはいいですが……。
「時間が無いんです。早くしゃべってくださいね?」
私の想像している事態が進行しているのなら、時間が無い。……だからちょっとだけ本気を出させてもらいますよ。
一分後。
「今の話、嘘じゃありませんね?」
「は、はひっ!! こ、この下郎、え、恵梨様に嘘をつくなんて、お、恐れ深きこと、今後天地神明に誓って行いませんっっっっ!!!」
ガクガクブルブル。
美佳は極寒の地にタオル一枚で放り出されたかのように震えながら、床に額をこすりつけて神に許しを願うようにしている。
「全く、最初からそうしゃべっていればここまでしませんでしたのに」
「……うん、色々言いたいことはあるけど」
「今は美佳さんから聞いた話に集中しましょうか」
由菜と彩香の顔からも大分血の気が引いている。余波だけでもこれほどの影響を与えたようだ。
「彰さんが嘘をついたら、美佳さんは私たちにフォローをしていつも通り過ごさせてくれ……ですか」
美佳の話を一言でまとめたらそういうことだった。このことについては他言無用、報酬はパフェを奢るということみたいだから随分太っ腹だ。
「……うーん、どういう意図でやったんだろう? 嘘をついてまで彰一人になりたかったのかな?」
「香苗、分かる?」
「……情報が足りない」
首をひねる由菜、毬谷、古月。
「………………」
対照的に、既に悟っている彩香。
もちろん恵梨も気づいている。
思えば文化祭の時も、夏祭りの時もそうでした。
彰さんがいなくなった後、美佳さんは私たちをまとめて彰さんのことは気にせず楽しみましょうってやっていた。……聞いたところ、やっぱりそのときもそういう風に頼まれていたらしい。
つまり今の彰さんは……。
「どうやらこの町まで来たということでしょうか?」
「問題はどうやって彰が知ったかだけど……」
「あの三人から連絡があったのじゃないでしょうか」
「考えられるわね」
目の前に由菜や生徒会の二人がいるため、抽象的な言葉で恵梨と彩香は会話する。
能力者ギルドの依頼。日本の能力者の調査が始まったということだろう。そして彰さんはその情報を恐らく異能力者隠蔽機関から聞いた。
だから彰さんは一人で解決するために……。
「全くこんな日に来なくてもいいですのに……」
せっかくハロウィンパーティーを心行くまで楽しもうと思っていたのに。……もしかして、朝の彰さんの発言がなされた時点でフラグが立っていたのでしょうか?
「それをまた一人で解決しようだなんて……ね」
彩香も恵梨と同じように、彰が一人で抱えることを快く思っていないようだ。
「どうしますか、火野君に声をかけましょうか?」
「いや……とりあえず、『あれ』を使ってみて」
「そうですね」
こういうときの対策、彩香にも話しておいたそれを使おうとして。
「どうしたんだ、みんな。こんなところで集まって?」
「…………え?」
聞きなれた声。
ポケットに伸ばしかけた手をそのままに、振り返るとそこには彰がいた。
「彰さん……?」
「おいおい、どうしたんだよ。俺の顔を忘れたのか?」
心外だなと軽く笑って見せる彰。
どういうことでしょうか?
私の考えが間違いだった……? 能力者ギルドはまだこの地を訪れていない? ……けど、だとしたら彰さんは何故あんな嘘を付いた?
考えがまとまらない。
だけど、その中で分かっていることが一つだけあった。
こうやって彰さんが帰って来たということは……結局何も無かったってことなのでしょう。
不可解ではあるが、気にしすぎだったんですね。彰さんに言っておいて、自分が一番気にしているだなんて。
動揺を落ち着けようとするために、色々と考える恵梨。
だが……その予想に反して、今日最大の異変はこれから起きるのだった。
「けど、俺は一時たりとも恵梨の顔を忘れたことは無いぜ」
「……?」
……空耳でしょうか。何か彰さんが変なことを……。
「恵梨、君は今日も美しいね」
「「「「「……は?」」」」」
彰の歯の浮くような言葉にポカーンとする恵梨たちであった。




