百六十九話「中間試験、結果発表」
第七章開始!!
徐々に残暑も無くなってきて過ごしやすくなってきた十月も半ば。
授業も終わって放課後入ってすぐ。
斉明高校に通う男子高校生、高野彰はある人物の強襲を受けていた。
「どうして私が中間試験で一位じゃないんですか!!」
彰に詰め寄るその女子高生の名前は倉津静利。
斉明高校の入学試験からこっち、ずっと学年二位の成績を取り続けている。
斉明高校では一学期ごとにテストが二回ある。二学期で言うと十月の中間試験と十二月の期末試験だ。
倉津は既に終わった中間試験の成績表を今日のSHRで受け取っていた。そこで自分の成績が二位であることに愕然として、しかしその後すぐに憤慨して放課後になってすぐ彰のところに向かったというわけだった。
自分の机の上に叩き付けられた倉津の成績表を彰は一瞥して、その成績がこれまでと変わらず二位であることを確認。
「おいおい、そんなの分かりきっているだろ」
倉津の激しい剣幕も何のその。彰は涼しい声で返す。
「ぐっ…………まさか……」
「そうだよ! 俺が一位だからだよ!! はっ、参ったか!!!」
まるでガキのようにさっきのSHRで受け取った成績表を見せびらかす彰。
それはクラスに残っていた他の生徒の耳にも入ってきた。
またか、とこれまで一位を取り続けてきたことを知っているクラスメイトの大半はうなずいたが、中には倉津のように疑問を持つ者もいた。
というのも。
「あなたは試験直前まで入院していたじゃないですか! それで一位を取れるなんてありえません!!」
そういう理由からだった。
高野彰は超常の力を持つ能力者である。
四月に研究会なる組織から逃げてきた少女、水の錬金術者である水谷恵梨と出会ってから、その力を持ってさまざまな困難を退けてきた。
先日も遠足の時に同じく能力者である火野正則や風野綾香と共に研究会の襲撃を受けた。
そのときに恵梨を庇って受けた傷により、彰は入院していたのだ。
「そうだ、確かに俺は試験直前まで入院していた。……いや、試験に合わせて退院したと言ってもいい」
椅子から立ち上がり、まるでそこが舞台であるかのように歩きながら彰の語りが始まる。
「しかし、だからといって勉強ができないわけじゃないだろう? 勉強なんて教材さえあればどこでだってできる」
「……一位を取るレベルのあなたですから病室でも努力していたことくらいはすぐに想像できました。ですが先生の話を聞かなければ、やっぱり試験の傾向やその先生が大事にするポイントは分からないはずです!」
「いや、そんなの分かるだろ。もうこれまで何回試験を受けてきたと思っているんだ。そこから教師毎の傾向、大事にするポイントなんて把握できて当然だ」
「………………まあ、確かに私も出来ますが……」
さらっと言ってのける彰も、悔しそうに返す倉津も本気でそう思っているようだ。
いやいやそんな芸当出来るのはおまえたちだけだ、とクラスメイト達は心の中でツッコむ。
「ですが、科目ごとにやはり微調整は必要です! それが出来た私よりも成績がいいなんてあり得ません!」
だが倉津はまだ認められないようだ。
「……まっ、確かに微調整は必要だな。完璧に読み切ったと思っても、教師も人間。イレギュラーが起こって当然だ」
「やっぱり……!」
「だから――」
倉津の反論を次の一言で彰は封じた。
「友達に頼んでノートを見せてもらった」
「………………」
「普段は基礎力を磨き、ノートでテストに特化した勉強を行う。これで試験において死角はない。……これくらい、学年二位なら思いつくはずなんだけどなー?」
「………………」
「あー、もしかしてー。倉津さんにはー。ノートを見せてもらう友達がいないのかなー? だからそういう発想を思いつかなかったのー?」
語尾を伸ばしてイラつかせる口調。相手を煽る気満々の彰。
痛いところを突かれたのか、たっぷり十秒ほど経ってから倉津は口を開いた。
「……あ、相変わらず婦女子に暴言を吐く癖は直って無いようですね?」
「威勢はいいけど、声が震えてるぞ。というか、俺だけ一方的に悪く言われるのはおかしくねえか? 俺は暴言に暴言を返しただけだろ」
「そのやられたらやり返していいという理論。まさに小学生ですね」
「発想が幼稚ってか? ……別にそれでもいいぜ。どんなに知能が高くとも、どっかの誰かさんみたいに友達のいないよりかはマシだ」
「くっ…………!」
再度、言葉のボディーブローが決まり、倉津は悔しそうにうめく。
そして彰は自分の荷物を持って帰り支度を始めた。
「逃げるつもりですか?」
「ああ。約束があるからな。友達と一緒に帰るっていう」
「っ……! また……っ!」
「じゃあなー」
最後まで倉津をやり込めてから教室を出て行く彰だった。
彰が廊下に出てからすぐ。
「ちょっと待ってくださいって!?」
後ろから声がかかった。
「おおっ、恵梨。早かったな」
「先に出て行かないで下さいよ!」
声をかけたのは彰家に同居する少女、水谷恵梨だ。
「仕方ねえだろ。売り言葉に買い言葉してたら、あの場を出る流れになってたんだから」
彰が帰る約束をしていたというのは目の前の少女だ。
「じゃあしなければ良かったんじゃ……って、そうじゃなくてですね。あの言い方は無いんじゃないですか?」
「……? どの言い方だ?」
「あの倉津さんって人に対してですよ。彰さんが女の子にあそこまでイジワルするなんて珍しいですよ。………………って、もしかしてあの人のこと」
小学生的邪推に対して、彰は手を振る。
「それだけは絶対にねえ。……というか恵梨はあいつの本性を知らないからそんな呑気なことが言えるんだ。俺がどれだけあいつに毒舌されたか聞きたいか?」
「……確かに最後の方本性が垣間見えていましたが……それにしても衆人環視の状況でよくあそこまで言えましたね」
自分も教室にいてみていた通り、放課後すぐということもあってかなりの人が教室にいて見ていただろう。
「……それが狙いなんだよ」
声のトーンを一段下げる彰。
「狙い……?」
「実を言うとあいつが友達いなさそうってのは分かっていてな」
生徒会ですら周りと上手くやってなかったのだ。教室ならもっと酷いだろう、と予測していた。
「だからこうやってみんなの前でメッタメタに出来る展開を待っていた。そうすれば同情した周りが倉津に声をかけて、そこから仲良くなれるかもしれないと思ってな」
「……自分に毒舌を吐く人まで助けようとするなんて、彰さんらしいですね」
まあ、得体のしれない組織に追われていた自分でさえ助ける人だ。それくらい何てことないんだろう、と恵梨は思う。
「だろ」
「で、本音は?」
しかし、恵梨は彰のガキっぽさも同時に知っている。
「………………」
「……………………(ニコッ)」
「……いつも毒舌されてるから、その仕返しという一面も無かったのかと言われると否定できないです。はい」
恵梨の笑顔に観念して話す。確かに倉津が悔しがる姿を見て、してやったりと思っている。
「はあ、そんなところだと思いました」
「だけど、倉津を助けるってところは本心で」
「分かってますって。………………ですけど、あのプライドの高そうな人が、周りから同情されてそれを受け取ったりするでしょうか?」
「受け取らないだろうな」
逆に反発するさまが簡単に想像できる。
「そこからは知らん。差し伸べた手もはねのけるようなやつなら、もう重傷だ。俺にどうにかできる問題じゃない」
「言い方きついですけど……まあ自らを助けようとしない者に、助けを与えても無駄ですね」
「そういうことだ」
きっかけは与えたのだ。それを生かせないようなら、どうしようもない。
「それでこれからどうしましょうか?」
「夕食の材料はあったし、そのまま帰って大丈夫だろ。……さて、今日は何を作るか」
「豚肉がありましたし、生姜焼きとかどうですか?」
「そうだな。それなら由菜も喜びそうだし。じゃあ付け合わせには…………」
献立を考えながら帰る二人だった。
一方その頃の一年二組教室。
彰が去った後、一時静寂が支配していたのだが。
「……全く委員長も酷いねえ。何もあんな言い方までしなくていいのに」
「倉津さん、大丈夫?」
勇気を振り絞って倉津に声をかけた女子に乗ってもう一人も続く。
「……うるっさいわね! いいからほっといてちょうだい!」
しかし彰が予想した通り、倉津はそれをはねのけた。
「な、何よ! その言い方!」
「あんまりじゃないの!」
声をかけた二人はその反応にカチンと来たのか声を荒げる。
「うるさい、うるさい、うるさい!! そんな同情なんていらないわよ!!」
倉津もつられて声のボリュームが上がっている。
「同情って……そんなんじゃないわよ!」
「私たちは倉津さんのことを心配して……!!」
「誰がそんなことをしてって頼んだのよ!!」
苛烈する言い争い。
未だに教室に残っていた生徒がその行方を見守る中。
「本人がほうっておけって言っているんですから、ほうっておけばいいんですよ」
そこに介入する第三者がいた。
「……斉藤くん?」
「だけど……」
「こんな彰くんに良いようにあしらわれて、あまつさえその思惑に乗って踊らされている哀れな人に関わる必要なんて無いですよ」
倉津にも劣らない毒舌を披露するその男子生徒の名前は斉藤。男子だけで見た場合、学年二位の成績を持っている。
「……聞き捨てならないわね。私があいつに踊らされているですって?」
倉津は斉藤にも噛み付く。
だが、それを予想していた斉藤は軽い声で言い返した。
「はい。彰くんが何で必要以上にあなたを煽って、酷いことを言ったのか気づいていないのですか?」
「どういう意味よ……?」
「それはですね」
そう、斉藤は彰の意図を理解して、倉津の助けに――
「それに同情した人たちにあなたが反発することを見越して、さらに周りから孤立させようとしていたんですよ」
――入ったわけではなかった。
「……っ!」
「つまり今のあなたは彰くんの思う壺。この場にいたらほくそ笑んでいたに違いありません」
「……ここまで卑怯な策をあいつは……!」
歯をギリギリと食いしばる倉津。
「そうです、高野彰という男はそんなやつなのです」
「……二人ともごめんなさい。あの男に当てられて、気が短くなってたわ。心配ありがとう」
倉津が声をかけてくれた女子生徒二人に謝る。
「い、いやそんな頭を下げられても……」
「委員長ってそんな性格悪いことする人なのかなあ……?」
頭を下げられるが疑問顔の二人。
「ありがとう、あなたのおかげでやつの策に嵌らないで済んだわ」
「いえいえ」
当然のことをしたまでだ、という表情の斉藤。
どうして……この人は私のことを助けたのだろうか?
倉津は疑問に思う。
私を助けたって何も利益は無いはず。無視して帰ったって良かったはずなのに……。
「それにしてもどうして私を助けたの?」
疑問がそのまま口をついて出た。
「彰くんにあそこまで敵意を持つ姿を見て、珍しく思いましてね。僕も彼はあまり快く思っていませんから」
主にリア充的な意味で、と心の中で付け足す斉藤。
この人も私と同じ思いを……それにいつもなら男子と話すだけでその頭の悪さに虫唾が走るのに、この人にはそんな兆候が一切ない。……策に気付いたことといい、頭が良いからなのかしら?
「……あなた、名前は?」
「斉藤と言います」
「私の名前は倉津静利。……よろしくお願いできるかしら?」
「ええ、こちらこそ」
斉藤が応える。
この落ち着いた性格ながらアンチリア充活動を行っている斉藤は、性格がきつそうでも女子というだけでウェルカムだった。
こうして高野彰を良く思わない二人がタッグを組んだのだった。
ブルッ!!!!
「……っ!!」
「どうかしましたか、彰さん?」
「何か悪寒が急に……いや、気のせいだよな」




