百六十八話「一人欠けた体育祭」
第六章、最終話です。
九月第四日曜日。
研究会襲撃から約三週間後の今日は斉明高校の体育祭当日である。
「次、二百メートル走だって。誰が出るっけ?」
「えっとうちのクラスからは……」
「くっそー、どうして応援団の女は学ランなんだよ。そこはチア姿だろ!!」
「マジそれだよな。分かってねーよ」
「あんた千五百メートル走の選手でしょ! 早く出場者ゲートに行きなさいよ!!」
「分かってるって! 今から行こうとしてたんだよ!」
喧々諤々。
紅軍一年生用テント、つまり一年二組が待機しているその場所は、体育祭が始まったばかりだというのにみんなテンションが高めのようだ。
「恵梨も一時出番がない感じ?」
「はい」
「由菜も彩香さんも運動部だから。やっぱりいろんな種目に出てるわよね」
「お互い五色綱引きまでは待機でしたよね。一緒に応援しましょうか」
「そうね」
美佳と恵梨は隣り合って座り、百メートル走の行方を見守る。
「あちゃー。藤田君最後の最後で抜かれたわね」
「相手は陸上部だったはずですから善戦した方だと思いますよ」
何てことない、ただ走っている人を見るだけの行為。
それがこの雰囲気だとか、同じチームだとかそうでないだとか、そんな要素が加わるだけで見ていて興奮する。楽しくなる。
だからこそ恵梨は思うのだ。
これを彰さんと一緒に過ごせたら、って。
(戦闘人形との攻防の最終盤。私は自分が彰さんを好きだということを自覚した)
けど時が経つにつれて、あれは死を目の前に心が高揚して有りもしないことを思っていたのだと……そう思うことで私はまた逃げようとしていた。
彰さんは今も入院している。
病院は学校からすぐに行ける距離にないので、週末しか会いに行けていない。
だから今あの家で私は一人過ごしている。
一人で過ごして……彰さんのいない生活を過ごしてやっぱり自分の想い、彰さんが好きだという気持ちは間違っていないのだと再認識した。
面倒くさがりな私は、大切なものを失うところだった。
では何故あれだけはっきり自覚していたのに認めがらなかったのか。
……心の底では分かっていたのだ。彰さんを好きになるということは、あの二人を敵に回すってことだから。
「さて、次は五色綱引きね」
「彩香さん千五百メートル走出て来たんでしょ。よく疲れてないね。……まあいいや。美佳、恵梨、行きましょ」
彩香と由菜さん。
二人とも自分の親友だ。
そして二人とも彰さんのことが好きだ。
同性の自分から見ても魅力的な女性だと思う。
彰さんを好きになるということはこの二人よりも魅力的な人に、ふさわしい人にならなければならない。
それは大変なことだろう。
でも……今みたいな彰さんのいない生活に耐えられない以上、勝ち取るしかないのだ。
「何してんの、恵梨。行くわよ」
「……今言うことじゃないかもしれませんが、今度この四人で話したいことがあるんです。美佳さん、場のセッティングをお願いできますか?」
「本当に今言うことじゃないね……」
そのまま揶揄でも入れようかと思った美佳は恵梨の表情を見てそれを止める。
「……ま、分かったよ。しっかりセッティングしておくから、今は目先の競技に集中よ」
「ありがとうございます」
全く。あんな真剣な表情されちゃ何も言えないじゃない。
それにしてもこの四人で何を話すつもりだろう、恵梨は……。
「やるからには一番を目指しましょう!」
「そうね。負けるつもりは無いわよ!」
「私もがんばります!」
運動部所属の彩香と由菜に、どちらかというと体育会系の恵梨はテンションが高い。
「はいはい、足は引っ張らないようにしますよ」
文化系の美佳はそれについて行けないながらも、頑張ろうと決めた。
同時刻。
「せっかく来たのだから、保護者席ではなく、生徒席に行ってみたらどうだ? あの担任だったら快く受け入れてくれると思うが」
「いえ。……やっぱり練習にも参加していない自分があっちに行くのは間違っています。……それに…………」
斉明高校校庭、保護者用テント。
そこには風野藤一郎が入院しているはずの彰と一緒にいた。
彰の傷の経過は順調。とはいえまだあまり外出は推奨されていない。だからみんなには今日の体育祭は見に行けないと言っていた
だが、風野藤一郎に無理を言ってみんなには秘密でここまで連れてきてもらったのだ。
「それに……何かね?」
風野藤一郎が聞き返す。
「これは戒めなんです」
周囲の喧騒に消されてしまいそうな弱い彰の声。
校庭中央で五色綱引きが始まった。
恵梨が、由菜が、彩香が、美佳が駆けて、綱を引っ張り踏ん張る。
仁志が、火野が大声を出して応援している。
(何もわかってなかったんだ、俺は……)
そんないつもの仲間たちから、自分だけがいない光景を見て彰は思う。
襲撃後すぐの見舞いで俺は恵梨に自己犠牲の考えは変えない、と宣言した。
自分一人の犠牲でみんなの日常が守られるなら本望だ。その考えは微塵も変わっていない。
けど……最近それでは駄目なんだって分かってきた。
恵梨は、みんなは病室を訪れて俺の顔を見ると笑顔をこぼしてくれる。
反面、見舞いから帰るときには寂しそうな顔になる。
病室でみんなで揃っているときはいつもの日常で、そこから出たらそれは崩れてしまうのだ。
つまり、何が言いたいのかというと。
(みんなの日常の中には、俺の存在も含まれているっていうことだ)
だから。
みんなの日常の中から俺が欠けていては、それは守ったということにはならない。
だったらどうすればいいのか?
(必要なんだ。力が)
今回みたいな事態にならないために。
どんな難題も解決して、そして日常に帰還する。
それを成すだけの力が欲しい。
「藤一郎さん」
「どうかしたか?」
「俺に能力の使い方をレクチャーしてもらえませんか?」
「……君の頼みを断る理由もないが、いきなりどうしたんだ?」
何もこの体育祭を見ている最中に頼まなくとも、と言いたげな風野藤一郎。
だが、彰の真剣な表情を見ては何も言えなかった。
「強く…………強くなりたいんです」
科学技術研究会、能力研究派本部。
「それで李本俊を仲介として、あいつらの調査の方は依頼して来た。少し金はかかったが、ちゃんと仕事をしてもらうためと思えば仕方ないだろう」
「そうですか、はい。その調査の方はサーシャに指揮を任せます」
「分かった。……それでは本題に入りたいのだが」
「はい、戦闘人形のことですね。」
「何やら新しい機能を付けると言っていたが……この前の襲撃の際に思いついた実験に関することか?」
「いやいや、サーシャは理解が早くて助かります、はい。あの高野彰に隠された秘密と戦闘人形を用いて行う実験の為に――――――」
鹿野田は新しいおもちゃをもらった子供のように、無邪気に、楽しそうに、その言葉を発した。
「戦闘人形に感情表現機能を与えようと思っているんですよ……!」
<六章 体育祭、自覚する気持ち 完>
もう前置きはいらないよな! 次回予告!
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中間試験、学級委員長選挙などのイベントを経て十月も半ば。
「ねえ、ハロウィンパーティーしようよ」
その一言からノリで彰たちは仲間内でのハロウィンパーティーを企画。
だが、その当日。彰がおかしなことになって……。
「恵梨、君は今日も美しいね」
誰だこいつーーーーっっ!?
彰に甘い言葉をささやかれあたふたする恵梨、由菜、彩香。
そんな間にもギルドから派遣された能力者は近づいてきていて……。
1st season『科学技術研究会』二章目、第七章『ハロウィン、明かされる秘密』開幕!!
「どういうことだ……!?」
科学技術研究会、驚きの真実が判明……?
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