百二十四話「旅行二日目 夏祭り騒動3 能力者ギルドのサーシャ」
まずいな……。
雷沢は何も考えずにサーシャに自己紹介をさせたことを後悔していた。
サーシャの語った黄龍と研究会の取引を止めるという目的。具体的な内容は今から話されるだろうが、それを聞いて彰が「そうですか、あとは一人でがんばってくださいね」と言うはずがない。どう考えたって「俺たちにも手伝わせてください」と言うだろう。
悲鳴を聞いた途端走り出したことといい、背負わなくてもいい苦労を背負う。それが主人公というものだ。
「………………」
もちろん人助けを悪いことだとは雷沢は思わない。
ただ、とんとん拍子に進みすぎではないか? と、この一連の流れにどうも違和感を拭いきれないのだ。
たまたま能力者ギルドの人が悲鳴を上げたときに、近くを能力者ギルドを知る彰が通る。その可能性はどれだけあるだろうか?
「これがご都合主義ってことなのか?」
フラグに続き、物語ではよくあることをまたも体験する雷沢。感想は一緒で、現実に起きると本当に理不尽だと思った。
「すいません、詳しく聞かせてもらっていいですか」
雷沢の推測通り彰がサーシャの話に食いついた。
「能力者ギルドが今回の黄龍と研究会の取引の情報を手に入れたのが一週間前のことデス。そして阻止するために私たちのチームが日本に入ったのが四日前。それで私が潜入捜査をしていたところ見つかって、あの三人に追われていたという事デス」
「捜査ということは、あなたは執行官ではないということですね」
「ハイ。能力者ギルドでは基本的に三人一組のチームを組んで行動しますノデ。私のチームの執行官ともう一人は現在、科学技術研究会側を調べていマス」
彰は自らの知り合いであるルークを思い出す。戦闘は執行官である彼一人が担当したが、捜査だとかは能力者『演算予測』『過去視』の二人が補佐していたはずだ。ルークから詳しく聞いたことは無かったが、あの三人もチームだったという事だろう。
「その二つの組織が行おうとしている取引って何なのですか?」
「今回行われる取引は武器の密輸入のようデス。日本は戦力非保持を憲法で謳ってますので、公式な機関で特権階級にある科学技術研究会も武器などを簡単に輸入するわけにはいきません。なので研究する武器などはそうやって密輸入するしかないようデス」
「ということは黄龍と研究会の取引とは、武器と運び賃の交換といったところですか?」
「その通りデス」
金稼ぎのためなら何でもするという黄龍らしい話だ。能力者も在籍する黄龍だから密輸入など簡単なことだろう。
彰が思いつくだけでも、例えば物体を超小型化させる能力だとか、四次元空間に武器を入れて持ち運びできる能力で空港の検閲を突破したり、直接外国から日本まで瞬間移動させる能力だとかがあれば楽に運べるはずだ。
「既に黄龍は武器をこの近くの拠点に運び入れているみたいで、あとは研究会に引き渡すだけのようデス。
研究会の手に武器が渡れば、それを研究されてさらに人を殺すための兵器が作られマス。一つの兵器が多くの人を殺しマス。……しかし逆に言えば、一つの兵器が無くなれば多くの人を救えるのデス。だからワタクシはこの取引を何としてでも止めたいのデス」
能力者ギルドに勤めているくらいだから正義感は強いのだろう。人を助けたいという思いがサーシャから伝わってくる。
「それで取引を止めると言っても、具体的にはどのようにするんですか?」
「それは……ッテ、すいまセン。それを聞いてどうするつもりデスか?」
サーシャはあれこれ聞いてくる彰に疑問を思ったようだ。
「どうするって乗りかかった船ですから手伝いますよ。まだ未成年で頼りないかもしれませんが、これでもさっき見せたとおり自分たちは能力者ですから」
「そうやな」
火野も彰の意見に賛成する。
「デモ……」
「それに個人的に科学技術研究会を許せない理由があるので」
昼間ボートの上で聞いた恵梨の心の内。あんなにまで思い詰める原因を作ったのは全て科学技術研究会だ。
彰は思ってもみないチャンスがやってきたことに歓喜していた。
いつか研究会には痛い目にあわせてやりたいと思っていたがこんなに早く機会がやってくるとはな。
とはいえ別段、彰が研究会に一矢報いたところで恵梨の心の負担が軽くなるわけではない。恵梨の両親が殺されたという事実は変わらないのだから。
復讐は何も生み出さない。
そんなことは重々承知なのにこの取引を潰そうとする彰は、いくらかお利口になったというのに、心の芯は中学の不良時代から変わっていないようだった。
「……分かりまシタ。さっき見た感じ、あなたたちなら足手まといにならないでショウ。ちょうど一人じゃ厳しいと思っていたので手助けお願いしマス」
サーシャはペコリとお辞儀をした。
この夏祭りの会場から十数分歩いたところに黄龍の取引物資を納めてる拠点があるらしい。
サーシャの先導のもと、彰たちは移動を開始した。
その道中。
「彰くん、さっきから携帯電話で何をしているんだ?」
携帯電話を操作しながら歩いている彰に雷沢が聞いた。
「……ん? ああ、恵梨たちにメールを打ってるんです。俺たちがトイレから帰ってくるのを待っているはずですから」
「そういえばそうだったな。……しかし、どうするつもりだ? 君はどうせ今からの襲撃に女性陣を巻き込むつもりはないんだろう?」
「みんなには夏祭りを楽しんで欲しいですからね。それに舐めてかかるつもりではないんですけど、俺たち三人だけで大丈夫でしょう。サーシャさんの話によると潜入しての破壊工作だけですし」
彰は今回も文化祭の時のように自分だけが非日常を背負うつもりでいた。本当は雷沢と火野も抜きで一人で背負いたかったのだが、今さら言ったところで二人も帰るつもりはないだろう。
林を突き抜ける方が近道のようで、彰たちはさっきから道ともいえない場所を進んでいる。
雷沢は怪訝な表情で聞いた。
「僕たちがこんなことをしていると知ったら、みんなも気持ちよく楽しめないと思うんだが?」
「嘘も方便。そこは無難な嘘をつきますよ。文化祭の時もそうしましたから」
「嘘ってどうするんや? ……例えば人の流れに巻き込まれてちょっとすぐには帰れそうに無いとかメールするんか?」
火野が話に入ってきた。
「その嘘はすぐにばれるな。集合場所とトイレまでの間は、神社の隅ってこともあって人通りが少なかったからな」
「トイレが混んでいる……も駄目だな。女性用ならともかく、男性用トイレが混んでたところでかかる時間はたかが知れているな」
雷沢が他の人にツッコまれる前に自分でダメだしする。
「難しいな……。それで結局彰は何てメールしたんや?」
「ああ、見るか?」
彰は携帯の画面を火野と雷沢の方に差し出した。
『スマン。火 野の馬鹿が財布を落とした。
やつの落ち度だからはっきり言って一緒に探す義理も無いんだが「俺が、俺が焼きそばを食べられなくてもいいのかー!」とアホなテンションで頼んでくるから哀れみの情 で手伝うことにした。
財布見つけ次第 合流するから、先に行っといてくれ。
P.3.ほんとうに、周囲をパーフェクトに探すか』
「とまあ、こんな感じだ」
「ほう、財布を捜すという名目か。これならある程度は時間がかかっても不自然では無いな」
雷沢が感心する。
「……それは良いとして、何か俺がかわいそうな感じになってないか! 何か頭の悪くてうざいやつみたいやないか!」
火野が憤慨するが、
「「いや、その通りだろ」」
彰と雷沢に息をぴったり合わされた。
「まあ、おまえの馬鹿な感じは必要なんだよ。どうしても財布を落とした、ってだけだとそれでも信じてくれるかもしれないが、まあリアリティが無いだろ。もしかしたら本当に落としたのか?と疑われるかもしれない。
けど、今のメールだったら『火野君、アホですね』『馬鹿だな』となって、財布を本当に落としたのか?ということから焦点が外れるだろ」
「そう……なんか? 俺にはただ馬鹿にしたいだけのようにしか思えないんやけど……」
「そんなことあるか。第一、馬鹿にするなら陰で言わずに直接口で言うわ」
「確かにおまえはそこら辺遠慮しないよな。……まあ直接でも馬鹿にされたくないけど」
火野が妙な納得をする。
「嘘をつくときは、相手がどう考えるだろうかをきちんと考えて騙さないといけない。それが鉄則だ」
彰の力強い言葉。日頃からそう思っているのだろう。
確かに彰はとっさの時でもその場しのぎではなく、整合性のある嘘をつくことを心がけている。そのため相手も『そうなのか』と騙されるのだ。
「なんとなく分かるけど、一番いいのは嘘をつかないことやないのか?」
話を聞いての無邪気な火野の言葉は、
「……そうやって暮らせるなら一番それが良いけどな」
過去だとか、能力者のことだとか、周りにいろいろと隠して生きている彰には痛いものだった。
「とはいえ、君は文化祭の時でも同じ手段を取っているんだろう? 誰かが違和感を持ってもおかしくないんじゃないか?」
雷沢の指摘は彰も頭を悩ませていたものだ。
「そうなんですよね。いくら嘘を考えても、誤魔化しているという根本は変わりませんから」
「だったら純にだけは事情を話して協力してもらうことにするか? あいつも一応大学生だし、高校生に違和感を持たせないうちに夏祭りを周らせることぐらい」
「――ですけど大丈夫です。すでに対策は打ってます」
雷沢の言葉を遮る彰。
「?」
「さっきのメールに仕掛けを施しました。……たぶん美佳なら気づいてくれるでしょう」
「仕掛け? ……まあ、よく分からないが、美佳ってあの情報通な子のことか。あの子なら純より頭が回るだろうし適役か」
「はい」
文化祭のときも美佳は彰がどこかに出かけていたことに気づいていた。
どうせ今回も後から気づくかもしれないのだったら、先に言って役割を与えた方がいいだろう。
「そうか。……ではもう一つ。彰くんの友達の執行官……えっと、確かルークくんだったかな。彼の携帯のメールアドレスを教えてくれないか」
「どうしてですか?」
「少し聞きたいことがあるんだ」
主語を省いた雷沢は、何を聞くかは教えてくれそうにない。
「分かりました。……これがメールアドレスです」赤外線通信で雷沢に送る。「ルークにメールアドレス渡したことをメールしておきます。俺の知り合いって言っておかないと、いきなり知らない人からメールが来たって思われますから」
「礼を言う」
雷沢は早速メールを打ち込み始めた。よっぽどすぐに聞きたいことなのだろうか?
まあ、気にしてもしょうがないことだな。
「ああ、それと火野くん。君に頼みたいことがあるんだが」
「ん? 何なんや?」
そうやって会話をしながら彰たちは歩を進めた。
それからすぐに林を出て、数分後。
「あそこに見えるのが目標の建物デス」
彰たちは物陰に潜みながら、サーシャの指さす建物を見た。
一軒家よりは大きいが、巨大と表するにはちょっと物足りない。そんな大きさの倉庫が黄龍の拠点のようだ。近くに港があるためか、同じような建物が結構見られる。
入り口付近には二人の見張りが物々しい雰囲気を出しながら立っている。あれでは普通の人は近づかないで足早に通り過ぎるだろう。……もっとも地元一の夏祭りに行っているのか、人通りはほとんど無かったが。
「あの中に取引に使う武器が運び込まれているってことか」
「そういうことみたいだな」
「……ていうか見張りがいるけど、あんなに警戒感をばりばりに出していたら、ここで悪いことをしていますって言っているのと同じようなものじゃないのか?」
「周囲を威嚇するぐらいの見張りの方が、一般人が簡単に近寄ってこなくなるからいいんだろう」
最近、そういう業界は一般人とはなるべく関わらないようにしていると聞いたことがある、と雷沢は付け足す。
そしてどう侵入するかの作戦会議が始まった。
「私が潜入していたことがバレて警戒度が上がってマスね。……どうやって潜入すればよいでショウか?」
「そんなの正面突破でいいやろ。確か黄龍って幹部以外は能力者じゃないんだよな。そんなやつらに遅れはとらないやろ」
「そうは言っても、敵の戦力がどれだけいるか分からない以上、正面突破は避けた方がいいだろ」
「さすがに皆さんでも大勢に包囲されたら厳しいデス」
「だったらどうするんや? 気づかれないように潜入するんか?」
「いや、この様子じゃ裏口とかも警戒されているだろうから難しいな」
「そうデスね。……そういえば雷沢サン。さっきから黙ってどうしまシタか?」
会話に参加していない雷沢に話が振られる。
「……古典的な手法だがあの建物に侵入する作戦はあるぞ」
雷沢の頭の中にはすでに一つの案があった。
「本当デスか」
「ああ。……ただ一部の人員の負担が激しいんだがそれでも大丈夫か?」
「それでもいいやろ。他に思いつかないし」
「………………」
サーシャと火野が賛成する中、彰は少し嫌な予感を覚える。
一部の人員が激しい? つまりその他の人員の負担は軽いって事か? って、それって二手に分かれるって事だよな……。
「もしかして…………」
「そうか。……それでは早速作戦開始だ」
「ちょ、ちょっと待っ――」
雷沢が考えていることに気づいた彰は反対しようとしたが、
「ここが黄龍とかいう金にしか目のない馬鹿ばっかりが集まった組織の拠点なのかー?」
雷沢は見張りに聞こえるよう大きな声で言いながら、火野と彰を物陰から押し出した。
「な、何を言っているんですか!?」
彰が泡を食うが、時すでに遅し。
「あとはよろしく頼む。……サーシャさん、行きますよ」
雷沢はサーシャを連れて物陰の奥の方に逃げ出していた。
彰もそれを追いかけたかったが、
「ああん? ……おいっ、そこのガキ! 今何か言ったか?」
「言うに事欠いてこのスマートなマフィアである黄龍を馬鹿ばっかりだと?」
物陰から出たことにより、二人の見張りに目を付けられている。
「くそっ……!」
彰はすでに自分の役割が何なのか分かっていた。
囮にさせられた、と。
……いや、確かに警備の固い建物に進入するために囮を用意するのはよくある作戦だ。
それにこの四人を囮班と潜入班に分けるとき、一番情報を持っているサーシャさんと音もなく二人を気絶させた手並みから雷沢さんが潜入班なのは分かる。
分かってても嫌なものは嫌だがな!
この囮作戦は雷沢に言われるまでもなく思いついていた彰。なのに言わないで他の作戦を考えてたのには二つの理由がある。
一つ。雷沢が注釈したように囮班、つまり自分の消耗が激しいということ。
二つ。
「馬鹿に決まってるやろ。世の中お金で買えないものの方が多いって習わなかったんか」
今も挑発しているこの火野と一蓮托生になること。
敵を引きつけないといけないから挑発するのはいい。だが、もっと言葉を選べなかったか!? 彰が心の中でツッコむ。
「ほう……。良いこと言うじゃねえか、小僧」
「ははっ。おまえこそ人に馬鹿っていうやつが馬鹿なんだって、小学校で習わなかったのか?」
「? 何言ってるんや? 馬鹿って言われる奴の方が馬鹿に決まってるやろ。バーカ」
「「………………」」
ああ……。見張りの二人の頭からピキピキという音が聞こえる気がする。俺でも火野にああ言われたら絶対キレるだろう。
「……俺たちを黄龍だと知っている生意気なガキが出ました。今から捕まえて情報を吐き出させます」
見張りの一人がトランシーバーのようなものでどこかに通信する。
「さて、若い奴の教育も俺たち年長者の役目だよな。……嫌って言ってもやめないから覚悟しろよ」
「馬鹿に教わる事なんて無いで」
「……口の減らないガキだな!」
挑発されて通信が終わるのを待てなかったのか、もう一人の見張りがこちらに向かって走ってくる!
「挑発しすぎだ、この馬鹿!」
「……挑発? 何のことや?」
火野が首をかしげる。
「マジか……」
どうやら戦慄することに、火野の今までのやりとりは挑発ではなく天然だったらしい。
「それより雷沢の兄さんの作戦って何なんや? 俺たち置いてかれたけど」
……そうか。この馬鹿、自分が囮にされたとも気づいていないのか。
自分が囮だと気づいていなければ、敵を引きつけるという役割を認識しているわけがない。
「こいつを迎撃してから説明してやる、この馬鹿め!」
彰と火野は黄龍の見張りとの戦闘を開始した。
コードネーム『ささやき女』は某所で思う。
二手に分かれたので対象一、二はあちらに任せるしかない。対象三はこちらが継続する。




