百四十七話「体育祭競技決め ジャンケン勝負5」
「仁志、ここはあんたに全てを任せるわ」
「そうですね……それが一番勝率が高そうです」
最終戦の作戦会議開始早々に、美佳と斉藤は言った。
「俺に任せるって……俺の頭は彰の手を読めるほどに高性能じゃないぞ」
「何だ自覚してたんだ」
からかう美佳。
「読む必要はありませんよ。……自分の勘に従って、出したい手を出してください。……四回戦の勝利も、仁志くんが自分で勝ち取ったようなものですし、きっと仁志くんは彰くんの出す手を本能的に察知できるのだと思います」
斉藤がフォローする。
「けど、さっきはたまたま上手く行っただけで、これまで俺は彰にジャンケンで負け続けてるんだぞ。そんな俺に任せても、偶然が二回も続くと思えないんだが」
それでも仁志はこれまで負け続けてきたことが頭をちらついて自信が持てない。
「ああもう、それはあの必勝法のせいでしょ。彰との勝負ということで何らかの緊張が、出す手をチョキで固定してしまった。だから負け続けたのよ」
「けど、今の仁志くんはその情報を知っていますし、何より落ち着いているでしょう?」
「あんたを勝たせると言っておいて無責任かもしれないけど……あんたなら勝てると思って任せるのよ」
「彰くんに勝って見せてください」
二人が口々に仁志を鼓舞する。
「……そうだな。元々、俺と彰の勝負だ。最後くらい自分の力だけで戦ってみるか!」
二人に励まされ、仁志はやる気を見せる。
そして作戦会議らしさは欠片もない三人の会議は終了した。
「仁志の謎理論に足下をすくわれるとはな……」
四回戦の敗北は痛かった。……大体、一番悔しがる勝ち方を狙うって何だよ? ……まあ、あれで勝ったら絶対に『パー出すって言ったのに、何でグー出してんの? 面白いな』みたいに煽っただろうから、一勝分の余裕が無意識にそれを選択させたのかも……。
「って、負けた試合を振り返っても仕方がないな」
頭を振ってその思考を追い出す。
今、大事なのは次の試合に勝つことだ。四回戦で負けたとはいえ、次の試合に勝ちさえすれば何の問題もない。
「だが、厄介だな……」
最終戦に当たって、彰と仁志たちのどちらも何を出すか宣言していない。
ジャンケンで相手の手を読むとき、今までのデータから推測するという方法もあるが、何を出すかの宣言に対しそれが嘘であるか真という場所から出発する考えかたの方が彰は得意だ。しかしどちらも何も言っていない以上、それができない。
だったら今までのデータから読むしかないが……。
(次の勝負、あの二人たぶん仁志に任せてくると思うんだよなあ……)
四回戦を仁志の力で勝利したことから、今度もまた仁志の力を頼る。俺に読みとデータで勝てないと判断した二人が取る方策はそれだろう。
そして俺は仁志のジャンケンに関するデータが圧倒的に不足している。それも当然で、今までのジャンケンは必勝法で勝ってきた特殊なものだから参考にできないのだ。
(適当に出しても33%の確率で勝つのだが……運否天賦に任せられるか。もし負けたら、仁志が騎手になるんだぞ。……そんなの絶対に認められない)
狙うのは百パーセントの勝利。
「………………」
そのために彰はある葛藤を乗り越えて決断した。
よし。
俺はチョキを出す。それで勝ちだ。
彰は何を出すんだろうか?
グー? チョキ? それともパー?
「考えて分かるもんなら苦労しないか……」
仁志は頭を抱えて悩んでいた。
美佳と斉藤に任されて、自らもやる気になっていたが、彰の手が予想できていないところだった。
「………………」
彰なら何を出すだろうか……?
………………。
…………。
……。
『俺の勝ちだな仁志!!』
『くそっ、彰に負けるなんて!!』
『まあ、俺の勝ちは約束されてた未来だったけどな』
『……ん? どういう意味だ?』
『勝利を英語で言うと……って、仁志じゃ分からないか?』
『バカにしているな……! 分かるに決まっているだろ! VICTORYだ!!』
『そう、俺の出した手は、チョキじゃない。勝利(VICTORY)のVだ!!』
……。
…………。
………………。
「そうだな! 彰の出す手はチョキだ!」
よし。
なら、俺の出す手はグーだ。
「作戦会議時間を終了します!! 両者ともに位置についてください」
そして三分が経過し、最終戦が始まる。
「………………」
「………………」
向かい合った彰と仁志の間に、これまでのようなやりとりはない。両者ともに負けられない戦いを前に少なからず緊張している。
「「「………………」」」
それに当てられてか、周りの観客も静かにしている。
「それではこれよりジャンケン勝負最終戦を始めます」
落ち着かせる手間の省けたレフェリーは早速宣言する。
「両者ともにこぶしを前に出して」
そして始まる運命を決める最終戦。
「最初はグー」
これまでのどの試合とも違って、互いが直感を頼りに出す手を決めたこの試合。
「ジャンケン」
最後に笑う者はどちらなのか。
「……っ!!??」
今、結果が現れる!!
「ポン!!」
彰の出した手はチョキ。
仁志の出した手はパーだった。
「ふう……」
「…………あれ? ……え?」
仁志が自分の手を見つめて、握っては開いてを繰り返している。この結果を信じられないのだろうか。
「彰が勝ったぞ!!!」
「いつも通りか……」
「でも、仁志たちもがんばってたじゃないか!!」
「そうだな、あと一歩ってところまでは追いつめたし」
遅れて爆発する歓声。
「……仕方ないわ。あなたは頑張ったわよ」
「本当にすいません。……勝たせるって言っておきながら、最後は仁志くんに任せてしまいました。全部僕の力が足りなかったせいです」
美佳と斉藤は仁志に謝意を伝える。
「……いや、二人のせいにはできない。そもそも彰の必勝法を教えてくれただけで感謝だし」
仁志も現実を受け入れて、二人に言葉を返す。
(それにしても最後の手を出すとき…………あれは一体……? 気のせいとは思えないし……)
「これにてジャンケン勝負を終わりとします!」
レフェリーの宣言によって閉幕。
観客も囲みを解いて、各々部活に向かったり家路に着いたりした。
その後。
他の仲間たちは部活に行ったため、彰は恵梨と二人で帰っていた。
「騎手就任おめでとうございます、彰さん」
「おう、ありがとな」
「それでは少し話を聞いてもいいですか。……主に、さっきのジャンケン勝負の最終戦について」
「やっぱりか……。気づいたんだな」
彰は予想していたその切り出しに、諦めを持って聞き返す。気分は親に成績の悪いテストが見つかった子供のようなバツの悪いものだ。
「それは気づきますよ。だって彰さん、あの勝負のとき能力を使いましたよね?」
「……ああ」
風の錬金術者、高野彰はうなずいた。
ジャンケン勝負の最終戦。
彰がチョキを出し、仁志がパーを出して負けた試合。
駆け引きもないお互いが直感に従った普通のジャンケンに見えたそれには裏があった。
そもそも勝負の前。仁志はグーを出すと決意していたのに、何故パーを出したのか?
それは高野彰が持つ越常の力。風の錬金術のせいだった。
風を媒介して自在に金属物を生成できるその能力。
それを高野彰は仁志がジャンケンの手を出すために、手を振りあげ開いた瞬間に使い、仁志の手のひらに当たる位置に金属塊を生成した。
その後は簡単だ。グーを出すために手を握りしめようとした仁志だが、予期せぬ違和感に思わず手を開いてしまった。つまり出した手がパーになったというわけだ。
勝負の後、自分の手を開け閉めして仁志が見つめていたのは、思いもよらぬ感触が夢か現か分からなかったからだろう。
「あんな大勢の前で能力を使うなんてですね……」
「違和感を覚えて手を開いたその直後に、能力を解除して金属塊を風に戻したから仁志は金属塊を見ることはできなかったはずだぞ。恵梨だって、俺の魔力反応から能力を使ったのが分かったんだろ?」
「まあ、そうですけど見えなければいいって問題じゃないでしょう。……同じく彩香も気づいてましたが、こんな勝負のために能力を使うなんて、いつもは彰さんを好意的に捉えている彩香もさすがに呆れてましたよ」
彩香が部活に行く前に恵梨は少し話をしていた。
「? ……何言っているんだ? 俺は元々、彩香には良く思われてないだろ。今でも名ばかりとはいえ呪いのメールが毎日届くんだぜ。返信しなかったら怒られるし」
「……そんな設定ありましたね」
この男は女の子が嫌いな人相手に毎日メールを出すとでも思っているのだろうか。恵梨は改めて彰の鈍感さに気づかされる。
「……そういえばですけど、彰さんの嘘をつくときに鼻の頭をかく癖。……最近見たような気がするんですけど彰さん、何か私に嘘つきましたか?」
「そんなことあるはずないだろ。どうして俺が恵梨に嘘をつかないといけないんだ?」
「……どの口が言うんですか? 文化祭の時だって、夏祭りの時だって平気で嘘をついたのは誰ですか?」
暗黒面の片鱗を見せる恵梨。
「そ、そのときは悪かったって。……けど、最近は嘘をついた覚えもないし気のせいじゃないか?」
「……そうでしょうか?」
「そうだって」
鼻の頭をかくのを意識して抑えながら彰が答える。
(やべえ、もしかしてあのとき無意識に鼻の頭をかいていたか……?)
「……まあ、そうかもしれませんね」
不承不承ながら恵梨がうなずく。もともと自分でも見たという確信が無かったので、彰の言葉に流されてしまった。
「とか話している間にちょうどスーパーに到着だ。夕飯の材料買って帰ろうぜ」
「今日は何にしますか?」
「特売の物を軸に作れば…………」
「ですけど…………」
そして二人の会話は日常の物に戻っていった。




