百五十四話「激闘 能力VS科学1」
畑谷に背を向け駆けだした彰たち。
逃走路は主に二つある。
一つは整備された登山道を行く方法。二つ目は登山道の外、鬱蒼と茂る森を突破する方法。
どちらを行くかは考えるまでもなかった。
「森の中を突っ切るぞ!」
彰は森に一歩踏み出す。
先生は火器を使ってくる。整備された登山道では身を隠す物もない。……自然には悪いが、木を盾にしながら逃げるしかない。
「分かりました!」
恵梨たちも付いてくる。
「そうだ。生き残るためには考えろ」
チュィィィィィィン。
虫の羽音のような甲高いモーター音を鳴らしながらその後を追う畑谷は、スーツケースからある兵器を取り出す。
首だけで振り向き後ろを見ながら走る彰は、それを見て研究会の本気度を把握した。
「あれは……ロケットランチャーか!?」
「正確にはRPGだな」
「ゲーム……?」
「対戦車用携行型兵器だ!!」
何て破壊力の兵器を持ってきてるんだよ……!! けど、対戦車用というだけあって人を狙うには不便だったと思うんだが……
「うおっ!?」
後ろを見ながら走っていた彰が転んだ。
くそっトラップか……! こんなところにも仕掛けてあったか。
前方に対する注意が薄れていた彰は、木と木の間に張られていた糸に引っかかったのだ。
「え……!?」
「わっ!?」
「いやっ……!?」
彰のすぐ後ろを走っていた恵梨たちも止まりきれず転んでしまう。
「呆気なかったな……」
そのときを待っていたかのようにロケットランチャー、RPGを担ぎ標準を彰たちに合わせる畑谷。
先生はここに罠があることを知っていたのか。……それで転ぶだろうことを見越して、狙いやすい兵器ではなく破壊力のある兵器を用意していた……!
転んだこの体勢から逃げられるわけがない。
「みんな合わせろ!!」
それを理解して叫んだ彰が能力を発動するのと。
バシュッ!!!!!!!
RPGが発射されるのはほとんど同時だった。
ズドンッッッッ!!!!!!!!
発射された弾頭は瞬時に二者間の距離を渡って爆発。轟音が森の中に響く。
ひどい煙が辺りにまき散らされ、すぐ先も見えない状況。
標的とされた彰たちはというと。
「……何とか防げたか」
無事だった。
彰の指示を受けて、四人は即時にそれぞれの錬金術で壁を作ったのだ。彰が三枚、彩香が四枚、火野が二枚、恵梨が二枚。計11枚の壁を畑谷の方向に展開してようやく防げた。
「……ぐっ!?」
それでも衝撃は来たけどな……。
十一枚の盾で防いで尚、着弾した衝撃が体内の臓賦に響いたそんな気持ち悪い感触がある。
「煙に紛れて逃げるぞ!」
だがそんなことを気にしてられない。
彰は立ち上がって先導するように走り出す。
「……っ!?」
走り出して立ち止まるしかなかった。
「どうして炎が……!?」
彰の行く手を阻んだのは炎の壁。森が燃えている。
「さっきの爆発の影響……!?」
同じく立ち上がった恵梨も状況を把握する。
「いえ、違うわね。そうだとしたら燃えているのは私たちの後方のはずよ」
「つうか後方も燃えているで!?」
「囲まれた……!?」
前方も後方も炎の壁って。こんな逃げるのを邪魔してくるのは……。
「先生の仕業か!?」
「それ以外無いだろう。これは問題にすらならん」
パワードスーツを着た畑谷が、前方から炎の壁を乗り越えて歩いてくる。どうやら耐熱性も高そうだ。
その手に持っているのは。
「状況から考えて火炎放射器か」
「研究会特製だ」
水鉄砲をそのまま大きくしたような兵器を見せる畑谷。
いつの間に前に回り込んで……?
「って考えている余裕は無いな!」
今回の方針、逃げるを忠実に実行する彰。前方、後方が炎の壁に囲まれているから逃げるなら横だ。
「うわっ!?」
と、右を向いたところでその目の前を炎が通る。
「逃がすと思うか?」
射程長っ!?
先生とはまだ距離があるのに……!
どうやら火炎放射器は炎をそのまま出すのではなく、可燃性の液体を飛ばすと同時に、噴出口で火をつけているようだな。……水鉄砲みたいと思ったのは正しかったのか。それなら射程が長いのもうなずける。
「これで逃げ場はないぞ」
畑谷は彰たちの左方に向けても火炎放射器を発射。
前後左右炎に包まれることになる。
「終わりだ」
そうして退路を断ってから、畑谷は火炎放射器を直接彰たちに向けた。
どうすればいい……!!
火炎放射器の炎は錬金術で盾を作れば防げる。しかし、それではジリ貧だ。逃げられない以上魔力が尽きれば終わりだし、その前に火が燃え移るか酸素が無くなるかで死ぬだろう。
万事休すか……!
彰が脱出の方法を見つけられなくて、動きを止める。
「ぼさっとすんなや、彰! 逃げるで!」
それを叱咤するように、火野が飛び出した。
「何言っているんだ、火野!? そっちは炎が!!」
火野が出たのは畑谷から横に逃げる右。だがそちらにも当然火の手は回っている。
無茶だ! 火野は何を考えて……。
「彰のくせに俺の能力を忘れたんか!?」
火野の能力……? それは炎の錬金術で……あ。
「俺にとってこんなの材料や!」
火野の行く先に燃え盛る炎が金属に変わる。
「そしてこうや!!」
出来た金属塊を魔力を使って畑谷の方に飛ばす。
それはちょうど畑谷が発射した火炎放射器の炎と当たって相殺する。
「ほら、逃げるで!」
開けた道を走り出す火野。
それはいつものアホな行動ばかりしている火野らしくなくて……。
「今このときほど、おまえのことを頼もしいと思ったことはない」
前を走る火野がまぶしく見える。
「彰が誉めるなんて珍しいな。まあ俺もやるときはやるんヘブッ!?」
火野が転んだ。
「………………」
「………………」
「……前言撤回な」
「ああもう、なんでこんなところにも罠を仕掛けているんや!?」
またも仕掛けられていた罠、足の高さに張られていた糸に引っかかった火野。
「言い争っている場合じゃありません!」
「そうよ! 今のうちに距離を稼がないと!」
彩香が風の錬金術でナイフを精製。その糸を切る。
「そうだ。生き残るためには考えろ」
畑谷はそのまま彰たちを追おうとして。
『おいっ! 何てもの使ったんだぁ!? そのままだと火事になって大事になるだろっ!?』
パワードスーツに装備された通信機を通して兵藤の声が響く。兵藤はさっきの位置から移動していないが、後でばらまくための動画をリアルタイムで見て状況は把握している。
兵藤が心配しているのは火事そのものではなく、火事のせいでこの山が注目を浴びることだ。
「そうですね」
畑谷はスーツケースからこういうときのための消火材を取り出し辺りに撒く。
科学技術研究会特製のそれはあっと言う間に周りに燃え盛った火を消す。
それから彰たちの逃げ去った方向を見る畑谷。
「……それにしても先輩のせいで高野たちを見失いましたね」
『俺のせいじゃねえだろっ!? ……あいつからやつらの現在位置は送られてきてるだろ。その位置にさっさと行け』
パワードスーツの頭部はフルフェイスメットのようになっている。その前面スクリーンになっていて、地図も表示できる。
撮影に徹しているもう一人は今の騒動の間も、彰たちを追っていてその情報が畑谷に送られてきていた。
「分かっていますって」
畑谷はモーターのアシストを受けた走りで彰たちを追いかけ始めた。
「先生が追ってこない……?」
「何かあったんか?」
彩香と恵梨に急かされる形で走りだした彰と火野。
「何があったのかは分かりませんが、今のうちに逃げませんと」
「一回でも食らったら終わりなんて……あんなギリギリの攻防はもうしたくないわ」
「そう……だな!!」
彰は風の錬金術を発動。ナイフをあらぬ方向に投げる。
「うわっ!?」
「ちっ、外したか」
ナイフが飛ぶ先、木の枝の上にはパワードスーツを着た撮影役がいた。
「いきなりどうしたかと思えば…………確かにカメラを破壊できれば殺されることはありませんよね」
彰の行動に恵梨が納得する。
「そうだけど……あんなに高いところにいるんじゃ無理だな……」
この山は背丈の高い木が多く、撮影役はその枝を伝って俺たちを追ってきている。……まるで猿だな。
「それでもやってみる価値はあるわよ」
「そうやな」
火野と彩香がその撮影役がいる木を見たところで。
「……授業中によそ見とは感心しないな」
「「「「…………っ!?」」」」
進行方向に降り立った畑谷の注意が飛ぶ。その手には黒い銃(たぶん拳銃だろう)が持たれている。
どうしてまた先回りされた……!?
炎の壁で囲まれたときも先回りされている……これは一体……。
「……ん? 降り立った……?」
撮影役の方を見ていてはっきりしないが、確か先生は空から降りてきたような……?
彰の疑問に気づいたのか、畑谷が答える。
「このパワードスーツの標準装備。……ワイヤーだ」
畑谷の手の甲辺りから出ていた糸のようなものが巻き取られていく。先端にはちいさな鉤爪もご丁寧についている。
「この細さでこの重さを支えられる優れ物だ」
「ということは……ある程度の高さまでは自分で木を登って、その後はワイヤーを木の枝に巻き付けて、ターザンのような動きの連続で俺たちの先回りをしたってことか」
「そうだ」
それなら先回りされていたことも合点が付く。ここらには背の高い木も多い。上手く振り子運動が使えれば走るよりも速いだろう。
「機動性、それこそがこのパワードスーツの特徴。……それでもまだ逃げきれるとでも思っているのか? ここで死んだらどうだ?」
黒い銃を彰たちに向ける畑谷。
逃げ切る……か……。
「そうだな。無理だわ」
現に引き離したと思った畑谷に追いつかれたのだ。……これではいつまでたっても逃げ切れるとは思えない。
「彰さん!?」
急に弱気になった彰を恵梨が心配する。
だが、そんなはずはない。
「ああもう、止めだ、止め。もともと逃げるなんて俺の性分に合わないんだよ。
だから……先生を倒す」
剣を精製。切っ先を畑谷に向ける彰。
「無茶よ、彰! あのパワードスーツに剣が通ると思うの!?」
あの金属も研究会お手製なのだろう。強度は高いはずだ。
「何とかする……というより、先生と戦うのは囮みたいなもんだ」
「囮……?」
このまま逃げても、逃げきれないで四人とも死ぬ。だったら、
「ああ。俺が戦っている間に、隙を見て三人でこの場から逃」
「逃げてくれ……なんて言ったら怒りますからね」
「………………」
強烈なプレッシャーに彰の動きが止まる。
「自己犠牲なんて傲慢なことは今後しない……それを言ってからまだ一週間も経っていませんよ?」
「…………でも、しょうが」
「口答えですか?」
「す、すいませんっ!!」
暗黒面怖い。
「はあ……。何も私たちが逃げないのは、感情的な面だけじゃありません。……一人より四人で挑んだ方が勝率が上がるでしょう?」
「そうやな。ちょうど暴れたりないと思ってたところや」
「確かに彰を見捨てれば私たち三人の生存率は上がるでしょうね。……けれど四人での生還率は下がる。そして私はこの状況から四人で生きて帰る以外の結末を認めないわ」
「みんな……」
俺が犠牲になるって言っているのに……この馬鹿たちは……。
「ああもう! 自分の命を無駄に賭けるようなやつなんて、俺は知らん! ……ついて来たければ、勝手についてきやがれ!」
彰はそれだけ叫ぶと畑谷に向かっていく。
「……はい!」
「OKや」
「どこまでも付いていくわ!」
三人も錬金術を発動。剣を作ってから彰を追う。
「そうか……教師に逆らう生徒には指導だ。厳しく行くぞ」
畑谷も拳銃をスーツケースに戻して、新たな兵器を準備する。




