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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
六章 体育祭、自覚する気持ち
158/327

百五十二話「兵器派の報復1」

兵藤の口調が前話と変わっています。こっちを基準にします。

 研究会兵器派。

 現在彰たちを狙っているもっとも危険な敵。

 しかし襲ってくるのはまだ先になるだろう、とは異能力者隠蔽機関が調べた情報。



 それが突然、遠足を満喫している彰たちの目の前に現れた。

「…………」

 予想外の事態に、いつもは冷静な彰でさえ思考に空白ができる。それは恵梨、彩香、火野も同じ。



 だが、 

「……人違いじゃないのかね? 彼らは模範的な生徒だ。そんな人様に迷惑をかけるような人間ではない」

 一年二組担任畑谷は事情を知らないが故に驚きも少なかった。 



「…………っ!」

 その部外者ともいえる畑谷の発言が彰の意識を戻した。

 呆けている場合じゃない。現実に目の前に兵器派のやつがいるんだ。それを認めた上でこの場を道切り抜けるかを考えろ!

 遠足気分だった頭を切り替える。



 何故兵器派が今ここに現れたのか?

 まずは異能力者隠蔽機関から聞いた研究会はまだ報復の準備中だったという話。……考えてもしょうがない。異能力者隠蔽機関が俺たちを騙して何の得もない以上、偽の情報を掴まされたとかそんなところだろう。


 そしてこの報復は計画的に行われたものだ。俺たちを見つけたから行き当たりばったりで襲ったというレベルでないのは、張り紙など準備して用意周到なところから明らか。


 問題は奴らがどれくらいの覚悟を持って俺たちを殺しに来ているか。今のところ自ら兵器派だと名乗った男、兵藤は何の武装もしていないように見える。……あいつが俺たちを殺しに来たんじゃないのか?



「おうおう、いいねぇ。その眼差し。さっきまで驚いてたはずなのに、冷静に現状を分析なんかしちゃってさぁ」

 兵藤の余裕な態度は自分が絶対的に上位にいると思っているからだろう。

 ……その上から目線、絶対に潰してやる。

「先生、危険ですからちょっと下がっていてください」

「危険なら、なおさら生徒を前に立たせるわけには……」

「すいません先生、ちょっと事態が事態ですので」

 彩香が強引に先生を引っ張って下がらせる。




 さて、どうするか……?

 現在兵藤との距離は七メートルほど。風の錬金術者である彰にとっては十分に射程圏内。

 だが、この兵藤の余裕な態度は何なんだ……?

 兵藤はこちらが能力者だと分かってこの報復を行っているはず。俺が素手でも油断できないのは分かっているはずのに……。


 そういう意味じゃ、まずあっちから話しかけて来たのもおかしい。殺すのが目的なら俺たちが油断しているところを狙撃でもすればいい話だ。

 そうしなかった理由は……俺たちをサクっと殺したんじゃ復讐にならないからか? それともすぐに殺すわけには行かなかったとか? ……あるいはその両方とか?


 

「どうしてすぐに殺りに来なかったのか疑問に思っているなぁ?」

「…………!」

「図星か」

 言い当てられた彰は思わず動揺を表に出してしまう。

「いいぜぇ。その図星の表情に免じて、何故かを教えてやろう。ありがたく聞くんだなぁ?」


 ちっ。いちいち癇に障る野郎だ。

 だが、わざわざ相手からこっちの疑問を解決してくれるのだし、話を聞きながら打開策も考えられる以上聞かない理由もない。


「ああ、教えてくれ」

「……殊勝だな。生き残る道を探すために、自分の感情を殺して」

「………………」

 我慢だ……後で絶対にこいつは倒す。そのためにも今は……。

 敵に主導権を握られ、見透かされたような発言をされ、彰のフラストレーションは貯まる一方だ。




「そうだなぁ……単純にして、この問題を一発で解説する質問。

 なぁ、人って人を殺していいと思うか?」




「…………駄目に決まっている」

 一瞬何でそんな質問をされたか理解できなかった彰だが、答えは決まっていたのですぐに答える。


「あぁ、違う違う。倫理とかそう言う問題じゃねぇんだ。現代日本において、って意味で答えてくれ」

「……法律によって決まっているから、とかそういうことか?」

「そうだ」

 自分の思った通りの答えに兵藤は満足して次に進める。


「現代日本において人を殺していけない理由はもちろん法律によって決まっているからだ。……極論を言えば、刑務所に入ってもいいやつ、死刑になってもいいやつ……つまり人生を捨てる覚悟があるやつは人を殺しても良いと言える」

「………………」

 何を言うつもりなんだ?


「だが、世の中には人生を捨てずに人殺しを行いたいやつもいる。……例えば俺とかな。何が悲しくて、人を殺しただけで人生を諦めなければならねぇんだよ」

「……あんたが狂っているだけだろ」

「あぁ、誉め言葉だそれは。……だから俺みたいなやつは画策するんだよ。人を殺しても人生を諦めずに済む方法を。

 その一つが完全犯罪だな。他の人や警察にさえばれなきゃ裁かれることはないからな。

 だが、完全犯罪というのは難易度が高い。捜査技術の進んだ現代では露見する可能性が高いからなぁ。……だから、そんな運任せの方法を俺は取らない。



 俺が取るのは、事件の記憶を皆から忘れさせることだ」





「……!?」

 記憶を忘れさせる……って。

「おまえラティスと同じ……!」

「早合点するなよ。俺は能力者じゃねぇ。何で能力者が兵器の研究なんかするんだよ」

「ということは………………何だ、記憶を忘れさせる機械でも発明したとか」

 表舞台には出ない、国の研究機関ともなれば技術力も高いと考えていいだろう。……つまりそんな記憶を忘れさせるなんて馬鹿げたものを開発できてもおかしくは……ないのか?


「外れだ。そんな技術あったらとっくに世界は終わっているだろ。記憶の消去なんてあったら、どんな横暴だってまかり通ってしまう」

「だったら……」

「……おまえさっき言っただろ。記憶を忘れさせることができる唯一の方法を」

 記憶を忘れさせる唯一の方法?

「あっ、ラティスの能力『記憶メモリー』か。……けど、それこそおまえの言ったとおり、ラティスの他に『記憶メモリー』なんて能力持っているやつがいたらこの世界は終わっているだろ」

 本当ラティスがあんな強力な能力持っているのに悪用しないやつで良かった。


「……はぁ、そこで思考を止めるのか」

「………………?」

「おまえ自分が一度信じた人間は疑えないタイプだな」

「……っ!? 何を言って……」

 ギルド所属だと信じて、結局裏切られたサーシャのことが彰の脳裏をよぎる。

 って、信じて……裏切られる……? それってまさか……!?




「つまりこういうことだ。

 研究会が今までに犯した殺人は全てラティスによって記憶を忘れさせている」




「えっ……!?」

「どういうことや……?」

「もしかして……研究会と異能力者隠蔽機関が繋がっている……?」

 後ろで恵梨、火野、彩香が反応する。


「考えてみろよ。……そこの嬢ちゃんの両親が殺された事件。……あれってどこかテレビで報道されたりしたことがあったかぁ?」

 恵梨を指さす兵藤。

「それは……」

「そういや、見た覚えが……」

「……確かに会談の時に初めて知ったけど……」

「人が二人も死んだのに、殺人だとも事故だとも失踪だとも報道されない……。そんなこと常識的に考えてあると思うかぁ?

 常識的に考えてあり得ない結果……それには常識では考えられない力が働いているということだろ?」


「「「………………」」」

 三人とも理解を頭が拒む。

「まさか異能力者隠蔽機関は私たちの敵……?」

 親交の深い恵梨は他の二人よりダメージが大きい。


「そういうことだ。分かったかぁ?」

 兵藤は一人反応が薄い彰に問いかける。

「……なるほど……そういうことか」

 納得した彰に畳みかけるように兵藤が口を開く。

「おまえらは異能力者隠蔽機関に騙されて――」



「黙れ。このゲスが」



「彰……さん?」

 恵梨がおそるおそる声をかける。後ろから見ても分かるほど激昂している。こんな彰見たことがない。



「OK、OK。話ありがとな。それだけは礼を言ってやる。

 おまえのおかげで全部分かったよ。……何故すぐに殺しに来なかったのかまでな」

「ほぅ……」

「確かにおまえらが犯した殺人はラティスによって隠蔽されている。それは正しい。……だがそれは研究会と異能力者隠蔽機関が繋がっていることを表さない」

 感情はそのままに、言葉はクールに話を進める彰。


「おまえらはただ異能力者隠蔽機関を利用しているだけだ」

「利用……ねぇ」

「恐らくおまえら研究会は一般人を殺したことはないだろ? ……殺したことがあるのは能力者だけのはずだ」

「……正解だ。よく気づいたなぁ?」

「どういうことですか、彰さん?」

 話についていけない三人を代表して恵梨が質問する。



「つまりこういうことだ。……おまえの両親が研究会に殺されたとき。両親はただ黙って殺されたと思うか?」

「……二人とも武道の経験者です。それに能力も扱えたのですから、抵抗したと思います」

「そう。殺されると分かっていて、それに抗う力があって使わない者はいない。……だからこいつらはその能力を使う様子を動画に撮った」

「動画……?」



「そしてそれをインターネットでばらまいた」



「えっ……!?」

「そんなことをしたら、能力の存在が公になるやろ!?」

「…………いえ、そうはならないわね」

 一足先に結論にたどり着いた彩香がつぶやく。



「彩香の言う通りだ。ネットに乗った情報は一瞬で世界に拡散する。……が、それでも能力の存在は公にならない。異能力者隠蔽機関がいるからな。

 けど、動画を見た人一人一人に『記憶メモリー』をかけるのは不可能だ。それに『記憶メモリー』で思い出せなくできる記憶の量は無尽蔵ではないからな。だからラティスはこうするしかなかった……。


 事件自体に『記憶メモリー』をかけて、人々の記憶から消去するしかなかったんだ」




「そうやって殺人の記憶を皆から忘れさせたってことね……」

「で、ですけど! ラティスさんの『記憶メモリー』はかなり細かく条件を設定して発動できましたよね!? それならモーリスが起こした事件の時のように、能力を使ったことだけを人々の記憶から消去すれば……」


「モーリスの時とはこの事件に注目する人の数が段違いだ。人を殺すっていうのに加えて、能力を使う場面もある動画なんて、新聞に載ったってだけの事件とは食いつき度が違うだろう。

 そして『記憶メモリー』の解除条件は思い出せなくなったことに関する情報を他から知ることだ。知られた人が多い以上、ちょっとしたイレギュラーから思い出す人が出るかもしれない。

 それに……これは『記憶メモリー』は思い出させなくすることの近くにいないと発動できないということからの推測だが、『記憶メモリー』は過去の事件に干渉できないんだろう。過去には誰も近づけないからな。

 だからもし一人が気づいて、真相をネットに書き込み、それを見て連鎖的に思い出す人が増えて……そうなってもラティスはもう一度『記憶メモリー』を使って事件の記憶を消すことができない。そのときには過去になっているから。


 だからラティスはその不安を排除するために、徹底的に人々の記憶から事件に関する全てのことを思い出せなくしたんだろう」



「……まぁ、そういうことだろうな」

 彰の推論に兵藤も賛成の意を示す。


「異能力者隠蔽機関が能力の隠蔽をしているのは世界の均衡を保つためという善意によるものだ。……決しておまえらの私利私欲を満たすためではない!!」

「おぉ、怖い怖い」

 解説を終えた彰が敵意を兵藤に向ける。

 ラティスがどんな気持ちで恵梨の両親の事件に対して『記憶メモリー』を使ったのかと思うと……本当に腸が煮えくり返る。



「……彰さんはそのことに対して怒っていたんですね……」

 異能力者隠蔽機関の気持ちが踏みにじられたことに対して彰は怒っていたのだ。



「それでどうするんだ? 俺を許せないなら能力者のおまえはどうするって言うんだ?」

「……無駄だ。俺たちに能力を使わせるために、長々とこんな話をして挑発したんだろ?

 俺たちをすぐに殺さなかった理由は、俺たちが能力を使って抵抗するところを動画に撮らないとさっき言ったとおりの記憶の消去ができないから。……どうせ今もどこかから、この様子を撮っているんだろ?」

「バレてるか。ほんと、これだから頭のいい奴は。……異能力者隠蔽機関に騙されてるってネタで頭沸騰させたかったがそれも失敗したしなぁ……さて、どうするか」


 兵藤はそうやって途方に暮れている。彰達からも能力を使うわけにはいかないので仕掛けられない。

 一種の膠着状態を破ったのは、これまで話から置いてきぼりにされていた人物だった。




「生徒達に手出しはさせないぞ」




「……先生!」

 恵梨たちの後ろから畑谷が出た。


「危ないですよ!?」

「はっきり言って、君たちの言っている研究会だの能力だのは理解できない。……いや、理解する必要もないだろう。

 問題は生徒が狙われているということ。……それだけで教師として体を張るには十分な理由だ」

 恵梨の制止も聞かず歩を進める畑谷。


「……下がっていてください、先生」

「高野……」

 その畑谷に彰は立ちはだかる。


「そこをどけ高野。その男と交渉する」

 普段の抜けた先生という印象から全く想像できないきつい口調。

 だが譲れないのは彰も一緒だ。

「遊びじゃないのは雰囲気から分かったでしょう。……先生は部外者なんです。だから干渉せずに……」


「遊びじゃないのは雰囲気から分かって欲しいんだが? ……生徒を守れなくて何が教師だ。俺は生徒のためなら命を張れると思っていた。……その誓いを果たす良い機会だ」


「…………」

 この目は本気だ。

 彰が畑谷の全精力がこもった言葉に押される。


「おいっ、そこの男……兵藤とか言ったか。少し話をさせてもらうぞ」

「先生っ……!?」

 彰の脇を通り抜けて、兵藤の元に歩みを進める畑谷。

 ……止められるわけがない。少なくとも生徒である俺が、今の先生を止めるなんて……。


 だが無茶だ。兵藤が畑谷の話を聞くはずがない。

 先生の今の気迫なら兵藤も圧倒できるかもしれない。けど、それと報復を止めるかは別問題だ。

 逆にキレた兵藤が畑谷を攻撃するかもしれない。……兵藤自体は武装していないが、俺たちを殺しにきた以上攻撃手段はもっているはず。


「………………」

 先生を殺されるわけにはいかない。いざとなったら能力を使ってでも止めてやる。……そのせいで相手が全力でこちらを殺りにくることになるとしても。



「おぅおぅ、何だい? 生徒思いの先生よぉ?」

「……………」

 ニヤニヤした表情の兵藤と鬼気迫る表情の畑谷が対峙する。


 そして畑谷が口を開いた。














「茶番はこれくらいでいいですか?」















「「「「???」」」」

 何を言っているんだ先生は?



「あぁ、ご苦労。おまえの良い先生っぷりがよぉく分かったぜぇ」

「……これくらいお手の物ですよ」

 そして兵藤と対峙していた畑谷はさらに足を進めて……兵藤の元にたどり着いてから彰達の方を振り向いた。それはさながら兵藤の味方のようで……。



「………………」

 ダメだ……何も考えられない……。

 目の前の状況がまるで理解できない。ある意味、さっきの遠足中に研究会が襲撃してきたとき以上の衝撃だ。

「…………ど、どういうことですか先生?」

 彰はそんな間抜けな質問をすることしかできない。



「どういうことも何も、高野なら気づけてもおかしくないと思ったのだがな……」

 生徒の質問に先生が答える。異常な状況だからこそ、その普段通りが際だって異彩を放つ。



「さっき高野が言ったとおり、研究会が殺人を犯すために必要な条件は殺される者が能力者でないといけない。

 そして遠足の班は四人一組。どうして研究会が襲撃を企てたこのときに限って、能力者四人がちょうど同じ班になっている? これが偶然だと思ったのか? ……誰かが繰作したとは思わなかったのか?」


「思わ……ない」


「それでおまえらの班を決めたのは誰だ?」


「…………担任の」


「そう、俺だ」


 百点をやろう、とこんなときまで教師の口調の畑谷。




「けど、先生は……あんなに私たちのことを思って…………」

「人の話は聞かないといけないぞ、水谷。……少々趣味の悪い方達がいてな。俺の先生っぷりを見たかったそうだ」

 未だ現実を受け入れられない恵梨に注意する畑谷。



「畑谷、自己紹介でもしてやれよ。そうすればこいつらも目を覚ますんじゃないかぁ? 訳の分からないまま殺されても、面白くないからな」

「……先輩は悪趣味ですね。……いや先輩達は、って言うべきかな」

 兵藤のことを先輩と呼んだ畑谷はそのまま彰達に向かい直って名乗った。



「斉明高校一年二組担任」


「兼」


「科学技術研究会、兵器派所属、外部研究員の畑谷だ」




「外部研究員……」

 聞き慣れない役職を反芻する彰。

 いや、問題はそこじゃない。先生は研究会所属って言った。それはつまり……やっぱり認めたくないが……敵であるということ。




「俺たちの報復がただ殺すだけに終わると思ったかぁ? 外れだよ、外れ。おまえらにはいつも教わっている先生に殺されるという絶望を味わってもらうぜぇ?」

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